器用貧乏、世界を救う。

にっぱち

文字の大きさ
上 下
1 / 30
入学編

1話 死ぬことと、生きること

しおりを挟む
ーーー痛い

 幾度となく他人に齎してきた『死』の感覚が祐樹ゆうきへと襲いかかる。
 彼が抑える胸からは、血がドクドクと止まることなく流れ出している。

ーーー痛い

 残る意識を総動員して後ろを振り向く。そこにはサプレッサー付きの半自動式拳銃『AMTハードボーラー』を祐樹に向けながら立つ1人の男がいた。
 その男は夜の暗闇に紛れるように全身を黒いライダースーツで包み、手には黒い革手袋という首から上以外の全てを黒く染めた格好をしていた。
まこと…どうして…」
「父さんからのご命令だよ。はいらないんだってさ。」

ーーー痛い

 真の言葉の意味がわからないほど、祐樹は子どもではなかった。

『半端者』

 祐樹は家族からそう呼ばれていた。
 何をしても人並み以上には出来ず、あらゆることで必ず誰かに上を行かれる。祐樹の心に真の、何よりも祐樹の父親の言葉が深く突き刺さっていた。
「それでも俺は、必死に…」
「結果が全てなの、わかってるでしょ?」
 そう言いながら、真は引き金を引く。
 パシュ、という乾いた音と共に祐樹の胸に新しい風穴が開く。
 祐樹は離れつつある意識を手繰り寄せ、目の前で嘲笑を浮かべる実の弟を必死に睨みつける。
「グッ…真、お前…」
「バイバイ、兄さん。」
 真は祐樹に対して何の躊躇いもなく、三度引き金を引く。
 それを最後に、祐樹の意識は暗闇へと沈んでいった。





 目を覚ますと、祐樹は見知らぬ場所にいた。そこは自分自身以外の全てを白で埋め尽くされた空間。目の前も、上も横も下も白、白、白…。
 とりあえず今いる場所が何処なのかをはっきりさせるため、祐樹は立ち上がってこの空間を調べようとした。
 その瞬間、祐樹の頭上から丸い光の玉が落ちてくる。
 は祐樹の目の前で静止すると、だんだんと形を変えていく。

 丸だった形が細長い楕円に。

 楕円だったものが人型に。

 そして人型になったものの背中から翼が生えてくると、光の玉だったものはへと姿を変える。
「ようこそ、私の空間へ。
私はエカテ。とある世界の神です。」
 エカテと名乗る女性は祐樹に向けて自己紹介をする。祐樹は光の玉が落ちてきた時から呆気にとられて固まっていたが、目の前の何者かが話し始めるとハッと気づいたかのようにその言葉に耳を傾けていた。
「地球人、祐樹。私は貴方にお願いがあって、この空間に招待しました。」
 祐樹は何も喋らず、ただ目の前の自称神が喋る言葉を聞いていた。
「貴方には、私の世界を救って欲しいのです。
 私の世界は今、崩壊の危機に瀕しています。しかし、私の力では到底太刀打ちできませんでした。
 そこで、貴方の力を貸して欲しいのです。私1人の力では駄目でも、転生者になれる素質を持った貴方が協力してくれるなら、必ずしも世界を救うことができます。」
 自称神ーーーエカテが言葉を切り、祐樹へと手を差し伸べる。
「さあ、私の手を取って。」
 祐樹はエカテの手を一瞥すると、鼻で笑ってその手を払った。
「まああんたが本当の神様なのかどうかは一旦置いとくとして、嘘をつくのは下手なんだな。」
「…何のことですか?」
「何のことって聞かれても俺には分からないことが多すぎるから何処がどう違うとか指摘することは出来ないけど、嘘をついているかどうかは見ればわかる。わざわざ人型にしてくれたお陰でわかりやすかったよ。」
 祐樹は自分にあらゆる事において才能がないことを理解していた。そのため子どもの頃からあらゆる技術を身につけるための『特訓』をし続けていた。相手の心理を見抜く『読心術』もその一つだった。
「まず、『私の力では太刀打ちできなかった』って所。それと『俺が転生者としての素質を持っている』って所。あとは『協力』って所かな。どうだ?」
 祐樹の問いかけに、エカテは何も答えない。ただ冷ややかな目で祐樹を見つめている。
「沈黙は肯定を意味する、って言葉があるんだけど、そう思ってもいいのかな?」
「…貴方、一体何者ですか?」
 長い沈黙の後、ようやく口を開いたエカテから出た言葉がそれだった。
「別に、ただの人間だ。」
 祐樹はエカテに向き直ると、言葉を続ける。
「お前の話に乗るかどうかは、お前が本当のことを話してから考える事にさせてもらうわ。」
 エカテは大きく溜息をつくと、冷ややかな笑みを浮かべながら話し始める。
「まさかここまで鋭い人間がいるとは、意外だったわ。いいでしょう、折角だし本当のことを話してあげる。
 ただその前に一つだけ。君は私の申し出を断ることは出来ないわよ。」
 エカテの言葉に、祐樹はさして動揺することもなく答える。
「だろうな。なぜなら俺は既に死んでいる、だろ?」
 その言葉に、エカテの顔に今度は驚愕の色が浮かぶ。
「自分の死を自覚しながら、なぜそんなに冷静でいられるの?」
「そういうものだから、としか言いようがないな。」
 祐樹はそれ以上語ることはない、とばかりに肩をすくめてエカテの質問に答える。
 エカテは全く納得していない顔をしていたが、やがて諦めたのか自分の話に戻る事にした。
「まあ、分かってるならいいわ。それで私の嘘についてだけど、概ね正解ね。
 そもそも、私は今私の世界で起こっている脅威が解決しようがしまいが、さしてどうでもいいの。勿論解決するに越したことはないけれど、仮に世界が崩壊したとしてもまたいいだけだから。だから、私は自分の手でこの脅威を取り除くつもりはない。
 次に、そもそも転生する事において素質なんてものはない。人間だけでなく、生きとし生けるもの全ては転生することができる。貴方達の世界の言葉だと確か、輪廻転生だったかしら?それは自然に起こるものだけれど、それに私達神が介入するというだけの話。
 あと、最初に言った通り私はこの問題に直接介入するつもりはない。だから協力もしない。貴方は私の世界に適合する体にその魂を移すだけ。あとは見物してるわよ。」
 一通り話し終えると、エカテは祐樹に目を向ける。
「どう?やる気になった?
 まあやる気がなくてもやらせるけど。」
「拒否権はないのね…まあいいけど。」
 祐樹は至極あっさりと答える。
 祐樹の返事を聞き、エカテは祐樹の目の前まで移動する。
 鼻と鼻がくっつきそうな距離まで近づいてきて、祐樹は初めてエカテの顔をまともに見た。
 明眸皓歯で尚且つ透き通るほど白い肌。祐樹はこの世のものとは思えないほどの(既に祐樹は死んでいるためこの表現が合っているかどうかは微妙なところだが)美貌に心を奪われてしまっていた。
「…そんなに私の顔に見惚れてしまったの?」
「…はぁっ!?」
 そのため、突然エカテから発せられたこの言葉に多少オーバーにリアクションをしても、祐樹には何の罪もないのだ。
「ばっ、馬鹿なことを言うな!見惚れるなんてことあるわけないだろ。」
 祐樹の答えに悪戯っぽい笑みを浮かべ、エカテは祐樹の頬に手を滑らせる。

「それじゃあ行ってらっしゃい。私を楽しませるために、ね。」

 その言葉を最後に、再び祐樹の意識はシャットダウンした。
しおりを挟む

処理中です...