恋の魔法はAAA

波奈海月

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「何? リリアン……? 長いだろ、それは!」
 それが名前? この小さな者の? 一度聞いただけでは覚えられない。
「何を言うか! この高貴なオレの名だぞ。王子自ら名を教えてもらうなど、光栄あまりあることなんだぞ!」
「――じゃあ、リリ」
「な――」
 長ったらしい名前を名乗った小さな者は、純玲が「リリ」と冒頭の二文字だけで呼ぶと、驚いたように目を見開き、あんぐりと口を開けた。
「何でそうなる! そりゃ実のところオレも前々から長いなーって思ってはいたけどさ、兄貴も長ったらしい名前ついてるし、しょうがないかなーって。でも言うことにかいて、リリ? それだけ? そんなにあっさり言っちゃうの? オレの名前を!? 今までそんな名でオレを呼んだやつはいないぞ? ここが王国ならお前、不敬罪だぞ!?」
「不敬罪って――王子様なら、みんなに親しみやすい呼び名の一つくらいあってもいいだろ」
 甲高い声できーきーと喚き出したそれ、リリに、純玲はもっともらしく言ってみせた。口下手を自認していても、長年営業職にだてについているわけではない。
「お! おおそうか。愛される親しみやすい呼び名か。よし、許可するぞ。スミレ、今後はこの高貴なオレをそう呼ぶといい」
 結構単純なようだ。純玲は内心で溜め息をこっそりついておく。
「よし契約書も作成できたということころで、お前の望みは何だ?」
「えっと、それは――」
 先に契約するというのも順番が違う気もするが、まあいいだろうと純玲は自分の望み、願いを言おうとした。
 しかしどっと羞恥が湧いてくる。「恋人が欲しい」と口にできない。その裏には「初体験」と浅ましい欲があるからなおのことだ。
「どうした、スミレ。望みがあるんだろ?」
「ま、まあ望みはあるんだけど……」
 怪訝そうに見上げてくるリリに言葉を濁す。
「言わなきゃダメ?」
「当たり前だ。でないと契約した意味がないだろ。契約したお前の望みを叶える。それが恋妖精たるオレの使命だ」
 けれどやっぱり言うのは恥ずかしい。ここは男として出世や名誉を望んでおくのが妥当だろうか。
「恋妖精ねえ。じゃあ――え?」
 願いを言おうとした純玲の前に、肝心のリリの姿がない。辺りを見れば、脇で純玲が飲みかけで置いておいた缶ビールの飲み口を嘗めていた。
「おい、望みを訊くんじゃなかったのか?」
「おう! うめーな、これぇ。何ていう飲み物だぁ?」
 何やってんだ、コイツは!?
「ビール。大麦を発酵させて作った大人の飲み物だ」
「そうかぁ、大人の飲み物かぁ。オレにぴったりだなぁ」
 どことなくろれつがあやしくなった口調でよく言う。そんな四頭身ほどのミニサイズのどこが大人だというのだ。
「……ったく。何なんだよいったい」
 大人気なくてももういい。純玲はリリから缶ビールを取り上げると一気に煽った。
「おいこらぁ! もっと飲ませろぉ」
 とろんとした目つきで翅を広げたリリが、ふわふわ漂うように飛びながら純玲に向かってきた。
「んっ――!?」
 ウソだと言ってくれ!! これがまさか俺の!? あまりのことに、目を見開く。間違いなく今、純玲の口はリリに塞がれていた。
「はあぁ、うめぇー」
 なおも吸いついてくる。小さな口からこれまた小さな舌を出し、純玲の唇を嘗め回す。
「ホント、お前いい匂いするな。ビールもうめーが、お前の唇もうめーぞ」
「あ……あの、さ、リリ?」
 ん? と、リリが顔を上げた。まじまじと見つめ合ったあと、顔を真っ赤にする。
「おわぁっ! 何やってんだ――っ」
 正気に返ったといわんばかりに、頭を抱えて叫び声を上げたリリは純玲から飛び退いて離れる。
 勝手に吸いついてきて、その態度は何だ。しかしあきらか動転しているのが分かるリリの言動で、純玲は却って冷静になる。何にせよ、夢の中のできごとでうろたてしまうのもバカらしい。
「キス、だろ」
「だな、キス、だ。人がいうところの接吻だ。口と口が口でだな。ぴたりと口が合わさって――ぎょえーっ!! ナシだ! ナシにしてくれ! ノーカンだっ!」
「おい、何を喚いてるんだよ。ノーカンってノーカウント?」
 ふと先ほどの契約書が目に入る。特約項目にチェックが入っていた。
「俺チェックしてないぞ?」
 誰がしたのだ。リリなのか?
「……悪い、スミレ。今ので特約ついちまった」
「どういうことだよ。今のって、キスか?」
「オレたちが言うところの『チュウ』だ。これで『A』の契約になった」
 気まずげに告げたあとリリが目を逸らした。
「シングルエーの特約をつけるとどうなるんだ?」
「ま、まあ、それはおいおい、な」
「契約だというなら、きちんと説明する義務があるだろ」
 リリの言い草に目を細めて、少々意地悪く返す。
「そうだけど! けどお前に不利益になることは何もないからな。それは安心しててくれ。つまり特約報酬を先に貰っちまったってことだから」
「ふーん。特約報酬がキスねえ。ダブルエーならどんな報酬だ? トリプルエーは?」
 特約をトリプルにしたら何を要求されるのだろう。
「いやそれはだな、チュウの二乗でペロリンになって、それでアンがアッハーンで」
 ごにょごにょと言葉を濁し、そこに偉そうなオレ様王子の姿はなかった。
「ペロリン? はっきり言え」
「ま、まあな、細かいことは気にするな! 男だろ! スミレ!」
 よほど突っ込まれたくないのか、誤魔化し以外何ものでなく純玲に背を向けたリリは、腰に手を当て乾いた笑い声を上げた。
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