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第117話 それから 1

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リオとシエナは、最初の子どもが生まれた時、手狭になった侯爵家の別邸を出て、本邸に戻った。

あの侯爵邸は、また空になってしまったが、リオとシエナの最初からの経緯を知っている執事や侍女たちも、コーンウォール卿夫人も、彼らがかわいい子どもを連れて本邸へ戻ってきて喜んだ。

残念なことに、ハーマン侯爵は体調を崩していて、一年経たずに亡くなってしまった。

「喜んでいましたよ。孫の顔を見ることができたって」

姉であるコーンウォール卿夫人は、葬儀の場でハンカチで涙を拭いながらそう言った。


シエナは控えめだが、良く気がつく。
以前から侯爵家にいた侍女たちも、最初こそ侯爵家のしきたり云々と言っていたが、それも数日のこと。
いつだったか、ブライトン公爵家で偽の侍女頭になってしまっていたように、いつのまにかシエナが立派な女主人になっていた。

リリアスも、エドワードが望んだ通り、かつての悪評など誰もが忘れ去ったかのように振る舞うことが出来るようになった。

だが、いつかアマンダ夫人が言っていたように、「社交界って要らないよね」

そう。キャロライン夫人の社交界と、リリアス夫人の社交界は永遠に交わらない。
それでも、存在を消され、学校時代の友人と会うことさえできなかったころと比べれば雲泥の差だ。初めからわかっていたことだった。リリアスもエドワードも十分満足だった。


幸せいっぱいのはずだったのだが、リオだけは悩んでいた。

リーズ伯爵なのだが、どうも最近芳しくないのである。

どう芳しくないのかというと、パトリックが問題だった。

「意外に優秀だ」

リオはぼやいた。

パトリックは辺境の田舎で警備隊長をしていたにすぎない脳筋のはずだった。
ところが、彼は軍事になると冴えわたるのである。

「まるで赤公爵の再来」

先日、帝国との小競り合いが勃発した時など、不十分ではないかと心配になるような小部隊を率いて、完膚なきまでに敵を叩きのめし(要するに全滅させ)意気揚々と帰って来た。
恐ろしい。

『銀剣聖』という、やや問題のあるようなあだ名を頂戴して、本人は恐縮していたが、周囲はもてはやし、リオは脅威を感じていた。

その時、リオは王都にいて兵站の仕事をしていたのだ。
兵站の仕事とは、武器の調達や軍服、食糧、その他軍隊が必要とするすべてをまかなう仕事である。リオはその総責任者であった。

何しろラッフルズが付いている。別にごまかすわけではないが、モノの値段について言えば、完璧なまでに把握できている。輸送手段についても、過不足なく痒い所に手が届くような手配ぶり。

この上なく評価は良かったが、地味。超地味。

彼だって、剣を抜きたいところなのだが、誠に致命的なことを剣聖パトリックから言われてしまった。

試合剣だと。

つまり、実戦向きではないそうな。トーナメントなどでは勝ち抜くだろうが、実戦は違うのだと。
これを言われた時、リオは頭に血が上って、義兄に本気で決闘を申し込む始末だった。

「負けますよ、リオ様」

剣に詳しくないはずのエドワードに忠告された。

「気迫が違います。なんだか知らないけど、パトリック様には何かが憑いています。本能で動くタイプですね」

「おのれ、脳筋め」

しかし、ジワジワと気が付いたのは、全く野心家ではなく軍事バカのパトリックだったが、妻は大公爵家の令嬢で義父は元帥だった。しかも軍事では異彩を放つ。

騎士団長とか、元帥とか、リオの欲する地位や名誉が、すべてパトリックの手元に流れていくことは自明の理だった。

「何しろ、舅殿の引きがありますから」

赤公爵は、自分の若いころを彷彿とさせる婿殿にまんざらでもないと言う噂だった。若いころの自慢話を感心して聞いてくれるので、気に入られて拘束され、その都度、愛娘のキャロライン夫人が怒って話を寸断して自分の夫を回収して帰るのだと言う。

パトリックとリオの年の差は、七歳。
大きいような小さいような。
パトリックが引退しない限り、元帥や騎士団長の枠は空かないだろう。
つまり蓋をされた状態。

「途中から登場したくせに」

「いいじゃないか。騎士団を辞めて、外交部か内政に変われば。お前ならできるが、パトリックには無理だ。人には向き不向きがある」

エドワードは言った。

「そして、パトリックを支えてやれ。彼には華がある。軍才と美貌だ。だが、脳筋だ。奥方がどうにかしてくれると思うが、奥方も良家の子女すぎる。だが、お前のところは違う」

「それ、どう言う意味?」

リオは陰気臭く聞いた。
リオは別に侯爵家の実子ではない。養子だ。シエナも散々貧乏してきた。

「いや。ま、つまり平民の現実を知ってるよね。人に仕えることも、下手に出ることも出来る。シエナ夫人も苦労してたし。それにシエナ夫人は人当たりが良くて気が利く。隣国の国王にも顔が利くなんてすごい」

アラン殿下は、今やセドナの国王だった。
父上の元国王はお元気だったが、スムーズな譲位のため王位を譲ったのだ。

「あの男の半径百キロ以内には、絶対に行かない」

リオは宣言した。

しかし、物事は思うようにはならないものである。

しばらくして、パトリックは騎士団長に出世し、一方でリオは、隣国エーヴ(帝国寄り・セドナでない)の外交官に赴任していた。

理由は、イケメンだから。

残念なことに、リオは、例のイライザ嬢のマンスリー・レポート・メンズ・クラシックで伝説になる程の正統派男前。さらに殿堂入りを果たすほど、長々と掲載されていた。
つまり、リオの顔の載った雑誌の販売総数は、非常に多い。

イライザ嬢はごにょごにょゴマ化していたが、その発行部数は驚くほどあって、古本含めてかなりの数が輸出されていたのである!
全く知らなかった。

「てな訳で、お前は向こうじゃ大スターだ」

「てな訳でって、どう言うこと? いつの間に大スターになったの? そもそも大スターって、どう言う意味で言ってるの?」

「古本を輸出したら、あのイケメンは誰って噂になったんだ。輸出したのはラッフルズだから、よく知っている」

エドワードは自慢したが、リオは嫌な顔をした。なんて余計な真似をしてくれたんだ!

「なんで古本みたいな利幅が薄いものまで売るんだ……」

そうはいっても後の祭り。

「売れるものは何でも売る。それがラッフルズの社訓だ」

エドワードが誇らしげに言った。

「なんでも売るのか……」

エドワードはあわてて手を振った。

「もちろん、違法なものは売らない。人とか」

一足飛びにそこまで売る?

「まあ、なんだ。君たちはあっちの国では大人気なんだ」

「君たち?」

エドワードは気まずそうな顔になった。

「シエナ夫人はもはやアイドルと言っていい域だと思う」

「えっ!」

思わずエドワードの首を絞めかけた。

「お前だって、リリアス夫人の絵姿の古本が男たちに売れたら嫌だろう?」

「わかってる! わかってるけど、一冊あっちに渡ったら、海賊版が出回ってしまって」

「海賊版?」

「コピー版だ。リオの本にはプレミアが付いて売られてるんだよ! そしてリオの絵姿も海賊版で出回ってるんだ!」

「アラン殿下とかパトリックはどうなんだ! あいつらもか?」

「だーかーらー。リオが人気なんだ。あまりに人気すぎて、外交官にはぜひハーマン侯爵夫妻をと、王妃様自らがご指名なさったほどなんだ」

「国王じゃなくてかっ! それって、俺が国王に睨まれるんじゃ?」

「大丈夫、大丈夫」

エドワードがリオをなだめた。

「国王が依頼したら、シエナ夫人が王妃に睨まれるだろ。どっちがいい?」

「なんだとぉ」

こいつ、どうでもこうでも、俺をエーヴに行かせたいらしいな。

「だってエーヴ国には今回新しく鉱山が見つかったんだ」

ついにエドワードが白状した。
 
「注目の的なんだ。どこの国もこぞって動向を探っている。そこへ、わざわざのご指名だ」

ラッフルズのエドワードが、説得に来た理由がわかった気がする。

「もちろん、情報収集してくれるだろ?」

「タダとは言わさんぞ」
リオはエドワードをにらんだ。リオは金銭には細かいのである。さすが兵站担当。

「リーズ家には相当額を初期投資している」

「リーズ家は、リリアス夫人の実家だろう」

「シエナ夫人の実家でもある。リオの資産の取り返しにも、ラッフルズは尽力した。仲良くやろうじゃないか」

無論、二人は仲良しである。
利益共同体だ。

「鉱山で、しこたま儲けるぞ」

「協力しよう」

「分け前は、相談だ。まずは、状況把握だ」

「わかった」

侯爵家という身分も申し分なく、二人は旅だつことになった。


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