ミュー

パラリラ

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ミュー

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ミューはのらネコ、時々ボクのおうちのお庭に来る。
きたない茶色で目つきもちょっとこわい。なのにミューミューってかわいい声で鳴くからミューって名前をつけたの。なでてあげようと手を伸ばしてもするっと逃げてしまう。ネコのミューにはボクがでっかい怪獣みたいに見えるのかな?

ママはミューにさわっちゃダメって言う。バイキンが移ってびょうきになるからだって。お庭に落ちてるミューのウンチはすごくくさい。ママがうっかり踏んづけちゃった時はすごく怒ってミューが来るたびに大声あげて追いだしてた。

でもボクはママが見てない時にこっそり食べ物をあげるの。ミューもわかっていてこっそりやってくる。白いおひげがいっぱい生えてる小さな口で夢中になってパクパク食べる。食べている時だけ、さわらせてくれる。ミューの背中はざらざらしてるけれどフワフワ、なんだか気持いい。
だけどこれ、ママには絶対に絶対にヒミツだよ。

そのミューがね、チューリップの花が大きなつぼみにふくらんだころ、お庭の縁側の下で赤ちゃんを産んだんだ。
「なんてことでしょ!」
ママはプンプンしながら縁側の下をのぞき込む。空っぽの植木鉢の間に赤ちゃんネコが三匹いたんだ。どの子もミューと同じ茶色、でもまだ目が開いてないみたい。おなかすいたと小さな声でミューミュー鳴いている。お母さんネコミューはいない。どこにいるんだろう? 
その日ずっと子ネコたちは悲しげな声で鳴きっぱなし、ママは心配顔でしょっちゅうお庭や外をうろうろしていた。ミューは戻ってこなかった。

次の日の朝早く、ママはパパのごはんを作るよりも先に縁側の下をのぞきこむ。三匹の赤ちゃんネコのうち鳴いてるのは二匹だけ。ママは眉をひそめてつぶやいた。
「どこに行っちゃったのかしら」
夕方になってついにママは赤ちゃんネコを抱き上げた。髪の毛をクモの巣だらけにして見せてくれたのはたった一匹の子ネコだった。
「かわいそうに他の子ネコたちはダメだったわ。この子だけでも助けてあげようね」

ママは温めたミルクをやわらかい布に浸して子ネコの口に近づける。子ネコは小さな声で鳴きながらピチャピチャと布をしゃぶっている。ママはおなかいっぱいになった子ネコをそっと前の場所にもどした。
「早く戻ってくるといいわね」

そのあと何日か、ママは一匹だけになった子ネコにミルクをあげて育ててくれた。子ネコはよちよち歩けるようになって目もちょっとだけ開いてきた。なのにミューは戻ってこない。どうしちゃったのだろう。ママは小さくため息をつく。
「うちじゃ動物は飼えないのよ」

ママはあちこちに電話をかけている。子ネコをもらってくれる人を探すんだって。縁側の下で見つけて五日目、遠くに住むおばあちゃんが車でやってきて目がパッチリ開いた赤ちゃんネコを連れて行ってくれた。
「これでひと安心ね」
ママはほっとした顔でニコニコしてた。
だけどその次の日ミューが戻ってきたんだ。

ミューの体はいつも以上にきたなくて片耳は半分ちぎれている。ケガのせいで帰って来れなかったのかも。ミューは鳴き声を上げてお庭をうろうろしてる。
その声はいつものかわいいミューミューじゃない。うなり声のような叫び声のような、だけど悲しい声。見つめるママも悲しそう。
「今ごろになって帰ってくるなんて」

二日間ほどミューはお庭で鳴き続けていた。ボクはどうしていいかわからなくてお部屋の中からミューを見ていることしかできなかった。
「ミューの赤ちゃんね、おばあちゃんちにもらわれていったの」
ネコに通じるわけはないと思いながらも、ボクは遠くに住むおばあちゃんちの方角を指さして話しかける。ミューはそれっきり見えなくなった。

それからまた何日かたってミューの悲しい声を忘れかけたころ。ママが真剣な目でボクの顔をのぞきこむ。
「ミューね、もしかしたら死んじゃったかもしれない」

ボクの家から少し離れたところにコクドウって名前の大きな道路がある。いつもたくさんのトラックがびゅんびゅん走ってて、ママに絶対に行っちゃダメっていつも言われているところ。そこに茶色いネコの死体があったって。
あのコクドウをずっとずっと遠くに走ってゆくとおばあちゃんのおうちがある。もしかしたらミューは赤ちゃんに会いに行こうとして? だってミューに教えたのはボクだもの。ボクはくちびるをギュッとかむ。

次の日、ママと手をつないでコクドウを渡った。白い横断歩道の上に茶色のまだ新しいシミを見た。もしかしたらミューだったのかもしれない。
あれからコクドウを通るたび、そしてマグカップについでもらったミルクを見るたびに悲しい気持ちがわきおこる。

それから少し後、ママがおばあちゃんからスマホに送られた子ネコの写真を見せてくれた。やせっぽちの赤ちゃんネコはつやつやした茶色の毛並みのぽっちゃり太ったネコになっていた。
ママに頼んで元気な子ネコの写真を写真立てに入れてもらった。ボクはそれを窓ぎわに置く。外からでもよく見えるように。
こんなことをしたってしかたがないってわかってる。だけどボクは誰もいないお庭に向かって心の中で呼びかけるんだ。

「ミュー、子ネコは元気に生きているから安心してね」

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