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第1話 学園に行こう!
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「学校へ行けるのね!」
シエナは手を握りしめた。嬉しい!
「ゴア男爵夫人の、たってのご希望だからな」
父がため息をついた。
シエナの家は貧乏伯爵家。あまりに貧乏なので、両親は、末娘のシエナについては乞われるままに隣のゴア男爵家の一人息子ジョージとの結婚を決めてしまっていた。
「地続きのご縁もありますし」
ゴテゴテ着飾って、どこか下卑た様子のゴア男爵夫人は、この婚約をニコニコ笑顔で喜んだ。
リーズ伯爵家とゴア男爵家では、それなりに家格の違いがあった。昔からの帯剣貴族と、商売から身を起こした新興貴族である。
男爵家からすれば、古い昔からの貴族の娘を手に入れたようなものだ。
これで一段階段を上ったような気になったのだろう。
リーズ伯爵は、男爵夫人の言葉に気がなさそうにうなずいた。
これでかなりの金が動いたのだ。リーズ伯爵自身は仕事をしていたが、何しろ、田舎の屋敷と王都の屋敷の維持費がバカにならないうえに、上の娘のリリアスの結婚問題があった。
女の子は社交界デビューして、結婚を目指さなければならない。
それには、とんでもなくお金がかかった。下の娘の社交界デビューなど、形だけで済ませたい。そんな時、ちょうど都合よく、婚約の申し出が来た。正直伯爵は胸を撫でおろしたのだった。
「ですけれど、王立貴族学園にはぜひとも通っていただきたいですわ」
ゴア男爵夫人は強く要望した。彼女は見た目通り押しも強いのである。
「なぜ?」
リーズ伯爵は聞き返した。
もう、嫁ぎ先も決まっているのだ。何の為に学校に行くのかわからない。
「すでに自邸である程度勉強はしていますが。女の子は、学校に行かない方が多いと思います。特にここは王都から遠いし……」
コロコロと男爵夫人は笑い出した。
「なんのための結婚ですか。ご縁を増やすための貴族同士の繋がりですのよ?」
「親戚も大勢いるのですが?」
「もちろん親戚も大事です。でも、最近は学校に通う娘たちも多いと聞きます。王太子殿下妃も通っていらっしゃったとか」
何のことだかよくわからない伯爵は黙って話を聞いていた。
「ですからね、シエナはかわいらしいし、愛想もよい子どもですわ。学校へ行けば、名家の令嬢たちときっと仲良くなると思いますの。女性同士の繋がりがきっと広がるでしょう。ゴア家に嫁いだ後も、侯爵家や伯爵家の夫人同志の繋がりが出来ますわ」
根っからの貴族の伯爵には、ちょっと想像がつかなかったが、男爵夫人は上流の社交界に乗り込むことを画策しているのだ。そのためには、嫁にも人脈を作ってもらわねばならない。息子のジョージは二年前から、その貴族学園に行っていた。
「一年くらいなら、学校へ行くことは可能でございましょう?」
つまりそれくらいのお金は払っただろうという意味らしかった。伯爵はうなずき、家に戻ってため息交じりに学校行きの話を娘に聞かせた。
「嬉しいわ、おとうさま!」
シエナは大喜びで言った。
「学校に行けるって、リオに知らせて来るわ!」
シエナは、弟のリオにこの報せを伝えに走って行った。
「待ちなさい、シエナ……」
だが……年頃のシエナを、いつまでもリオと一緒に住まわせておくのは危険かもしれなかった。
「それを思うと、仕方がないか……」
リオは厩にいた。彼はとても美しい子どもだった。
ただ、そう思っているのはシエナだけで、彼はもう立派な少年……いや青年になりかかっていた。背も高いければ精悍な体つき、鼻が高く顔立ちは整って美青年だ。
シエナがパタパタと駆け込んできた。
「リオ! 聞いて! 私、学校に行けるの。王都に行けるのよ」
シエナは馬の世話をしていたリオに抱き着いた。
リオはがっちりした体付きなので、華奢なシエナ一人が飛び込んできたくらいでは微動だにしない。
「え? 姉さん、どう言うこと? こないだお父さまが学校は無理だって言ってたじゃない?」
「ゴアのおばさまが行かせてやって欲しいっておっしゃったのですって。貴族の間の交流を深めてらっしゃいって」
「どうして?」
リオは呆然とした様子で聞いた。
「ホラ、ゴアのおばさまは貴族同士のご縁作りにとても熱心でしょ? だから、女性は女性で、仲良しになっておけば、貴族の夫人同志でご縁が出来るだろうっておっしゃるの」
あの俗物が。
リオはうっかり舌打ちするところだった。
「でも、姉様、そしたら僕とは離ればなれ?」
リオはシエナのきれいな顔をのぞき込んだ。
シエナはとてもきれいだ……隣の男爵家のとんまなジョージにやるのはとても惜しいくらいに。
「あ……でも、一年くらいよ。それ以上は学費が出せないし、ジョージは卒業になってしまうから、帰ってきて結婚しなくてはいけないの」
「結婚しなくてはいけない……か」
リオはつぶやいた。
でも、シエナが喜んでいるなら、そして結婚と王都の学校に行くのは別問題だから……。リオは沈んだ顔のまま、シエナに聞いた。
「いつ、出発なの?」
「すぐよ!」
だが、今、学校の校門の前で、シエナは校内に入る度胸がなくて、一人たたずんでいた。
学校はキラキラ輝いて見えた。とても立派だ。
だけど……シエナは、擦り切れて裏から継ぎが当てられたみすぼらしい服を着て、それこそ下女にも劣るような身なりだったのだ。
「こんな格好では、入れない……」
校門の陰にひっそり立っている少女を誰も気に留めなかった。誰かのお使いだとでも思ったのだろう。
みな女生徒はそれなりに自邸にいる時より地味な格好なのだろうけど、立派な生地のリボンや飾りのついたドレスを着ていた。
シエナは手を握りしめた。嬉しい!
「ゴア男爵夫人の、たってのご希望だからな」
父がため息をついた。
シエナの家は貧乏伯爵家。あまりに貧乏なので、両親は、末娘のシエナについては乞われるままに隣のゴア男爵家の一人息子ジョージとの結婚を決めてしまっていた。
「地続きのご縁もありますし」
ゴテゴテ着飾って、どこか下卑た様子のゴア男爵夫人は、この婚約をニコニコ笑顔で喜んだ。
リーズ伯爵家とゴア男爵家では、それなりに家格の違いがあった。昔からの帯剣貴族と、商売から身を起こした新興貴族である。
男爵家からすれば、古い昔からの貴族の娘を手に入れたようなものだ。
これで一段階段を上ったような気になったのだろう。
リーズ伯爵は、男爵夫人の言葉に気がなさそうにうなずいた。
これでかなりの金が動いたのだ。リーズ伯爵自身は仕事をしていたが、何しろ、田舎の屋敷と王都の屋敷の維持費がバカにならないうえに、上の娘のリリアスの結婚問題があった。
女の子は社交界デビューして、結婚を目指さなければならない。
それには、とんでもなくお金がかかった。下の娘の社交界デビューなど、形だけで済ませたい。そんな時、ちょうど都合よく、婚約の申し出が来た。正直伯爵は胸を撫でおろしたのだった。
「ですけれど、王立貴族学園にはぜひとも通っていただきたいですわ」
ゴア男爵夫人は強く要望した。彼女は見た目通り押しも強いのである。
「なぜ?」
リーズ伯爵は聞き返した。
もう、嫁ぎ先も決まっているのだ。何の為に学校に行くのかわからない。
「すでに自邸である程度勉強はしていますが。女の子は、学校に行かない方が多いと思います。特にここは王都から遠いし……」
コロコロと男爵夫人は笑い出した。
「なんのための結婚ですか。ご縁を増やすための貴族同士の繋がりですのよ?」
「親戚も大勢いるのですが?」
「もちろん親戚も大事です。でも、最近は学校に通う娘たちも多いと聞きます。王太子殿下妃も通っていらっしゃったとか」
何のことだかよくわからない伯爵は黙って話を聞いていた。
「ですからね、シエナはかわいらしいし、愛想もよい子どもですわ。学校へ行けば、名家の令嬢たちときっと仲良くなると思いますの。女性同士の繋がりがきっと広がるでしょう。ゴア家に嫁いだ後も、侯爵家や伯爵家の夫人同志の繋がりが出来ますわ」
根っからの貴族の伯爵には、ちょっと想像がつかなかったが、男爵夫人は上流の社交界に乗り込むことを画策しているのだ。そのためには、嫁にも人脈を作ってもらわねばならない。息子のジョージは二年前から、その貴族学園に行っていた。
「一年くらいなら、学校へ行くことは可能でございましょう?」
つまりそれくらいのお金は払っただろうという意味らしかった。伯爵はうなずき、家に戻ってため息交じりに学校行きの話を娘に聞かせた。
「嬉しいわ、おとうさま!」
シエナは大喜びで言った。
「学校に行けるって、リオに知らせて来るわ!」
シエナは、弟のリオにこの報せを伝えに走って行った。
「待ちなさい、シエナ……」
だが……年頃のシエナを、いつまでもリオと一緒に住まわせておくのは危険かもしれなかった。
「それを思うと、仕方がないか……」
リオは厩にいた。彼はとても美しい子どもだった。
ただ、そう思っているのはシエナだけで、彼はもう立派な少年……いや青年になりかかっていた。背も高いければ精悍な体つき、鼻が高く顔立ちは整って美青年だ。
シエナがパタパタと駆け込んできた。
「リオ! 聞いて! 私、学校に行けるの。王都に行けるのよ」
シエナは馬の世話をしていたリオに抱き着いた。
リオはがっちりした体付きなので、華奢なシエナ一人が飛び込んできたくらいでは微動だにしない。
「え? 姉さん、どう言うこと? こないだお父さまが学校は無理だって言ってたじゃない?」
「ゴアのおばさまが行かせてやって欲しいっておっしゃったのですって。貴族の間の交流を深めてらっしゃいって」
「どうして?」
リオは呆然とした様子で聞いた。
「ホラ、ゴアのおばさまは貴族同士のご縁作りにとても熱心でしょ? だから、女性は女性で、仲良しになっておけば、貴族の夫人同志でご縁が出来るだろうっておっしゃるの」
あの俗物が。
リオはうっかり舌打ちするところだった。
「でも、姉様、そしたら僕とは離ればなれ?」
リオはシエナのきれいな顔をのぞき込んだ。
シエナはとてもきれいだ……隣の男爵家のとんまなジョージにやるのはとても惜しいくらいに。
「あ……でも、一年くらいよ。それ以上は学費が出せないし、ジョージは卒業になってしまうから、帰ってきて結婚しなくてはいけないの」
「結婚しなくてはいけない……か」
リオはつぶやいた。
でも、シエナが喜んでいるなら、そして結婚と王都の学校に行くのは別問題だから……。リオは沈んだ顔のまま、シエナに聞いた。
「いつ、出発なの?」
「すぐよ!」
だが、今、学校の校門の前で、シエナは校内に入る度胸がなくて、一人たたずんでいた。
学校はキラキラ輝いて見えた。とても立派だ。
だけど……シエナは、擦り切れて裏から継ぎが当てられたみすぼらしい服を着て、それこそ下女にも劣るような身なりだったのだ。
「こんな格好では、入れない……」
校門の陰にひっそり立っている少女を誰も気に留めなかった。誰かのお使いだとでも思ったのだろう。
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