夜景

〜神歌〜

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夜景

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その人は見ていた。
何かを思いながら見ていた……
懐かしい想い出を、その時の気持ちを思い出しながら見ていた、天井に映る蛍の様な光を眺めていた。



あれから何年経つのだろう……
遠く若い時の記憶……

ただただ美しく、鳥肌が立つ様に美しい夜景を見ていた。

若者は、父に連れられ自然の美しさを多く見てきた。
何千年何万年と言う時の流れに、育まれた自然の造形美を数多く見て来ていた……

その為であろうか……
人が社会が作り出した物は美しくも、作った物で意図的に作られた様に思えてしまい。

「キレイだね」
と言う程度で冷めた想いがしていた。


だが若者は初めて知ったのだ……
人が作り上げた物でも本当に美しい物があると初めて知り、鳥肌が立つ程に心奪われ、見入っていた。

それは夜景だった……
北海道のとある都市の夜景だった……
東京の夜景は美しく見えるが、ただ欲深い人を表す様に、ただただ広がっている……そんな風に見えて若者は好きになれなかった。


でも若者が見ている夜景は違った……
何故か自然を感じた。
この都市が街だった頃、まだこんな美しく夜景にはなっていなかった筈だ。
海岸線に挟まれた街がどう広がって今の美しい夜景を作ったのか、想像できなかった……

その昔、北海道は厳しい冬で開拓が困難だったはずで、多くの方々が自然と向き合い街を作った。


この夜景には人の生活がある、人々が苦労した上に生まれた夜景だ、自然が生きた夜景だ……
誰しもがこんな夜景になるとは思っていなかった筈だ、気付いたら出来ていた夜景なんだ……


若者はそう感じ涙を流していた……


何故この夜景を一人で見ている。
何故この夜景を愛する人と見れない……
彼は深くそう思っていた。
まだ学生であった彼はそれを夢に描いていた。

「大切な人と、この夜景を二人で見る。」

とてもシンプルな夢を彼は描いた。
明確で解りやすい、彼らしい夢だった。

そして時が経ち彼は他の夢も描いた。それは高校からの進路であったが、それは親の親権により踏み潰された……

彼は悔しかった、一晩二晩と泣いた。
それ以前から彼は、親とは上手く行っているとは言えない環境であった……



その人は、そう思い出しながら、タバコに火をつけ静かに吸い……
白い煙を吐きながら空を見上げた。
星が無い空を見上げ、若かった頃の絶望感を思い出していた。
あの時は親という存在に怒り、憎んだ覚えがある……

その人は、小さい時……本当に幼い時に、親の付き合いと言う物のせいで地元から遠く離れた幼稚園に通わされた……
何故か幼少期を思い出していた。



その幼稚園は車でしか通えない……
当然送り迎えだった。
仲良くなったみんなは、帰って年長組は友達と遊んだりしている頃。
幼い彼は一人で、迎えを毎日待っていた……

寂しさがあるかと言えば、その幼さでも保育士の先生が良く見てくれたおかげで、そうでは無かった。
ある日、違う人が迎えに来た。
違う人と言ってもお母さんじゃ無い、人で知っている人だった……

幼い彼は幼稚園を卒業した。
小学校でまた何時ものみんなと遊べると思っていた……
だが、そうでは無かった。

遠い幼稚園に通っていた為に、学区外の幼稚園に通って行った為に、周りは全て知らない人達ばかりだった……
幼い彼は同じ幼稚園の友達を探した。
誰一人居なかった……
寂しさを初めて覚え、幼い彼は小学校で友達をなかなか作れずに過ごした。



そして休み時間、花や虫に話しかけていたのをその人は思い出していた……
コーヒーを飲みながら、タバコにまた火をつける。
今でもその人は親と不仲である……

その小学校の時ショックは、今でも忘れられない……
だが親とは厄介な存在に思えて仕方ない、その時のせいか、その人はコミニケーションと言う物が苦手であり、社会に出て良く苦労している……

以前親と喧嘩した時にそれを言ったが、親とは自分の非を認めないものだ……
全て子どもの、その人のせいにする。
本当に厄介なものだ……
そうとしか、その人は思えなかった。

二本目のタバコを吸い終えた時、その人は鼻で笑った……



小学校三年生か四年生のころ、クラスメイトと土曜日にサッカーをする約束を初めてした……
小さい彼は親にそれを言った。
「そんなの断れ!」
誘われたのでは無い、彼から行くと約束したのだ……それを伝えると……

「家族と友達どっちが大切なんだ!サッカーなんかキャンセルしろ!出来ないなら家から出て行け!」

そう言われ小さい彼は、何も出来ずに親の登山に連れて行かれた……
小さい彼は覚えている、山頂で親が言った。
「どうだ、来てよかっただろ」
小さい彼は嫌でも合わせるしか無いことを知っていた……

翌日から小さい彼は、仲間外れにされるようになった……
「あいつは来ない、自分から言っても来ない」
と聞こえる場所でも言われていたのを……
親は全く知らない。



家につき、その人は何故過去の事を思い出したのか不思議には思わなかった……
その人は幼い時、小さい時……学生時代とは変わっていた。

今でも不仲は変わらない、だが見方は変わってる……
今では親の事を嫌いであり、それは変わらないが、憎んではいない。

今でも、親は子どもの夢を踏み潰し、家の付き合いで子どもを孤独にし、挙句の果てに登山という道楽に振り回し、子どもをいじめられっ子にしたのも気付いて無いだろう……

だが、それでいいとその人は思っていた……
その人は気付いたのだ。


夢は踏み潰されたのでは無いと言う事に……
あの人は、夢を追いかけていたのだと言う事に……

本当にやりたければ、どうにかしたければ……甘えるのではなく、自分から始めるだろう、解らなければ自分で調べればいい……
その人も昭和の産まれで、平成産まれでは無い……厳しい時代の育ちだ……
つまり進路で描いた夢は甘えていたのだ。
だから踏み潰された様に見えた。


あの人は自分の夢を追いかけた、好きな事をした。
ただ悪いのは、教育者でありながら子どもに押し付け平然と犠牲にしたのだ……
それだけのことだ。
あの時代は騒がれることのない話だ。



その人は様々なことを思い出した。
何故かは解っている……
近いうちに夜景を見に行くのだ……
シンプルに描いた、初めて描いた夢の夜景。

あれから何年経ったのだろう……
そう思い、様々なことを思い出していた。
思い出さなくてもいい……幼少期まで……
思い出していた。


その人は、またタバコに火をつけ深く吸い煙を吐く、今夜もまた寒い……初めてあの夜景を見た時の様に……
そして、涙を繰り返すことはない。
今度は大切な人と見に行くのだから……
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