タイトル

ハチヤマ

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 悲鳴の様な掛け声が響く。
「離して!離してってば」
「お姉ちゃん落ち着いてよ、うぅ..ぐぐ」
そのやりとりは真昼間の歩道橋、太陽が少し雲で隠れ、冷えながらも都会の特有の汚水臭い暑さがまだ残っていた。歩道橋で二つの人影が動き回るその下では、秋の季節、旬のたべものを届けるために大型トラックが立て続けに走っていた。風が強い。
「はぁ...はぁ..」
姉妹の内、姉の目は涙で赤く腫れた後があり、妹の目は今現在泣いていた。
「グス、ひっぐ。」
2人は長い間争っているのだろう。
髪は乱れ、日光が汗を反射する。会話らしい会話もないまま、姉が手すりを掴んでは妹が引き離し、掴んでは引きはがしを繰り返していた。人が落ちるには危険な高さであるのは明白である。やがて、より動き回っていた姉の方から体力が尽きてしゃがみ込み、それを見て安心した妹も腰も下ろすことができた。
「ねぇ、お姉ちゃん落ち着いた?」
その声は震えていて最後まで言葉に出来たのが奇跡かのように思えた。
「.....」
静かにうつ伏せで疲れ果てていた姉は顔を上げず、ただ何も言わず呼吸を整え伏せていた。落ち着いたというより、戦前に体力を回復しているかのようだ。
ピクッ
かすかに姉の薬指が跳ね上がり、その場の緊張が張り巡らされる。
姉の名前は葵(アオイ)熊本県在住の公務員であり、スポーツ歴はサッカー。大学で4年経験しており、九州では上から数えた方が楽という知名度のチームに所属していた。
「....」
アオイは口を開かない。膝がグンと上がると、その瞬間。妹は覚悟を決めた目でスマホを取り出し、電話を掛ける。
アオイはその電話相手が誰だかわかった。妹はその人物をここに呼び、混乱している
自分を一緒に止めて欲しいと言うだろう。
だが、そうはさせない。その人にだけは今のこんな私を見せるわけにはいかない。
顔を上げたアオイの表情は目をぐるんぐるんとさせながら妹のスマホに手を伸ばそうとする。が、遅かった。
「もしもし、天司(タカシ)くん?うん、お姉ちゃんが今日具合悪くなったからって食事に行けなくてごめんね。...ん?聞こえにくい?ごめんね、風が強くてさ、あぁ大丈夫。具合が悪いってのは嘘だから。うん、うん。でさ、
今お姉ちゃんが会いたいって。」
アオイは頭が真っ白になった。

タカシくんはアオイが大学時代に出会った人だ。アオイと同様、タカシくんもまたスポーツに力をいれており、柔道でめっちゃ良いところまでいった。大学一年目の出会い始めから2人は互いが気になっていたが、それぞれ競技に専念するためにあえて無駄に、本当に無駄に距離を置いていた。偶然グループ授業でメールを返信し合うチャンスになっても事務的な会話しかできず、双方苦しんだり、学園祭等のイベントも意識して離れて行動していた。そして卒業後、付き合う事になるのだが2人は大学生活を共に過ごさなかったことを後悔しまくっていた。
アオイは付き合って1周年記念という事でプレゼントを用意していた。タカシくんはギャンブルが好きで特にトランプギャンブルが好きだった。なので、贈り物としてせっかくなので世界に一つだけのオリジナルトランプを贈る事にした。2人で撮った思い出の写真を貼り付けたトランプだ。52枚。妹に聞かせたら引かれた様な顔をしていたが、気のせいだろう。タカシくんはトランプと私が好きなのだ。喜ぶに違いない。

「うぅ..」
妹の電話が終わり、しばらくしてもアオイは頭が真っ白のままである。
もう終わりだ。全部彼にバレてしまう。
「お姉ちゃん..大丈夫だよ。タカシくんはその気持ちだけで十二分に嬉しいし一緒に悲しんでくれるよ。」
「ぞ、ぞうなんだげど...」
急に涙がでて、泣きながら話したので言葉がおぼつかない。
「で、でも..ドラ..が..ドランブが....」
階段部分が錆び始めていた歩道橋の上で風が吹き荒れる。アオイはもう現実を受け止め始めていた。さきほど、妹と一緒にタカシくんへの思い出のトランプを店で受け取った後、ルンルンでの帰り道にていつもの歩道橋を渡った時..凄まじい強風が吹いた。紙袋に入った思い出のトランプはどこまで飛んでいき、道路上のトラックに跳ね飛ばされた。そして舞い散り、また跳ね飛ばされ、飛び散り、その繰り返し。
アオイはそこから先は覚えていない。また現像して作り直せばいいと言われればそうなのだが、あの跳ねられ、大型車の車輪に潰されたトランプを思い出すとそうもいかない。
タカシくんに合わせる顔がなさすぎて
食事のドタキャン、そう1周年記念日を
私の勝手で台無しにしてしまったのだ。
あの大学生活よりタチが悪い。
風で飛ばされた紙袋をキャッチしていれば
何事もなかったのだ。サッカーで鍛え上げた脚力を使えば、ピョンと飛び上がり手に収められたのだ。無数の成功パターンが頭を駆け巡り、この歩道橋で試したくなった。例えばさっきの様に、こうして強風が流れて下にトラックがビュンビュンと走っているときには
タッ!
アオイが走り出した時、妹は完全に腰を下ろしており、不意をつかれてしまっていた。するするりとアオイは手すりに手と足をかけ、
道路に向かって思いっき...
「危ねぇ!」
大男が走り込み、アオイの脚を掴み、引き上げる。
ふわっと..とはいかないものの、人1人分の重さと歩道橋から落ちる際の重力をものともせずに引き上げた。
「タケシくん⁉︎」
あまりの驚きで妹はタカシくんの名前を間違ってしまった。だが、その場の雰囲気で会話はそのまま続く。
「妹ちゃんから電話が来て、アオイが今すぐ会いたいって言ってたから来たんだけどよぉ..なんだよこれ」
タカシの風貌はコートを着ているが、その隙間からは筋肉隆々な肉体が隠せていない。また、その筋肉は汗をかいているがおそらく冷や汗だろう。彼女が歩道橋から飛び降りようとしたのだ。良い汗をかくはずがない。

それから、その日の夜。
アオイとタカシは話し合い、
「すまねぇアオイ!俺がギャンブルなんか始めなければこんな事に..!」
「え?違うよ、私が悪くて..1周年記念日も変な言い訳してめちゃくちゃにしたし」
2人とも正面からぶつかったり右往左往と責任感が向いたりしながら長い時間をかけてわかり合った。昼間の歩道橋の上での問答は数時間ほど続いていたらしく、あの時は夢中で気づかなかったのだが、女が飛び降りる降りない、警察を呼ぶ呼ばないとで人だかりができていたらしい。人混みをかき分けてタカシくんは走ってきたという。
2人の話がプレゼントである写真付きトランプが主題になると、ある相違点が生まれた。タカシくんの一言から。
「54枚の思い出の写真かぁ..アオイって写真撮るの好きだったから逆に厳選するの大変だったんじゃないか?」
「ん?54?」
実はプレゼントにと作った数は52枚、トランプの枚数54には2枚足りなかったのだ。アオイはトランプに本当にめっぽう詳しくなく、残り2枚がなんなのか分からなかった。
それはジョーカーである。
アオイはあの時作り忘れて運良く轢かれなかったジョーカーを、新たに作成して写真を貼ることで思い出を上書きしリハビリをしようとしていた。しかし、逆効果で飛ばされていったトランプ達が忘れられず、家に飾られた道化師を見るたびにスイッチが入り、夜な夜などこかで賭け事を始めているらしい。
タカシはというと、これからカードゲームで2枚のジョーカーしか使わない。つまり、もうトランプでゲームをすることはできずギャンブルから足を洗う事を宣言した。
もし2人が完全に立ち直った時、
残り52枚のトランプを出迎えるだろう。
トランプ達は2人の変わり様に驚くに違いない。まるでトラックに跳ね飛ばされて異世界に来てしまったかのように。















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