アネンサードの人々

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フリースラント

第11話 学校に戻る

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「フリースラント様、大きくなられましたね?」

 久しぶりに会ったトマシンが彼を見上げた。

「一月しかたっていないが……」

 フリースラントは、トマシン、縮んだな、と言いかけて、危ういところで踏みとどまった。


 学校に戻った彼は正式に高等科に進んだ。

 これは早まったのではないかと悩むところだった。

 高等数学はとてもめんどくさかったし、教会学はギリギリで進級しただけだった。
 実学として錬金術学があって、フリースラントは一瞬受講しようかと目の色を変えたが、トマシンに笑われた。

「錬金術なんか存在しませんよ。私は取っていますが、実家の父が、金鉱で働いているからです。私も同じ道を取ろうかなと思って、関心があるのです。父は貴族の端くれですが、何代も前に領地を借金のカタに取られてしまったので、今はロンゴバルトで、鉄鉱石を精製しています」

「てっこうせき?」

「鉄を含んでいる石です。代々、自宅近くの金山で精錬をしていたのですが、金がもう無くなってしまったので」

「金て、無くなるの?」

「掘り尽くせば、無くなります。含有率と言って、どれくらい金が含まれているかも問題なのです。金鉱脈そのものはあるのですが、含有率が低く……つまり石の質が悪くなってきて、採算が取れなくなってしまい、閉山したのです」

「…………」

 フリースラントには、難しすぎる話題だった。彼は、錬金術はあきらめて、代わりに地理を取った。
 外国語を取らなければならないのだが、どれを取ればいいのかさっぱりわからなかった。
 全国の秀才相手では、果たして普通の成績すら、とれるかどうか怪しかった。本科は普通の能力の貴族の子弟が集まっているだけだったからだ。

 唯一、楽しみなのは、本科でも高等科でも共通する武芸の科目だった。高等科の連中は、こっちはさっぱりだったから、彼の独壇場になった。
 そして、彼らは、全員武芸が出来なくて当たり前だと思っているので、気楽なものだった。フリースラントがどれほどすごい技を見せても、貴族なんてそんなものなのだろうと、感心するだけだったからだ。

 彼はギュレーターが持っていたような、力が強く粘りがあってよくしなる強い弓が欲しかったのだが、それがようやく出来上がって手元に届き、授業でも使えるようになったのも、うれしかった。

 金持ちの子でよかった。とても高価な弓だったが、彼にとっては、買ってほしいと頼めば済む話だった。

 ギュレーターの態度も変わっていた。
 おそらく相変わらずフリースラントを本能的に好きではないのだろうが、それでも嘲笑したりすることはなくなった。

「多分、辺境伯に叱られたのではないでしょうか」

 トマシンが、うがったことを言った。

「ヴォルダ公爵家の御曹司と事を構えるなと。むしろ、仲良くなれと」

 それもあるかもしれなかった。


 だが、ギュレーターが軟化した理由は、フリースラントの身長がぐっと伸びて、肩幅も広くなり、見た目からもギュレーターが軽くあしらえるような雰囲気ではなくなってきたせいかもしれなかった。

 会う生徒全員から、そのことは指摘された。

「大きくなったなー」

 開校式は、大聖堂で行われた。

 大聖堂は、フリースラントが初めて入ることを許された、この国の宗教を代表する大聖堂だった。

「ふつうは入学式でここへ入ります。勝手な時期の編入は許されません。フリースラント様は、大貴族のご子弟ですから別格です」

 トマシンが解説した。

 大聖堂は、恐ろしく天井の高い建物で、豪華な衣を着た高位の僧侶たちが何人も並んでいた。
 窓を大きくとっていたが、どうしても暗く、昼間でも、あちこちでローソクが揺らめいていた。
 位階によって僧服には決まりがあるらしく、同じ僧服をまとった僧侶たちがそれぞれ位階ごとに着席していた。生徒たち、俗人の先生たちは後ろの列にかしこまって座っていた。

 ピオス六世と呼ばれている総主教はむしろ小柄な人物だったが、いかにも聖人らしく、厚い尊敬を受けている様子だった。

 宗教行事の間中、フリースラントはおとなしくしていたが、目だけはきょろきょろさせていた。

 荘厳な祈りの言葉の唱和、深い響きの鐘の音、聖歌隊の歌声などが、厳かで神聖な場所にいることを感じさせた。

「でも、ピオス六世は、平民の出身です」

 こっそりと教師が教えてくれた。

「え?」

「大貴族出身の総主教が多いのですが、高い徳でその地位に就かれたのです」

 フリースラントは、総主教を仰ぎ見た。壇上の高僧は、威厳にあふれていた。



 学校の中では、年末のミサに向けて、全員が盛り上っていた。
 話題はそのことばかりで、ウキウキした気分が学校中に広がっていた。

「ミサのどこがそんなに面白いんだ?」

 授業の合間にフリースラントは仲間に聞いた。

「そりゃあね、尼僧院付属の女の子たちも参列するからさ」

「尼僧院付属の女学校がわざわざここまで来るのか?」

「だって、総主教様のミサを受けるためなら、尼僧たちだってここまで来るさ。たいした距離じゃないし」

「そうか」

「それだけじゃない。なんと、そのあと、大ダンスパーティがある」

 フリースラントは肝をつぶした。教会で、そんな風紀が乱れそうな会を催していいのか?

「教会ではなくて、学校が主催する」

 フリースラントは、以前に一度だけ出た王宮の大宴会を思い出した。
 面白くもなんともない。

「なんで、そんなものをするのだ」

「興味がなさそうだな? 全国の貴族の若い令嬢が集まるんだぞ? このためだけに入学する女の子もいるくらいだ」

「でも、どうして教会付属の学校が、そんな浮ついた会をやるんだ」

「主に親たちからの要望さ」

 もったいぶった一人が解説した。

「いいか? 身分さえ、そこそこ釣り合えば、本人同士の希望で縁談がまとまることだってある。ヴォルダ家ともなれば、生まれつきの婚約者がいたっておかしくないが……」

「そんなものはいない」

「たいていの場合、婚約者なんかいやしない。誰と結婚するかは、貴族だって、平民だって、人生の大問題さ。ダンスパーティーには、恐ろしく金持ちの平民の娘や、すごく貧乏な高位の貴族の娘が混ざることがあるが、貧乏貴族が金持ち娘と結婚したって、ダンスパーティで知り合ったんなら、本人の希望で済むから体面を考えなくてもいい」

「別な種類のまずい話があるかもしれないだろ? 親の知らない間に、いきなり、勝手に話が進んで、駆け落ちしたり……」

「何のために尼僧軍団がくっついてくると思っている。あの干からびた連中は、それはそれは厳しいぞ」

 フリースラントは興味がなかった。

 女の子を隅っこから眺めてみるのは、なかなか楽しいかもしれない。でも、自分がフロアに立って、じろじろ品定めされるのはイヤだった。

「まあ、遠くから見学させてもらうよ」


 しかし、彼が自室に帰ると、トマシンがせっせと黒の上着とパンツ、絹の白のシャツ、絹の靴下、黒の革靴を整えていた。どれも新品で、すばらしい上質な品だった。そばには、優雅な長いケープも置いてあった。

「何? これ?」

「ダンスパーティのお支度でございます。今日届きました」

「ダンスパーティ?」

「年末のでございます」

「出るつもりはないけど」

「こちらが奥方様からのお手紙でございます」

 フリースラントは、しかめつらをしてひったくった。母がこんな馬鹿なことに加担するだなんて信じられなかった。

『父上がそろそろあなたの婚約者を決めなくてはいけないとお考えです』

「え?」

 思わず声が出た。トマシンが怪訝そうにフリースラントを見た。

『一人娘で莫大な財産を継ぐ可能性があるメリー伯のジェルダイラン嬢や、バジエ辺境伯の娘のマリゴット様などからお申し込みがあります』

 なんて恐ろしいことだ……

『次のダンスパーティは重要です。こういった候補の令嬢はみんな参加されます。候補の令嬢をよく見ておいてください。できれば踊って、お話してみるとよいでしょう。婚約はすぐと言うわけではありませんが、そろそろ考えておくべきことでしょう……』

 そのあとには、実際に申し込みがあった令嬢や、可能性がある令嬢、ヴォルダ家が考慮している令嬢の名前とその家の状況20名分がリストになって載っていた。

 フリースラントの目は、紙に釘付けになった。覚えきれない。どうしよう。最右翼の娘だけでも踊っておかないと面倒なことになりそうだ。気が付いたら、とんでもない娘との縁談が進んでいたなんて、取り返しがつかない。

「トマシン、服はこんなものなのか?」

「おお、やる気になってきましたね」

「いや……」

 フリースラントは口ごもった。違う。それどころではないんだ。

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