どん底貧乏伯爵令嬢の再起劇。愛と友情が向こうからやってきた。溺愛偽弟と推活友人と一緒にやり遂げた復讐物語

buchi

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第110話 十二月祭りの顛末

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どゆこと?

お父様に見つかったら大変じゃない?って、どう言う意味?

「あの……何が大変なのですか?」

「だって、真夜中まで男の方とご一緒だなんて」

そう言うとキャロライン嬢はちょっと恥ずかしそうにした。

「えっ?」

男の方?

「私は護衛ですが?」

「護衛は普通男性よね? 女性の騎士もいるけど」

キャロライン嬢は、いとも平然と返事した。

「まさかとは思うのですが、私の護衛は、御父上のブライトン公爵の要請だったのではないのですか?」

上司がこのクソ忙しい十二月祭りの警備に、パトリックを外してきた。
それもなんだか事情がありげだった。

パトリックはシエナから、キャロライン嬢を守れるだけの腕がある騎士で、一緒に出歩いても問題のない人物を探していると言う話を聞いたので、なるほど、そうかと察したのだ。

娘に甘いので有名なブライトン公爵が、結局、愛娘のお願いに負けたのだろう。
だが、十二月祭りの日の治安は悪い。心配なので、腕利きで信用のおけるパトリックを警備に付けたのだと、内心自負した。尊敬する赤公爵とは、まだ話したこともないが、腕を買ってもらえたのだと思うと、とても嬉しかった。

それが……こんなことになるとは。

「串焼きの時も、よく見はっててって、お願いしたでしょ? 父の手の者に見つかると、絶対に叱られるから」

「あの。それは、そういう意味だったのですか……」

あああ。絶望的。

「人のいないところの方が、見つからなくて好都合だと思ったのよ」

これにはさすがに、雑踏警備専門のパトリックは注意しないではいられなかった。

「普通は雑踏の方が見つかりにくいものです」

「あら。そうなの? じゃあ、噴水前の聖パトリックの像の前に戻りましょう」

パトリックは頭を抱えた。

リオのやつはシエナを連れてどこかに消えてしまったし、自分の無実を証明するためには、どうしたらいいんだ。

「お嬢様。もう帰りましょう!」

パトリックはスックと立ち上がった。

これ以上事態を悪化させないためには、出来るだけ早く公爵家に送り届けることだ。

「あら。ダメよ。私は古い年と新しい年の間に打ち鳴らされる鐘の音を聞きに来たの」

運命を占うと言う伝説の鐘の音。
一緒に鐘の音を聞いた恋人たちは、それが真実の愛ならば必ず結ばれ、一生幸せになれると言う。

真実の愛かどうか、幸せになれるかどうかのチェック機能付きだなんて、いいではないか。

「ねえ、パトリック様は一生結婚しないの? 恋人はいないの?」

妹みたいな年の娘に、自分の事情なんか誰が喋るか……とパトリックは思ったが、考えたら説明するほどの事情がなかった。

パトリックもさすがにもう自覚していたが、彼はまれにみる男前だ。その点に関しては自信があった。
だが、それがどうしたと言う気持ちも同時にあった。別に敵はひるんでくれない。むしろ、なめてきた。イケメンが必ず弱いと言う法律でもあると言うのか。

「いませんね。まあ、リーズ家自体、父があんなでしたから、もう没落したようなものです。妹たちがいますから、私は恰好だけでもどうにかつけないといけないので、伯爵を名乗って頑張ります。だけど……」

「だけど?」

キャロライン嬢は続きを促したが、パトリックは優しく微笑んだ。

「まあ、そのようなことブライトン公爵令嬢にお聞かせするような話ではありません。もう、遅くなりました。ご自宅までお送りしましょう」

「鐘の音が聞けないわ」

「大丈夫ですよ。家に帰りつくまで時間がかかります。その間に真夜中になります。この雑踏では馬車も呼べないので、歩くしかありませんから、鐘の音は街の中で聞くことができますよ」

「パトリック様のお誕生日だと聞きました」

「え?」

パトリックは目を見張った。
ここ数年、自分の誕生日なんか忘れていた。

「二十五歳になられるとか」

「それは……そうですけど。キャロライン様から見たら年寄りですね」

パトリックは、笑い飛ばした。そういわれれば、もう、かなりの年なのだと彼は思った。キャロライン嬢は今が花盛りだ。
二人で十二月祭りを歩きまわって誤解を呼ぶだなんて、そんなことはない。自分は、相手とみなされないくらいの年回りと身分なのだと思うと、変なことを考えた自分が恥ずかしくなった。

だが、それでも、この花を早めに家に送り届けた方がいい。

「これだけ混んでいたら、馬車は呼べません。公爵邸は街の真ん中ですし、少し歩きましょう」

「それが……」

キャロライン嬢は、かなり恥ずかしそうにした。

なんでだ?

「どうかなさいましたか?」

「実は、足が痛くて……」

「失礼します」

パトリックはかがんで、キャロライン嬢の靴を脱がせた。
なんということだろう。歩きなれないキャロライン嬢は靴擦れを作っていた。血がにじんでいる。

「どうして言わなかったのですか?」

ちょっと厳しめにパトリックはキャロライン嬢に尋ねた。

「気が付いたらこうなっていたのよ」

キャロライン嬢は夢中だったと言うことか。

「失礼します」

パトリックはキャロライン嬢を縦に抱いた。騎士専用の革ベルトを回すとおしりを乗せられるようになっている。けが人が出た時、これで運ぶのだ。
横抱きの方がいいのだが、両手がふさがってしまうので、何かあった時危険だ。縦抱きは格好悪いので、屋敷近くに着いたら降りてもらおう。

キャロライン嬢は軽い。それはそうだ。たいていケガをした同僚の騎士をこの格好で運んでいた。みな筋肉質でパトリックより体重があることが多かった。

今日の荷物は軽くて、いい匂いがする。

「あ、鐘の音が……」
キャロライン嬢が耳の後ろで言った。

道を半分くらい戻ったころ、そこらの寺院すべてが鐘の音を鳴らし始めた。
空気を震わす荘厳な鐘の音を聞こうと、音楽や大声は静かになった。

一緒に聞いた者同士は幸せになれると言う。

「パトリック様の幸せは何?」

「えっ?」

思いがけないことばかり聞く少女だ。それと、耳の後ろで話さないで欲しい。

「考えたことがありません」

幸せって何なんだろう? でも、今はとても幸せな気がする。やはり、しっかり護衛を務めているからだろうか。

「私は、リオ様の追っかけをしたり、シエナやイライザやアリスとしゃべったり笑ったり、それがとても楽しかった。今もよ」

「キャロライン様は、リオのファンなのですか?」

ちょっと冷めた。

「辞めたわ。だって、リオ様ったら、シエナの追っかけなんですもの。見ていて、イライラしたわ。だって、シエナはリオと一緒になれば幸せになれるのに、いつまでも、リオを受け入れないのですもの」

「ああ。うちの妹は、ちょっと考えすぎなところがありますね」

「私の侍女になると言ってたわ。シエナは気が利いてぬけがなくて、私とは大違い。確かに侍女に向いているけど、私はシエナにはもっと別な仕事の方が向いていると思ったの。もっと大きな仕事ができそうだなって」

パトリックは驚いた。シエナの能力を考えたことがなかった。結婚して、その家の家事全般を取り仕切るのだと考えていたに過ぎなかった。

「リオもそうよ。騎士には向いていないんじゃないかしら」

「え?」

さすがにパトリックは驚いた。
リオは優秀な成績で卒業するだろう。エリートである第一騎士団への入団が確実視されており、卒業前の研修には当然のように第一騎士団を指名され、現在、研修にいそしんでいる。ハーマン侯爵の後継ぎでもあるので、ゆくゆくは騎士団長になるだろうと……

「リオには豪胆さというものがないわ。細心で計算高い。悪い意味で言っているんじゃないのよ。私の父のようなどんぶり勘定なところもないわ」

「はあ」

「騎士団みたいな脳筋じゃないと思うの」

そういわれれば、それは確かに。
パトリック自身は脳筋だったが。

脳筋というより、彼は、何が儲かるか計算したり、種まきの時期を考えるより、軍の仕事をする方が好きだった。
要塞に立てこもったり、あるいは奇襲する。時には人に任せていられなくて、剣を握りしめて飛び出す。悪い癖だと叱られたこともある。
だが、やらずにいられないのだ。

「じゃあ、私は脳筋ですね。騎士団で働き続けるつもりです」

鐘は、もう鳴り止んでいた。

そして公爵家の近くに着いたので、パトリックはキャロライン嬢を地面の上に降ろした。

「歩けますか?」

パトリックは心配そうに聞いた。濃い青の目がキャロライン嬢を見つめる。

「なんとか」

キャロライン嬢は、弱々しい微笑みを作って言った。何とか心臓も持ちそうです。

二人は見つめ合っていた。なんだか、よくわからないけれど、その目にとらわれる。時間が止まったかのようだ、とパトリックが考えた瞬間……

屋敷内から突進してくるモノがいた。

「あなた! おやめなさい」

迫力のある厳しい声が追いかけてくる。
どう聞いても公爵夫人の声以外に聞こえなかった。ということは、あれはつまり……

「おのれ、この野郎! うちの大事な娘を夜中まで連れ回しよって!」

「ああああっ! 違います!」
パトリックは叫んだが、キャロライン嬢は言った。

「とても楽しかったわ。お父様、うちからリーズ伯爵家に婚約のお申込みはできませんの?」


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