器用貧乏、世界を救う。

にっぱち

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期末テスト編

12話 事件のかほり

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 翌日、メルトは学校を休んだ。幾ら実害がなく、ルネスがお咎めなしにしたとは言え学校側としてはそれで済ませるわけにはいかなかったのだろう。3日間の謹慎処分が下ったらしい。
 ちなみに、ボーダの機嫌はあれから少しはマシになっていた。今日メルトがいないというところもあるのだろう。ルネスと顔を合わせた時はいつも通りにこやかにわらっていた。
 昨日の一件は、クラス内どころか学園内でも全く噂になっていなかった。どうやら先生方がしたらしい。その為授業も何事もなく進行していった。
(ここまで誰も何も喋らないと、逆に不気味だな。)
 当事者であるルネスとしては噂になっていないのはありがたい限りではあるが、その静かさに不気味さを感じていた。
(何も起こらないといいんだが…。)



「ルネス、ちょっといいか?」
 放課後、ルネスは昨日行けなかったギルドに行こうとしていたところでアンリに呼び止められた。
「はい、何ですか?」
「ちょっと話があるから、来てくれ。」
 言われた通り、アンリの後に着いて行く。アンリが連れてきたのは昨日も来た風紀委員室だった。アンリに促されて部屋に入った後、ルネスは小声でアンリに耳打ちする。
「後ろからボーダが付いてきてるんですが、大丈夫ですか?」
「ああ、それなら問題ない。この部屋に防音魔法を掛けたから外部に音が漏れることはない。」
「そうですか。」
 2人は向かい合うように部屋の椅子に座る。
「呼び出した要件は昨日のことですか?」
 先に切り出したのはルネスだった。さっさとギルドに行きたいルネスとしてはアンリの話をサクッと終わらせたかったからだ。
「そうだ。知っていると思うが、昨日の一件でメルトは3日間の自宅謹慎処分になった。そこまではいい、お前も別に大きな処分は望まないと聞いていたからな。
 ただ、今日新たな問題が発生してな。」
「新たな問題?メルト絡みですか?」
 面倒臭いという感情を隠す気の無い顔と声でルネスはアンリに尋ねる。アンリはその態度を特に気にすることもなく、話を続ける。

「ああ。実はな、メルトの姿が消えたそうだ。」

「…は?それ本当ですか?」
 先程以上に面倒臭そうにルネスが聞く。アンリもルネスの態度にいい加減真剣に話すのが面倒になったのか、怠そうに答える。
「あぁ、今日の昼くらいにルネスの親がここに来てな、息子は来ていないかと聞いてきたそうだ。
 というか、お前もう少し危機感を持て。もしかしたらお前が狙われているかも知れないんだぞ。」
「そう言われても、来たら来たで対処すればいいだけの話ですし。」
「寝てる時に襲われたらどうするんだ。」
「そもそも俺寝ないんで。」
 ルネスの発言にアンルが頭を抱える。
「寝ないって、お前普段どんな生活しているんだ。そんなんだからいつまで経っても5歳児みたいなちんちくりんな背丈なんじゃないか?」
 ニヤニヤと笑みを浮かべながらアンリが言う。しかしルネスは全く意に介さない様子で話を続ける。
「それで、今日俺をここに呼んだのはその話をする為ですか?それならわざわざボーダに秘密にする必要も無いと思いますけど。」
「可愛げが無いなぁお前は。
 まあいい。察しの通り、お前をここに呼んだのはもう一つ理由がある。というか、今から話すことの方がメインだ。」
 若干つまらなそうに頬を膨らませるアンリだが、すぐに真剣な表情に切り替わる。
「ここ1ヶ月ほど前から、このディルピオンの街で何やら奇妙な噂が流れていてな。
『皆が寝静まった夜更けに、何処からともなく現れた数十人規模の集団が街中を徘徊している。その先頭を歩く男は、奇妙な笛の音を辺りに響かせている。』なんて言うものだ。
 正直、それがどうしたって話かも知れないが、この集団の中にうちの生徒が数名いるのを目撃した人がいるらしい。そしてその中に、」
「メルトもいたと。」
 話の途中でルネスがアンリの言葉の続きを話す。アンリは結論を先に言われたことをさして気にすることもなく話を続ける。
「そう、正解だ。そんな訳で、この噂の真意を調査しなければいけなくなってな。今回は、その調査依頼をお前に頼むことにした。」
「…は?」
 あまりにも唐突な話の展開についていけなかったルネスが口をぽかんと開けたまま固まる。
「なんだ?随分な間抜け面じゃないか。そんなに驚くことか?」
「いや驚くでしょ。何で教師じゃなくて只の生徒である俺に任せるんですか。先生方で対処した方が確実な情報が得られるんじゃないですか?」
「いやまあ、それもそうなんだがな…。」
 ルネスの質問にアンリがバツの悪そうな顔をする。
「今回の一件、学園側としては暫く静観することにしたらしい。」
「…何考えてるんですか?」
 非難の色が混じった声色でルネスがアンリに問いかける。アンリも同意見なようで、怒りを滲ませた声で答えた。
「学園側の意見…ここに私の意見が含まれていないことは了解してくれ。まあそれによると今回の一件、現状ではまだ不確定な要素が多すぎる。ここで下手に学園が動くと生徒にも大きな不安を与えかねないから、その為の対応だそうだ。」
「本当は?」
 アンリの話が建前でしかないのは聞いていて明らかだった。アンリもルネスには突っ込まれるだろうと思っていたのか、すぐに続きを話し出した。
「Dクラスの生徒はうちの学園の中じゃ原石にすらなれていない、要は石ころ同然だ。だから、居なくなろうと関係ないんだろうよ。」
 ギリギリと、奥歯を噛み締めてアンリが答える。幾ら普段はちゃらんぽらんな印象が強いアンリでも、一端の教師なのだ。自分の教え子が学園側に見捨てられそうになっていれば、憤りも感じる。
「それで、俺に依頼してきたと。
 でも、何で俺なんですか?それこそギルドに依頼を出せばもっといい人だっているんじゃないですか?」
「お前の方が何かと都合がいいからだよ。ギルドってのは荒っぽい奴が多くてな、依頼さえ達成されていれば過程はどうでもいいって考えの奴が多いんだよ。今回の依頼はそういう人間には頼みたくないんだ。」
 今回の依頼、メインに据えられるのは『夜中に街中を徘徊している謎の集団の調査』だ。そうなった時、他の人間からしてみたら魔法学園の生徒がいるかどうかなど分かる訳が無いし、万が一討伐依頼なんて出た時にはメルト達を見殺しにすることになってしまう。それをアンリは避けたかったのだ。
「まあ、理由は分かりましたけど、テスト近いんですよ?俺だってそんなに余裕ある訳じゃないんですけど。」
「今回は事情が事情だからな、少しくらい点数をオマケしといてやる。」
 既に退路を断たれたルネスは大きな溜息を一つ吐くとアンリに向き直って言った。
「分かりましたよ。その依頼、お受けします。」
「助かるよ、ルネス。依頼はギルドに行って私の名前を出せば受けられるようにしてある。ギルマス経由でお前に指名依頼を出しておいたからな。」
「先生、ギルマスと知り合いだったんですか?」
 割と本気で驚いたルネス。ギルドに入って3ヶ月程経っているが、未だに会ったことどころか見たこともない。ルネスの中では居るのかどうかすら怪しい存在だった。
「まあ昔ちょっとな。そんなことよりも、頼んだぞ。」
 真剣な目でルネスを見るアンリ。ルネスも多少なりとも恩があるアンリの願いを無下にする気は無かった。
「分かりました。ただ、過度な期待はしないでくださいね。俺にできることなんてたかが知れているんですから。」
 そう言い残して部屋を後にするルネス。
 残ったアンリは窓の外を眺めながら、1人ボソッと呟いた。

「さて、ルネス・シェイド。お前の本質、見せてもらおうか。」
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