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第48話 ブライトン公爵家にお世話になる
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公爵へ家庭教師になる件をお願いしてくださるのはありがたいけれど、根本的に何か勘違いしているような気がする。
「あの、私は、別に恋人がいるわけでは……」
カーライル夫人はにっこりと笑って、事情はよくわかっていると言わんばかりの顔になった。
「わかります。その件については公爵様には黙っておきますわ。あれくらいの年配の男性に相談するような内容ではありません」
「いや、じゃなくて……あの……」
「大丈夫。何もかも任せなさい」
任せて本当に大丈夫なのか? こんなにも不安に思ったことはない。
カーライル夫人の部屋に残されたシエナは、猛烈に不安なまま長い時間待った。
もう夕方だ……窓ガラスの外を見てシエナは思った。日が暮れかけてきた。
その時、パタパタと軽い足音がして、誰かが部屋に入って来た。
「シエナ!」
キャロライン嬢だった。
「キャロライン様。廊下を走ってはなりませんとあれほど申し上げたでしょう」
後ろから付いてきたのはエリザベス・カーライル夫人だった。
灰色の髪を固く結い、いかにも厳格な様子の夫人にそんな過去があっただなんて、想像もつかなかったが、シエナの件については、少なくとも悪い方には転ばなかったらしい。その証拠に、キャロライン嬢がニコニコ笑っている。
「趣味の部屋に住んでいいと許可が出たわ」
「趣味の部屋?」
シエナは面食らった。
「私たちはそう呼んでいるの。私の趣味の部屋よ。いつも片付かないので、カーライル夫人に叱られてばかりなの。昼間はイライザ嬢が来て、製本したり原稿を書いているわ」
「え?」
もしやマンスリー・レポート・メンズ・クラシックはここで生まれたのか?
「あなたは趣味の部屋の管理人になるのよ。お父様には語学の教師兼私付きの侍女と説明したわ!」
「ど、どうもありがとうございます」
「ですけれど、キャロライン様、シエナ様がここにいらっしゃることは絶対の秘密でございますよ?」
カーライル夫人が注意した。
「わかっているわ。恋人から逃げているのね」
ううむ。それもまた違うような。しかしカーライル夫人は、その通りと言わんばかりにうなずいている。
「そうなのです。悪い男が婚約者として名乗りを上げているのです。この一時、かくまって差し上げましょう」
「もちろんよ、シエナ。あなたの恋には、私たち、協力を惜しまないつもりよ」
キラキラした目をしたキャロライン嬢は、恋物語を読むときの少女の目だ。
帰るところがなくなって、生活に困り、喰い詰めそうになっているシエナの境遇と、キャロライン様のロマンチックな想像には、どうも大幅にへだたりがあるような?
大体、カーライル夫人にはリオの話をしていない。
何しろここはリオ・ファンの総本山。
そのリオに求婚されましただなんて告白しようものなら、この身が危うい。
それは黙っておくにしても、カーライル夫人は昔の自分の姿にシエナの今を重ねて、力いっぱいかばってくれるつもりらしい。
そして、キャロライン嬢にも、悪い婚約者から逃げていると解説した模様。
ところで、その架空の恋人と、悪い婚約者とは誰なのだろうか。
これまでのシエナの解説によると、おそらく悪い婚約者はボリス・レイノルズで決定だろう。今更、ジョージの出番はないだろうし。
でも、シエナの恋人って誰のことなの? シエナ自身が見当もつかなかった。
ただ、どう認識してもらっても、結果は同じな気がする。要は、公爵家においてもらえるかどうかなわけで。
なにしろ、どの男をとっても、全面的に面倒くさいことになっている。
リオ然り、ボリス・レイノルズ然り。
元弟と、名うての放蕩者だ。
元の弟は放蕩者ではないし、非難する点もないのだが、弟が婚約者ってどうなの? どうしても納得できなかった。
「キャロライン様、どうかご内密に」
シエナは精一杯頼んでみた。
「もちろんよ。でも、隠れているっておっしゃるけれど、学園には行くのよね?」
「はい。アラン様の通訳のお話もまだ残っていますし」
アラン様の通訳の仕事はやらなくてはならない。
そのためには、学校に行かなくてはいけなかった。
「通学の時に、ここから通っていることがバレないように、いい方法があるの。実はイライザ嬢もよくこの家から学校に行くのよ!」
「えっ?」
イライザ嬢、そんなに入り浸りなのか。知らなかった。
「一緒の馬車に乗っていくといいわ。私と一緒だと、今どこに住んでいるのかバレてしまうから」
「は、はあ。なるほど。ありがとうございます」
そのあとはエリザベス・カーライル夫人が引き取った。
「さあさあ、仕事の中身とお給金を決めますから、お嬢様はお部屋にお戻りになってくださいまし」
シエナはお嬢様の部屋からほど遠からぬ場所にある、おそらく作業場に使われているらしい部屋にくっついた狭い部屋をもらうことになった。
「リオは心配していると思うわ。明日、手紙を届けてもらおう」
シエナは決めた。
ボリス・レイノルズとなんか結婚しない。
父の伯爵は好きにすればいい。
ほとぼりが冷めたら、ブライトン公爵家で堂々と働くのだ。
「そうすれば自由」
カーライル夫人が、たとえ独身でも満足しているように、自分も独立しよう。
シエナは、ふとつぶやいた自由という言葉に感動してしまった。
勝手にやってくるドレスは、最高級品でとてもステキだった。
だけど、初めて知ったのだけど、その裏では、婚約話が持ち上がっていた。
そのうちボリス・レイノルズも何か送りつけてくるかも知れない。
「住所がわからないし、公爵家にあんな評判の悪い男がモノを送りつけてきたら公爵が怒るわ。キャロライン様もいることだし」
送り先が公爵家の場合、誰宛てなのか、わかりにくい。なにしろ、シエナはこっそり住んでいるのだ。表向き公爵家にいるのは、似たような年頃で婚活中のご令嬢、公爵の手中の珠、キャロライン嬢だけだ。
あんな貴族の格も下なら、評判も悪い中年男が、キャロライン嬢へ、たとえ花一本でも贈ろうものなら、公爵が侮辱と感じて、報復措置を取るかも知れない。
もし、シエナ宛に送ってきても、実はキャロライン様へお近づきになりたかったのだなどと下心を勘繰られようものなら、どえらいことになる。
「ないわね」
いくらボリスが女に節操のない男でも、それはさすがにやらないだろう。
つまり、公爵家邸内にいる限り完ぺきなまでにシエナは安全なのだ。
「今日が、ファンクラブ会合日でよかった」
普通なら事前に面談の約束を取りつけてから、訪問しなくてはいけないのだが、昨日は元々招待客の中に、シエナの名前が載っていた。リオの姉だからと言う理由で。
「リオ、ありがとう」
シエナは口に出して言ってみた。
魔王だけど。
そして、突然おかしなことを口走り始めたけれど。
学校に関しては、学費はすでにゴア男爵家が払っている。
なんだか知らないけど、リオが払い返したと言ってたけれど。
とにかくシエナは払う必要はない。
「あとは生活費だけ」
伯爵家に残されたマーゴだけが心配だったが、きっと他の使用人ともどもハーマン侯爵家へ一緒に行っただろうと思う。
ベイリーたちは、元々ハーマン家の使用人たちなのだ。元のお屋敷に帰るだけだ。父が彼らを雇い続けるとは思えなかったし、それでいいと思う。
「まだ婚約話は何も具体化していないのよ。私が見つからなければ、何一つ進まない。利用するようで悪いけれど、ブライトン公爵家はこの上ない隠れ蓑だわ」
例え、お嬢様のお話し相手と言う不安定な身分だったとしても、それでも、なんの後ろ盾もないシエナを家の中に入れてくれただけでもありがたかった。
それに、シエナがどこにいたのか聞かれた場合に、お友達のブライトン公爵令嬢のところと言う答えは盤石だった。
お友達がブライトン公爵令嬢。
すばらしい。
そのお友達のところに滞在している。
文句のつけようもない。招待されたい
令嬢も多いだろう。
誰もブライトン家にケチをつけることなんかできない。ましてやキャロライン嬢のお話相手だ。下手な男なんか寄りつけない。公爵が愛娘の周辺には目を光らせているのだ。
「よかった……ありがとう、キャロライン様。ありがとう、カーライル夫人」
シエナは、意味の分からない涙にくれながら、眠りに落ちた。
「あの、私は、別に恋人がいるわけでは……」
カーライル夫人はにっこりと笑って、事情はよくわかっていると言わんばかりの顔になった。
「わかります。その件については公爵様には黙っておきますわ。あれくらいの年配の男性に相談するような内容ではありません」
「いや、じゃなくて……あの……」
「大丈夫。何もかも任せなさい」
任せて本当に大丈夫なのか? こんなにも不安に思ったことはない。
カーライル夫人の部屋に残されたシエナは、猛烈に不安なまま長い時間待った。
もう夕方だ……窓ガラスの外を見てシエナは思った。日が暮れかけてきた。
その時、パタパタと軽い足音がして、誰かが部屋に入って来た。
「シエナ!」
キャロライン嬢だった。
「キャロライン様。廊下を走ってはなりませんとあれほど申し上げたでしょう」
後ろから付いてきたのはエリザベス・カーライル夫人だった。
灰色の髪を固く結い、いかにも厳格な様子の夫人にそんな過去があっただなんて、想像もつかなかったが、シエナの件については、少なくとも悪い方には転ばなかったらしい。その証拠に、キャロライン嬢がニコニコ笑っている。
「趣味の部屋に住んでいいと許可が出たわ」
「趣味の部屋?」
シエナは面食らった。
「私たちはそう呼んでいるの。私の趣味の部屋よ。いつも片付かないので、カーライル夫人に叱られてばかりなの。昼間はイライザ嬢が来て、製本したり原稿を書いているわ」
「え?」
もしやマンスリー・レポート・メンズ・クラシックはここで生まれたのか?
「あなたは趣味の部屋の管理人になるのよ。お父様には語学の教師兼私付きの侍女と説明したわ!」
「ど、どうもありがとうございます」
「ですけれど、キャロライン様、シエナ様がここにいらっしゃることは絶対の秘密でございますよ?」
カーライル夫人が注意した。
「わかっているわ。恋人から逃げているのね」
ううむ。それもまた違うような。しかしカーライル夫人は、その通りと言わんばかりにうなずいている。
「そうなのです。悪い男が婚約者として名乗りを上げているのです。この一時、かくまって差し上げましょう」
「もちろんよ、シエナ。あなたの恋には、私たち、協力を惜しまないつもりよ」
キラキラした目をしたキャロライン嬢は、恋物語を読むときの少女の目だ。
帰るところがなくなって、生活に困り、喰い詰めそうになっているシエナの境遇と、キャロライン様のロマンチックな想像には、どうも大幅にへだたりがあるような?
大体、カーライル夫人にはリオの話をしていない。
何しろここはリオ・ファンの総本山。
そのリオに求婚されましただなんて告白しようものなら、この身が危うい。
それは黙っておくにしても、カーライル夫人は昔の自分の姿にシエナの今を重ねて、力いっぱいかばってくれるつもりらしい。
そして、キャロライン嬢にも、悪い婚約者から逃げていると解説した模様。
ところで、その架空の恋人と、悪い婚約者とは誰なのだろうか。
これまでのシエナの解説によると、おそらく悪い婚約者はボリス・レイノルズで決定だろう。今更、ジョージの出番はないだろうし。
でも、シエナの恋人って誰のことなの? シエナ自身が見当もつかなかった。
ただ、どう認識してもらっても、結果は同じな気がする。要は、公爵家においてもらえるかどうかなわけで。
なにしろ、どの男をとっても、全面的に面倒くさいことになっている。
リオ然り、ボリス・レイノルズ然り。
元弟と、名うての放蕩者だ。
元の弟は放蕩者ではないし、非難する点もないのだが、弟が婚約者ってどうなの? どうしても納得できなかった。
「キャロライン様、どうかご内密に」
シエナは精一杯頼んでみた。
「もちろんよ。でも、隠れているっておっしゃるけれど、学園には行くのよね?」
「はい。アラン様の通訳のお話もまだ残っていますし」
アラン様の通訳の仕事はやらなくてはならない。
そのためには、学校に行かなくてはいけなかった。
「通学の時に、ここから通っていることがバレないように、いい方法があるの。実はイライザ嬢もよくこの家から学校に行くのよ!」
「えっ?」
イライザ嬢、そんなに入り浸りなのか。知らなかった。
「一緒の馬車に乗っていくといいわ。私と一緒だと、今どこに住んでいるのかバレてしまうから」
「は、はあ。なるほど。ありがとうございます」
そのあとはエリザベス・カーライル夫人が引き取った。
「さあさあ、仕事の中身とお給金を決めますから、お嬢様はお部屋にお戻りになってくださいまし」
シエナはお嬢様の部屋からほど遠からぬ場所にある、おそらく作業場に使われているらしい部屋にくっついた狭い部屋をもらうことになった。
「リオは心配していると思うわ。明日、手紙を届けてもらおう」
シエナは決めた。
ボリス・レイノルズとなんか結婚しない。
父の伯爵は好きにすればいい。
ほとぼりが冷めたら、ブライトン公爵家で堂々と働くのだ。
「そうすれば自由」
カーライル夫人が、たとえ独身でも満足しているように、自分も独立しよう。
シエナは、ふとつぶやいた自由という言葉に感動してしまった。
勝手にやってくるドレスは、最高級品でとてもステキだった。
だけど、初めて知ったのだけど、その裏では、婚約話が持ち上がっていた。
そのうちボリス・レイノルズも何か送りつけてくるかも知れない。
「住所がわからないし、公爵家にあんな評判の悪い男がモノを送りつけてきたら公爵が怒るわ。キャロライン様もいることだし」
送り先が公爵家の場合、誰宛てなのか、わかりにくい。なにしろ、シエナはこっそり住んでいるのだ。表向き公爵家にいるのは、似たような年頃で婚活中のご令嬢、公爵の手中の珠、キャロライン嬢だけだ。
あんな貴族の格も下なら、評判も悪い中年男が、キャロライン嬢へ、たとえ花一本でも贈ろうものなら、公爵が侮辱と感じて、報復措置を取るかも知れない。
もし、シエナ宛に送ってきても、実はキャロライン様へお近づきになりたかったのだなどと下心を勘繰られようものなら、どえらいことになる。
「ないわね」
いくらボリスが女に節操のない男でも、それはさすがにやらないだろう。
つまり、公爵家邸内にいる限り完ぺきなまでにシエナは安全なのだ。
「今日が、ファンクラブ会合日でよかった」
普通なら事前に面談の約束を取りつけてから、訪問しなくてはいけないのだが、昨日は元々招待客の中に、シエナの名前が載っていた。リオの姉だからと言う理由で。
「リオ、ありがとう」
シエナは口に出して言ってみた。
魔王だけど。
そして、突然おかしなことを口走り始めたけれど。
学校に関しては、学費はすでにゴア男爵家が払っている。
なんだか知らないけど、リオが払い返したと言ってたけれど。
とにかくシエナは払う必要はない。
「あとは生活費だけ」
伯爵家に残されたマーゴだけが心配だったが、きっと他の使用人ともどもハーマン侯爵家へ一緒に行っただろうと思う。
ベイリーたちは、元々ハーマン家の使用人たちなのだ。元のお屋敷に帰るだけだ。父が彼らを雇い続けるとは思えなかったし、それでいいと思う。
「まだ婚約話は何も具体化していないのよ。私が見つからなければ、何一つ進まない。利用するようで悪いけれど、ブライトン公爵家はこの上ない隠れ蓑だわ」
例え、お嬢様のお話し相手と言う不安定な身分だったとしても、それでも、なんの後ろ盾もないシエナを家の中に入れてくれただけでもありがたかった。
それに、シエナがどこにいたのか聞かれた場合に、お友達のブライトン公爵令嬢のところと言う答えは盤石だった。
お友達がブライトン公爵令嬢。
すばらしい。
そのお友達のところに滞在している。
文句のつけようもない。招待されたい
令嬢も多いだろう。
誰もブライトン家にケチをつけることなんかできない。ましてやキャロライン嬢のお話相手だ。下手な男なんか寄りつけない。公爵が愛娘の周辺には目を光らせているのだ。
「よかった……ありがとう、キャロライン様。ありがとう、カーライル夫人」
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