社畜スキルでアイドルに?~死んだ社畜おじ、サバイバルオーディションを生き残る~

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32 大切な過去

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 チームWildfireは劇的な進化を遂げた。
 形を揃えるのではなく、グルーヴを揃える。
 その確かな手応えを感じたまま、最終調整を終えた日の夕方、俺たちはスタッフに呼び出された。一同、広いミーティングルームに集められる。

「今日は練習を早めに切り上げて、リラックスしましょう」

 MCの声と共に、部屋の照明が落とされた。前方のスクリーンが白く光っている。

「厳しい合宿を戦い抜いたみんなへ、特別なビデオレターの贈り物です」

 室内のどよめきと共に、画面が切り替わった。
 映し出されたのは、カラオケボックスのような場所で騒ぐ、チャラついた若者たちの集団だ。

『うぇーい! 新太ァ! 生きてっかー⁉』
『お前がテレビ出てんのウケる! でも、カッケーぞ!』
『翔太も優斗も流星も、地元のみんなで応援してるからな! 優勝してこいよ、新太!』

 ARATAの地元の悪友たちだろうか。なかなかの態度だが、その表情にはARATAへの愛があふれている。見ていたARATAが「ぶはっ」と吹き出し、それから袖で目元を乱暴に拭った。

「うるせーよ。名前出しすぎだろ。良いのかよ」

 その涙混じりの笑顔は、見ていて胸が温かくなるほど無防備で愛らしい。
 ビデオレター。それは、いままで支えてきてくれた人たちからの愛ある贈り物だった。
 チャラい集団の映っていた画面が、古風な日本家屋の縁側に切り替わる。そこに座っていたのは、着物を着た厳格そうなお婆さんだ。

『湊人。ご飯はちゃんと食べてますか? 短気は損気ですよ』

 湊人が「うげっ」と声を漏らし、帽子を目深にかぶる。

『昔から喧嘩っ早くて、心配ばかりでした。でも画面の中で踊るあなたは、誰よりも立派です。お婆ちゃんの自慢ですよ』
「……ばあちゃん、映んなよ……」

 湊人の耳が真っ赤だ。特攻隊長が、実はお婆ちゃん子。意外だ。
 隣でシオンが「フッ……猛獣使いは祖母だったか」と茶化し、イブキが「あら可愛い」と湊人の腕をつつく。湊人は「うるせえ!」と怒鳴りながらも、嬉しさを隠しきれていなかった。
 次はJOだ。
 映し出された背景は、寺の本堂。数人の修行僧と、住職らしき初老の男性が合掌している。

『JOよ。徳は積めていますか?』
「父上」
『そちらの世界は煌びやかでしょう。ですが、お前の選んだ道です。迷わず、極めてきなさい。……こちらのお勤めは我々に任せなさい』

 JOは静かに画面に向かって合掌した。

「ありがたいことです。俗世の未練が刺激されますねぇ」

 その目は少しだけ潤み、優しい光を宿していた。聖母のような包容力は、この父親譲りなのかもしれない。
 そして、桐生。画面に映ったのは、小さな男の子と女の子だった。

『お兄ちゃん! かっこいい!』
『テレビ見たよ! お兄ちゃん、すごかった! 絶対1位になってね!』

 幼い弟と妹だ。桐生の肩がビクリと震える。
 彼があれほどまでに正しさや完璧にこだわっていた理由が、俺にも分かった気がした。桐生は、弟や妹にとっての自慢の兄であり続けたかったのだ。失敗する姿も、無様な姿も見せたくなかったのだろう。

「……チッ」

 桐生は顔を伏せ、膝の間に埋めた。その背中が震えているのを、俺は見て見ぬふりをした。
 次々と流れるメッセージ。
 スタジオは涙と笑いに包まれていた。だが、俺の心臓は別の意味で早鐘を打っている。

(俺の番はどうなるんだ?)

 転生して西園寺ルキになってしまった俺は、ルキの過去を何も知らない。
 どんな人生を歩んできたのか、家族がいるのか、友人がいるのか。何もわからない。
 ここで知らない両親が出てきたらどうする?
 感動の対面で「誰ですか?」なんて顔をしたら、放送事故どころか俺の存在が破綻する。

(頼む、飛ばしてくれ。あるいは機材トラブルで映らないでくれ)

 俺の願いも虚しく、MCが告げた。

「最後は、ルキくんです」

 スクリーンが一度暗転する。俺は身構えた。冷や汗が背中を伝う。
 一体、誰が出てくる?
 どうリアクションすればいい?
 どうする、俺!
 そのとき、パッと画面が明るくなり、見慣れた風景が映し出された。
 練習室だ。

『よお、生きてるか?』

 心臓が止まるかと思った。そこにいたのは、知らない家族ではない。

「……ジン?」

 画面の中で、兄貴肌のジンがニカッと笑っていた。その横から、生意気な赤髪が割り込んでくる。

『テメェ、センターだってな。見てたぞ、中間評価。泥臭くて笑ったわ』

 KAGURAだ。口は悪いが、その目は笑っている。

『ま、今のテメェには似合ってるけどな。絶対勝てよ。俺が認めた男なんだからな』

 続いて、ソラが泣きはらした目で画面に張り付く。

『ルキくん! ルキくんのダンス、すっごく良かったです! 僕、テレビの前でずっと応援してますから!』

 後ろで、蓮司が眼鏡を押し上げている。

『貴方のダンス、数値的には論外ですが心拍数は上がりました。非論理的ですけど、悪くない』

 そして、ルイがウインクをする。

『僕たちの分まで輝いてね! Wildfire、楽しみにしてる!』

 脱落していった、Popcornの仲間たち。ジン、KAGURA、ソラ、蓮司、ルイ。俺がこの世界で絆を結び、そして守りきれなかった5人。

「……っ」

 安堵と、それを遥かに上回る熱い感情が、胸の奥から突き上げてきた。
 俺には過去がない。家族の記憶もない。
 だけど、このオーディションで培った今だけは本物だ。
 彼らは俺を「ルキ」として見てくれている。俺がもがいて、苦しんで、リーダーとして戦った日々を、肯定してくれている。

『俺たちの夢、お前に預けたからな』
『お前が俺たちの代表だ』

 ジンの言葉が、涙腺のダムを決壊させた。
 前世の俺が死んだ時、誰か泣いてくれただろうか。会社にとって俺は、代わりのきく部品でしかなかった。
 でも今は違う。俺の背中を押してくれる仲間がいる。

「当たり前だろ、馬鹿野郎」

 俺は涙で霞む画面に向かって、小さく呟いた。
 周りを見れば、JOもARATAも湊人も、かつての戦友たちの姿に涙を流している。会場中が、温かい拍手に包まれていた。

 *

 上映会が終わり、俺は一人、寮の屋上で夜風に当たっていた。
 熱くなった目元を冷やしながら、夜空を見上げる。

「泣き顔は見られたくねえってか?」

 背後から声がした。
 振り返ると、桐生、JO、ARATA、湊人、そしてシオンたち、Wildfireのメンバーが立っている。

「重てえもん背負わされたな、センター」

 桐生がニヤリと笑う。その目はもう腫れていない。

「ああ。でも、悪くない重さだ」

 俺は正直に答えた。
 重圧はある。だが、それは俺を押し潰すものではなく、地面を強く踏みしめるための重りだ。

「ルキ」

 ARATAが鼻をすすりながら、俺の肩を叩いた。

「俺ら、あいつらの分まで暴れなきゃな」
「当然だ。明日は俺たちのためだけじゃない。あいつらのためにも、全部燃やし尽くすぞ」

 俺が右手を差し出すと、JOが、湊人が、桐生が、次々と手を重ねてきた。

「おう!」

 10人の拳が重なる。
 不安はない。俺には帰る家はないけれど、進むべき場所と、共に歩く仲間がいる。
 翌朝。
 決戦の陽が昇った。
 鏡の前で、黒と赤を基調としたストリートスタイルの衣装に袖を通す。鏡に映る俺は、もうくたびれた社畜の田中じゃない。アイドル、西園寺ルキだ。

「行くぞ」

 俺は短く呟き、部屋を出た。
 いよいよ最後の幕が上がる。
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