上 下
8 / 29
【序章】破壊者の再来

【8】メインディッシュ

しおりを挟む
***

「じゃ、ジャンケンで」

キョロキョロとお互いの顔を見合わせる彼らには、入室してきた時の険悪なムードはない。
青褪めた様子で、否、困惑した様子だった。
おおよそ私の正体を勘繰っているのだろう。
同い年、もしくは年下の女が、恐ろしい犯人なのだ。

はんにんを見て、いくらか正気が戻ったようだ。
「ジャンケン、ポン」
右頬を腫らした背の高い男子とそれより小さな男子がジャンケンで争っている。
「あいこでショ」
その傍らに今朝、ふざけて友達を私にぶつけた同級生が両腕をだらりとして膝立ちしていた。
私を睨みつける好戦的な目は、転がった芋虫、特に口から上履きの踵を覗かせる担任を見て、怯えたものに変わった。
男子二人が大人しくジャンケンをしているのも、私の言う命のやり取りが嘘だと思っていないからだ。

「俺が勝ちました!!!」

背の高い方が、安堵した様子で大きく言った。

「あなたが連れて来た奴は当たり。じゃあ、隣のクラスで待っててくれない?全員集まったら、解放してあげるから」

ひらひら手を振って、退出を促した。
すぐに出られないことに納得いかない様子だったが、晴れやかな表情の背の高い男。
一方もうひとりは、不満そうに足先を睨んでいる。
私を害した時点で終了するぞ、と忠告したかったがやめた。
さあ、どうする?
出方を伺うが、男は何も言わず飛び出して行った。
また新しい当たりを捕まえに行ったのだろう。

チャンスを与えると言っておきながら、実は何も考えてなかった。特に興味も湧かないし解放してやろうかな、と思った。

「許してくれ……」

嗚咽の混じった声が下から聞こえて、視線を移す。
同級生の男が膝たちで擦り寄ってきたのだ。

「次、声を出したら、あの芋虫と同じ口になるよ」

笑みを浮かべて、そう告げた。

それから一時間ほどで結構な人数が連行された。
どいつもこいつも、ボコボコ。
思わず笑ってしまうような有様の奴もいる。
みんなで捕まえたと宣言する集団がいたが、これもジャンケンで決めろと言った途端、殴り合いの乱闘が起きたりした。

ま、結果は上々。
下田グループは虐めの要で、有名だったので早々捕まった。
ジャンケンで負けてチャンスを失った人達に、おまけで助けてやる代わりに下田グループを死なない程度にトイレに顔を沈めてこい、と命令するとみんな嬉々としてそれを行った。

なかなか捕まらないのは、圭吾くん。
さすがに運動部だけあって、逃げまわっているのだろう。
待つ間、捕まった奴らを嬲っていたが、面白く感じない。
下田の目にシャープペンを指すという新たな試みに挑戦し出した時、やっと彼がきた。

「穂波 和佐の彼氏、田中 圭吾を捕まえました!!」

綺麗に残しておいてあげた穂波 和佐の目が大きく開かれた。

「ご苦労。君は隣の教室で他の成功者と待っていて。もうすぐ終わると伝えてくれるか」

そうして最後の成功者は縛られた圭吾くんを置いて、踊るように出て行った。

この教室一杯に悪人が詰まっている。
穂波 和佐以外はみんな、酷い有様だ。
暴行によってパンパンに顔を腫らした者や、最初の芋虫の中で比較的軽い罪の女三人ととばっちりを受けた穂波の友人二人には餌用のコオロギなんかを飲み込ませたりもした。
下田グループには、やり返しフルコースを味わってもらった。
例えば、理科室から持ってきたホルマリン漬けの蛙を口に入れてあげたり。
ホルマリンは人体に有害らしく苦しんでいたが、彼女らにとって残念なことに死には至らなかった。

そんな中で穂波 和佐だけは無傷だった。
何もしていないと言えば語弊があるが、最初に両腕、両足、声を奪ったのみであった。
何故かと言えば、メインディッシュだから。
一番手をかけてやらなくちゃ。
ああ、どうして声を奪ってしまったのか。
話を聞きたかった。
後悔しても戻せない。

「穂波 和佐。ちょっと来てくれる?」

他の多くは五体満足の者で席についているが、芋虫達は最初の位置に転がされている。
その中から穂波 和佐を抱きあげた。
結構、重い。
手足がなくてもこれが人間の重みなんだな、としみじみ思う。
圭吾くんの前まで連れて行く。
よいしょっと掛け声をかけて、壁に凭れかけさせた。

ぷちん
メインディッシュの為に用意した包丁で、圭吾くんの紐を切った。
圭吾くんは驚愕していた。
手足がない恋人に。
不遜な彼だったが、恐怖がじわじわ侵食していくのが見て取れた。

「変なマネするなよ?同じ姿にするからな」

うふふ。
マンネリ化していた復讐が、彼女のおかげでとっても特別なものになる。

呆然とした圭吾くんの手に包丁の柄を握らせる。
膝立ちの彼の左横に同じようにして近寄る。
右手で彼の頭を引き寄せて、左耳に囁く。

包丁それで、穂波 和佐かのじょを刺せ」

うまく刺せたら、生かしてあげる。
しおりを挟む

処理中です...