十七歳の青い微熱

瀬楽英津子

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〜生け贄の仔羊と誘惑の罠

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 恭平きょうへいの太くて長い指が、生流いづるの乳輪のまわりの柔らかい部分を揶揄からかうように弄んでいた。

「毎日いじってたら男でも女みたいにおっきくなんのかね」

「なるわけないじゃんッ! ……んあッ……」

 いつものホテルのショートタイム。
 恭平と身体の関係を持ってから、なんだかんだで一カ月が経っていた。
 十二月も半ばに近付き、街はクリスマスムード一色に染まっている。ロマンチックな雰囲気とはほど遠い寂れたラブホテルも、恋人たちの甘い夜に一役買おうと、精一杯の演出でクリスマスムードを盛り上げていた。
 その中のアイテムの一つである、真っ赤なボトルに金のリボンが施されたサンタカラーのラブローションを恭平がヘッドボードから取り出し、わざと見せ付けるように高い位置から生流の胸に垂らす。
 たちまち立ち篭める甘ったるい匂いを塗り広げるように、恭平の手が、ローションでヌルヌルになった生流の胸を両手で下から上へ持ち上げるように撫でさすり、寄せ上げられて微かに膨らんだ乳輪を人差し指の先でぐにぐにと押し潰す。
 まるで女の胸でも弄ぶかのように、乳輪の外側から内側へくるくると円を描くように揉み、乳首が尖り始めると、今度は、人差し指と中指の間に乳首を挟み込み、硬さを確かめるようにギュゥっと搾り上げた。

「ひぁッ!」

 突然の刺激に、生流が反射的にシーツを引っ掴む。
 途端、生流を組み敷く恭平の目が光り、輪っかのピアスの嵌った唇が愉しそうに歪んだ。

「反応は抜群なんだよなぁ~」

 絡み付くような視線を向けながら、恭平が、指で挟んだ乳首に顔を近付け、舌の先を長く伸ばして表面をチロチロ舐め上げる。

「おっ、イチゴ味!」

「あぁんッ、ちょっ……やッ……」

 卑猥な舌の動きに生流の頭の奥がツンと痺れる。
 枕を積み上げて頭を起こされているせいで、恭平の、先の尖った長い舌が硬い粒になった乳首を舐め上げる様子が否が応でもに目に入る。
 しつこい焦らしプレイにもようやく慣れてきたと思ったら、今度は、愛撫されているところを無理矢理見せられ、恥ずかしい言葉で責められるようになった。
 恭平の欲望は止まることを知らない。
 受け止める側の生流からすれば、よくもまぁ次から次へとこうも変態的な欲望が沸いてくるものだと感心してしまうほどだが、恭平に、「付き合いたてのカップルなんて皆こんなもんだ」と言われれば、同性はもちろん、異性ともまともに付き合ったことのない生流は、「そういうものなのか」と納得するほかなかった。
 そもそも恭平とカップルになったつもりもなかったが、「エッチしてるんだからカップルだ」と言われれば、それすらも強くは否定できない。もともと頭の回転が鈍く世間知らずなことは十分自覚している。疑問に思ったところで、はっきりと否定できるほどの自信も無く、周りに、「そうだ」と言われれば、生流は最終的には信じてしまう。
 そのバカがつくほどの素直さが、恭平の庇護欲と嗜虐心を同時に掻き立てているとも知らず、生流は、乳首を執拗に舐め回す恭平の舌先を見下ろしながら、半泣き顔で訴えた。

「もう、やだったらぁ……」

 願いは聞き入れられる筈もなく、恭平の舌が、さんざん吸われてすっかり赤く腫れ上がった生流の乳首を、更に容赦なく責め立てる。

「こんなビンビンにおっ勃てといてどの口が言うよ」

「勃っ……てないッ……」

「勃ってるさ。こうして舐めるたびに俺の舌を押し返してきやがる」

「んあぁっっ」

 左右の乳首を交互に捏ね回し、右手を脇腹に滑らせて股間を握る。

「こっちも勃ってる」

 敏感な乳首への愛撫と、舐められているところを見せられている視覚的興奮で、生流のペニスはすでに限界まで腫れ上がり、先端から透明な粘液をダラダラと滴らせている。
 それを、恭平が竿の部分を握って揶揄うようにぷるぷる揺らす。
 しっかりと露出したピンク色の亀頭が震えながら粘液を飛び散らせるようすが目に入り、恥ずかしさに目を背けると、「こっちを見ないとずっとこうするぜ?」と、先っぽの穴をネチネチと指の腹で撫でられた。

「やだぁッ、離してぇッ!」

「なら、ちゃんと見な。……ほら、これ……先っぽ、ヒクヒク言ってる……」

 恭平の指先が敏感な穴を指先でつつく。
 悪巧みをするような笑い顔に生流が肩を竦めると、先っぽから滲み出た粘液を指先に絡め取り、その指先を、生流に見せ付けるようにパクリと口に含んだ。

「なにしてんのォッ!」

「ふひひ。イチゴ味なのに塩っぱいのはなんでかね……」

「見たらやめるって言ったのにィィッ!」

 言う通りにしたところで、恭平が約束を守る筈がないことは、これまでのセックスで嫌というほど思い知らされている。
 にも関わらず、子供のように愚図って抗うのは、生流が恭平の本当の目的を理解していない証拠とも言えた。
 泣いて抗うのは逆効果。
 痴態を見せることよりも、自分の痴態を見た生流が、羞恥に顔を紅潮させながら悶え泣く姿に恭平は興奮する。
 口をへの字に結んで瞳をわなわなと震わせる生流の泣きべそ顔は、むしろ恭平を喜ばせるだけだった。

「ダラダラこぼしちゃって……。生流の先っぽのお口はだらしないなぁ……」

 欲望を裏付けるように、恭平が、目尻の切れ込んだ横長の目を愛おしそうに細め、生流の粘液の滴る先端に唇を押し当てる。
 先っぽの穴に二、三度小さくキスをして粘液を吸い、おもむろに舌を伸ばして先端から竿へと舐め下がり、睾丸を口を大きく開けて唇で柔らかく食む。

「んあぁッ、んふぅ……」

 睾丸の膨らみから付け根、会陰へと、生流の反応を愉しむように恭平の唇や舌先が進んで行く。
 膝を立てられ、股を大きく開かされ、股の間に嵌まり込んだ恭平が、低く身を屈めながらお尻を持ち上げ会陰を舐め下がる。
 こそばゆい快感に、生流の両膝を立てた足がピンと硬直する。

「こっちのお口はどうかなぁ?」

 舌の先が後孔の皺に触れた瞬間、背中がビクンと跳ね上がり、堪えていた喘ぎ声が頭のてっぺんを突き抜けた。

「あはぁぁッ! やあぁぁッ!」

 絶叫に近い悲鳴を上げながら、生流は仰向けにひっくり返ったカエルのように、宙に浮いた足をジタバタと動かした。

「やあッ! それダメッ! すぐにイッちゃうからぁッ!」

「まだ何もしてねぇうちから大袈裟だろ……」

 抵抗も虚しく、恭平が、生流の白いお尻を左右に広げ、その間に顔を埋めていく。
 鼻先で会陰を撫で回し、指先で割れ目を両側から開くと、そのまま後孔を限界まで広げ、細く尖らせた舌をグニグニと捩じ込んだ。

「あああ……っ、んはあぁぁッ、ぅあぁぁッ……」

 恭平のねっとりとした舌が、後孔の浅い部分を何度も出入りする。

「やだやだ……これ、やだぁ……やだったらぁッ……」

 窄まりのシワをほぐしながら入り込み、入り口の縁を引っ掻くように弾きながら戻る。
 入り口のシワがヒクついているのが自分でも解る。
 浅い部分を刺激されているだけなのに、お尻の奥までビリビリと快感が走り、空中を彷徨っていた足が硬直して止まる。
 痺れるような快感に堪える生流に追い討ちをかけるように、恭平が、イチゴ味のローションを会陰から後孔にかけての丸みを帯びた膨らみに、ツー、と垂らす。

「あ……ッ……」

 じらすように会陰を伝う冷たい感触に生流の背筋がゾクゾク震える。ブルッと身体を震わせたのも束の間、後孔に指先を埋め込まれ、生流は、「ひあッ!」と悲鳴を上げた。

「入り口ほぐしたから痛くねぇだろ?」

「そ……ゆ……じゃなくてッ……あはッ……」

 後孔の中に両側から指の先を入れ、それを真横に引き伸ばしたり縦に伸ばしたりして更に広げる。
 入り口を広げられたことで、肉壁が蠢く感触がよりハッキリと自覚できる。
 それを恭平に間近で見られているのかと思うと、生流は自然と涙声になり、ますます恭平を喜ばせた。

「ちょこっと舐められただけでイキそうとか、マジ、敏感。気持ち良いとこ一杯いじってやっから、もうちょっと我慢しろよ~」

「あひぃッ! ひぃぃ……いッ……」

 両側から二本の指が同時に侵入し、肉壁の奥を掻き回しながら更に奥へと進んでいく。
 交互に抜き差ししたり、回したり、やがて肉壁がじゅうぶん解れると、“満を持した”とばかり生流の弱い部分をグイッと押し上げた。

「あひんッ!」

 これまでとは格段に違う快感に、生流のペニスが再び限界まで勃ち上がる。

「ほら、ここ。生流の大好きなとこ……」

「やんッ……やあぁぁッ、あっあぁ……もっ、だめ……許してッ……」

 奥のイイところをグリグリと刺激されるたび、生流の会陰が波打ち、張ちきれそうになったペニスが透明な粘液をどっと溢れさせる。
 やめてと叫ぶ心とはうらはらに、身体は恭平の指に素直に反応し、指が引き抜かれる頃には、やがて押し込まれる男根の感触を待ち詫びるように、肉壁をゾワゾワと蠢かせた。
 
「こんなもんかな……」

 一方恭平は、ローションまみれの後孔から指を引き抜くと、白い肌をピンク色に染めながら悶える生流を熱っぽい視線で眺め、輪っかのピアスの嵌った唇の端をニヤリと上げた。

「正常位がいいか、抱っこしてがいいかどっちが良い?」

「どっち……でもいい……よォ……」

 喘ぎ喘ぎ答える生流を、恭平の悪戯そうな目が見下ろす。

「だったらこっちな」

 言うが早いか、恭平がお尻をグイと持ち上げ、ヒクつく後孔に男根の先端を押し付ける。
「待って!」と声を掛ける間もなく、恭平のカリ高のいきり勃った男根が正常位でズブズブと後孔にめり込み、生流は喉を仰け反らせた。

「あっ……くッ……」

 充分にほぐれているとはいえ、指よりも何倍も太い男根を簡単に受け入れられるほど生流の後孔はセックスに慣れていない。反射的に肉壁が男根を押し返し、無意識に両手が助けを求めて恭平の腕を掴んだ。

「ーーー相変わらずキッちぃな……。もちょと力抜け……」

「あぁ、いやぁぁ」

 張り出したカリ首が入り口を抜け、奥を割り開く。
 圧倒的な質量を誇る恭平の男根が、肉ヒダを擦り上げながら後孔を往復する。カリ首のくびれが生流のイイところを引っ掻くように擦り上げ、肉壁を抉りながら引き戻る。

「目ぇ開けて、こっち見ろ……」

「あはぁッ……やめ……ぁッ……」

 内臓をズルリと引き抜かれるような感覚。排泄感が身悶えるような快感を揺り起こし絶頂感を高めていく。
 唇を噛み締めて耐えたところで、恭平にお腹の奥を上下に揺さぶられれば、生流の我慢はすぐに限界を超えて肉ヒダを痙攣させる。
 
「またイッたのか? イクのとまんねぇな」

「はぅッ……だめ……」
 
 目蓋を閉じてイヤイヤをすると、恭平が、「こっちを見ろ」と両頬を手のひらで包んで目を開かせた。

「やっぱ、こっちのほうが顔がよく見えていい……」

「あひぃぃッ、あ、やぁッ……」

 再び、腰を引き戻されて奥を突かれる。
 ドスン、という重い衝撃。
 息が詰まるほど奥まで突き入れられ、前後左右に激しく揺さぶられる。
 ぼんやりとした視界の先で、恭平の潤んだ瞳が生流を見下ろし、口角の上がった唇が柔らかく微笑んだ。

「お前さぁ、やっぱ俺にしとけよ。身体の相性もこんなにイイんだしさぁ」

 な? と、身体を突き上げる激しさとはうらはらな優しい声が、吐息とともに生流の耳元で甘く囁く。
 包み込むような柔らかい声を耳元に絡ませながら、生流は、自分の奥深くを貫く恭平の熱さに身体を震わせた。
 


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 ホテルの後は、いつものように慌ただしく部屋へ戻る。
 光哉を訪ねて一ヶ月が経ったところで生流の生活は何も変わらない。
 光哉が“ネタ”を持ち帰った日はひたすらパケを作り、それ以外は、部屋の掃除や買い物、料理などの家事手伝いをして次のネタが届くのを待つ。
 光哉の昼夜逆転生活も変わらず。
 恭平も相変わらず光哉の部屋に入り浸り、注文を取る傍ら、空いた時間に生流をホテルに誘う。
 変わったことと言えば、街がクリスマスのイルミネーションで賑わうようになったことと、生流の上着がトレーナーからダウンジャケットに変わったこと。
 十一月も半ばに差し掛かった頃、ホテル帰りに、恭平が突然衣料店に立ち寄り、生流にあれこれ試着させたあと、それをそっくりそのまま購入した。
 紺色のダウンジャケット、タートルネックのセーター、カーディガン、厚手のトレーナー。ジーンズの替えにマフラー、スニーカーまであった。
 いつもオヤツや雑誌などこまごまとしたものを恭平に買ってもらっていた生流であったが、一度にこんなに大量に買ってもらうのは初めてで、その購入金額のデカさにはさすがに戸惑った。
 とは言え、冬物の服を買ってもらえたことは素直に嬉しかった。
 少年院からそのまま保護施設に入った生流は、少年院に送られた時に着ていた服以外、まともな着替えを持っていない。パケ作りの報酬として光哉から二万円受け取っていたが、食事と日用品で殆ど消えてしまい、服に回せる余裕は無かった。
 光哉が気を使って自分の服を貸してくれたが、体格の違いすぎる光哉とではそもそもサイズに無理があり、ぶかぶかのズボンをベルトでウエストを絞って履く姿は、小学校の頃、身体に合わない見ず知らずの他人のお古ばかり着させられ、クラスメイトから揶揄われていた自分の姿を思い出して惨めな気持ちになった。
 それに比べて、恭平に買ってもらった服は、上も下も自分の身体にぴったり合っていて、生流を得意げな気分にさせた。
 値段も、普段、生流が着ている量販店のものとは違う。生流にとっては高級品だ。
 もうあの頃の自分とは違う。
 今の生流は、流行りの服をカッコ良く着こなし、お洒落なスニーカーを履いたセンスの良い十代の若者だ。
 もう誰からも笑われない。バカにされて虐められることもない。

 ーーーあとはこの伸びかけのこの坊主頭さえなんとかなればなぁ。

 クリスマス仕様にデコレーションされたショーウィンドウに映る自分に向かって呟き、中途半端に伸びた髪を指先で摘んでチョンチョン引っ張る。
 保護施設を飛び出す原因になった明るすぎる茶色い髪は、伸びてきた時にみっともないという恭平のアドバイスで暗めの髪色に変えた。
「その方が清純そうで良い」と恭平は言ったが、前髪の短いモサモサ頭は、コンプレックスの童顔が強調されるような気がして好きにはなれなかった。

「やっぱ、明るいほうがいいよなぁ」

 髪に気を取られていると、「もたもたすんな」と呼ばれ、生流は急ぎ足で恭平に追いついた。

「どんだけ見たって変わんねぇよ……」

 恭平の、人を小馬鹿にした物言いにももう慣れた。見た目ほど悪い人間でないこともだんだん解ってきた。
 一緒にいる時間が長いせいか、前ほど恭平を警戒しなくなっている。
 全てが驚くほど順調に過ぎていた。
 怖いくらい穏やかな日々。
 朝、昼、晩と好きな物を食べ、温かい布団で眠る。理由わけもなく殴られたり、夜寝ている時、いきなり首を絞められたりもしない。
 保護施設を飛び出した時は、この先どうなってしまうのだろうと不安に思ったが、あの時光哉に連絡をして本当に良かったと生流はしみじみ思う。
 恭平と身体の関係になったことは想定外だったが、それも、男が好きだという自分の性癖を理解してからは、さほど苦とも思わなくなっていた。
 これが光哉なら、と思う気持ちは変わらず胸の底にあったが、『あいつはノンケだ』という恭平の言葉通り、光哉は、同じ布団でくっ付いて寝ていても生流に性的な興味は一切示さない。恭平ならば、しつこいぐらいに身体を擦り寄せて股間を押し付けてくるものを、生流がふざけて顔を近づけても、動揺するどころか、軽く笑ってあしらうだけ。
 これが、“ノンケ”と“ゲイ”の決定的な違いであり、恭平が、『光哉はやめとけ』と言う理由だ。
 恭平との反応の違いを見ても、生流の光哉への想いが脈なしであることは確かめるまでもない。もっともこれが普通の男の当たり前の反応であり、そんな相手に迫ったところで、冗談として受け流されるか、気味悪がられて避けられるのがオチだということも解っている。
 それでも、どんな形でも側にいたいと思うのは、甘い初恋への未練と、一番近くで光哉と繋がっていたいという独占欲からだった。
 なぜなら光哉は生流の唯一の心の拠り所だから。
 
 恭平に追いつき、隣に並んだところで、
 
「たらたらしてっと時間無くなるぞ!」

 お尻をバチンと叩かれ、前につんのめった。

「っぶねー。いきなり叩かないでよぉ」

 60分にするはずが、いつもの癖で90分の休憩にしてしまった自分のミスを棚に上げて急かす恭平に呆れながら、生流は、肩をイカらせて歩く恭平の後に続いた。
 向かった先はバイクショップ。
 一人では物怖じして入れない店も、恭平と一緒なら安心して入れる。
 クリスマスが近いこともあり、普段お世話になっているお礼に、光哉に冬用のバイクのグローブをプレゼントしたいと相談すると、恭平が、「良い店がある」と、行きつけのバイクショップへ案内した。
 三千円ぐらいの予算で考えていたが、暖かく長持ちするものをと思い直し、店員の勧める五千円代の黒いグローブを買った。

「ずいぶん太っ腹だな」

 お会計を済ませ、プレゼント用の包装が出来上がるのを待っていると、店員とのやり取りを聞いていた恭平が嫌味ったらしく呟いた。

「俺には奢らせてばっかのくせに、光哉には大盤振る舞いしちゃうんだもんなー。なにこの差」

 奢ってくれなんて頼んだ覚えはない。
 思っていると、生流が答えるよりも先に、恭平が、「別にいいけどぉ~」と、ボヤきながら一人で出口へ向かって歩き出した。
 怒らせてしまったのだろうかと慌てたが、店の入り口をくぐりながらタバコと携帯灰皿をジーンズのポケットから取り出す恭平の姿が目に入り、タバコが吸いたかったのか、とホッと胸を撫で下ろした。

 ーーー良かった。

 なんだかんだ言っても恭平のことは嫌いではない。
 嫌いではない相手に嫌われたくないと思うのは、人として当たり前の心情だ。

 携帯灰皿を片手に肩身が狭そうにタバコを燻らせる恭平を眺めながら、出来上がったプレゼント包装の確認もそこそこに、生流は恭平の元へ駆け寄った。
 生流に気付くと、恭平は、「おうっ」と顎をしゃくり、吸い掛けのタバコを灰皿に押し付けてパチンと蓋をした。

「お待たせ」

「そんな、待ってねぇよ」

 漂う煙をくぐって隣に並び、焦げ臭い残り香に収まりながら一緒に歩く。

「お前は欲しいもんないのか?」

「え?」

「だから、クリスマスだよ」

「えっ……と……」

 嫌味を言われたさっきの今で聞かれ、生流は返答に困った。
 悩んでいると、恭平が、生流の様子を察して、「遠慮すんな」と脇腹を肘で小突く。

「どうせいつも奢ってんだ。奢りついでに、欲しいもん買ってやる。あ、でもあんま高いのはダメだ。一万円以内な」

「いきなり言われても……」

 生流はますます返答に困った。
「欲しいもの」ならある。
 しかし、そう言われて生流の頭に浮かぶのはどれもこれもお金では買えないものばかりだった。
 お金で買えるものは、生流に取って、社会の中で生きていくために必要なものであり、心が求めているものではない。
 本当に欲しいものは、いつも生流の手の届かない場所にあった。
 それでも、こういう時の恭平は生流が何かを選ぶまで絶対に諦めない。世話焼きの、あげたがり。恭平の意外な性分だ。
 迷った挙げ句、生流は、「じゃあ、アレ」と、商店街のワゴンに山積みされているサンタブーツを指差した。
 恭平が、「はあぁ? マジでぇ?」と大袈裟な声を上げてケラケラ笑う。

「ブーツとかガキみてぇ! てか、なんこれ。三千円もすんの? マジ?」

 冷やかしながらも、恭平は、「光哉にも買ってやろう」と、結局、大きな赤いサンタブーツを二本買った。
 大の男がブーツをぶら下げて歩く姿は嫌でも人目を引く。ましてやそれが黒ずくめの金髪、顔面ピアスの大男とくれば、見るなと言うほうが無理だった。
 恭平といることで多少慣れてきたとはいうものの、もともと目立つことが苦手な生流は、人目につかないよう恭平の後ろに隠れながら歩いた。
 一方、恭平は、周りの視線などどこ吹く風で大股で歩いて行く。
 その足が突然立ち止まり、ふいを食らった生流は、避けきれずに恭平の背中に顔をぶつけた。

「痛ッたぁッ!」

 咄嗟に顔を上げると、視線の先に小さな人だかりが出来、その奥に黒い大きな車が見えた。

 ーーーあれは……。

 背伸びをして様子を伺う。
 間違いない。スティンガーの移動用ワンボックスカーだ。
 呆然と見ていると、車を遠巻きに見ていた人だかりが波紋を描くようにサッと後退り、トレードマークの二匹のサソリの刺繍の入ったジャンパーを着たメンバーが、奥の路地からぞろぞろと車に戻ってきた。
 その中の一人、長めのトップにサイドを短く刈り込んだツーブロックスタイルの横顔に、生流の瞳は釘付けになった。

新庄武志しんじょうたけし……」

 関東きっての武闘派集団スティンガーの現総代。
 豪傑揃いのスティンガーにしては異質な細身な落ち着いた雰囲気の持ち主ながら、鍛え抜かれた喧嘩センスと持ち前の慧眼で幾多の抗争を治め、関東各地で名を轟かせる荒くれどもを一手に纏め上げる。
 保護施設を飛び出して光哉を訪ねた夜。待ち合わせ場所で偶然見かけて瞳奪われた新庄の姿を再び目の当たりにして、生流は、その時と同じように瞳を奪われていた。
 光哉と二人でよく真似をした。光哉と生流の憧れの存在。光哉と生流を結びつけたスーパーヒーロー。
 その新庄が、生流の目の前をゆっくりと通り過ぎ、ふと、何かを思い出したように振り返った。

「え?」と、生流の口から頓狂な声が漏れた。

 新庄の、憂いを含んだ中にも鋭い光を放つ眼が生流を見詰めている。
 それは、ほんの一瞬、すれ違いざまの出来事にすぎなかったが、生流にはもっとずっと長い時間に感じられた。

「今の見た? 新庄が俺のこと見てたッ!」

 興奮冷めやらず、隣に並ぶ恭平の肩を叩いた。

茅野かやのさんも見たでしょ? ねぇ、新庄、俺のこと見てたよねぇ?」

 声高にはしゃぐ生流とはうらはらに、恭平は、走り去るワンボックスカーを横目に、「ああ」と気のない返事をした。

「なにその連れない返事。あの新庄武志が俺を見てくれたんだよ? この前に会ったの、覚えててくれたんだッ! 凄くない? あの新庄武志が、だよ?」

「ただの偶然だろ?」

 生流の感動に水を差すように言うと、恭平は、

「そんなことより、早く帰らねぇと光哉が心配する」

 黒のワンボックスカーをいつまでも見送る生流の背中をサンタブーツで小突き、「行くぞ」と顎で指図した。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


 玄関に入るとすぐに、入れ違いで出掛けようとしていた光哉と出くわし、生流は咄嗟に声を掛けた。

「もう行くの?」

 もともと客の都合に合わせて変則的に動く光哉であったが、最近はとくに出掛ける時間も早く帰る時間も遅い。
 昼夜逆転が酷くなっている。
 それだけ報酬も良く、実際、他の同年代がバイトに明け暮れてやっとの思いで稼ぐ何十倍もの金を、光哉は短期間で稼ぎ出す。
 他の仕事なんてバカらしくてやってられない、睡眠時間が減ったところで、得られる報酬を考えればむしろ安いモノだと光哉は言う。
 身体を壊しては元も子もないと生流は思うのだが、当の本人である光哉に、「心配いらない」と言われれば、それ以上何も言えなかった。

「予定が早まったんだ。悪いけど晩めしは適当に食っといて……」

「ああ、うん……。でも光哉は?」

「俺は適当に食ったから」

「あ……」

 ろくに目も合わさないまま部屋を出て行く光哉の後ろ姿に、生流は、置き去りにされたような寂しさを覚えた。

 ーーー俺といるより仕事が大事なんだ。

 当たり前のことが胸に刺さる。
 生きていくためにはお金は必要だ。しかし生流の目に映る光哉は、お金を稼ぐために生きているかのようだった。
 生きていくためにお金を稼ぐ、のではなく、お金を稼ぐために生きている。
 目的と行動があべこべ。
 同年代の誰よりもお金を持っている筈の光哉が同年代の誰よりもお金を欲しがっている。その矛盾に、果たして光哉本人は気付いているのだろうか。
 とは言え、光哉にお世話になっている分際で意見など出来るはずもなく、生流は何も言わず光哉を見送った。
 考えても無駄なことを考えたところで時間の無駄。
「やめやめ!」と気持ちを取り直し、冷え切ったダウンジャケットを脱いでハンガーに掛け、コンビニで恭平に買ってもらったサンドイッチと肉まんを飯台に置いた。
 袋の中には、光哉の弁当や菓子パンやスナック菓子も入っている。
 恭平は、サンタブーツが光哉に見つかっては楽しみが減るからと、生流をビルの入り口まで送った後、自分の家へと帰って行った。
 夕飯時までまだ時間があったが、折角だから温かいうちに肉まんを食べてしまおうと、お湯を沸かしてお茶を入れた。
 食べ終わった後、そのままゴロンと横になってテレビを見ていたらいつの間にか寝てしまい、ふと玄関のチャイムで起こされた。

 ーーー茅野さん……かな。

 何気に時計を見ると、もう九時を回っている。ほんの少し横になったつもりが三時間近く寝てしまった。
 寝ぼけまなこを擦りながら、生流は、「はいはい」と玄関ドアを開けた。

「こんばんは。いづる君……だったか」

 革のジャンパーに白いハンチング帽。
 恭平だとばかり思っていた生流は、目の前に現れた男にギクリと肩をびくつかせた。

「田之倉……さん……?」

 田之倉は、笑うと糸のように細くなる目蓋の下がった目を、いつもより細めて笑った。

「悪いが、ちょいと中に入れてもらえるか?」

「あの……光哉なら仕事でいませんが……」

「知ってるよ。今日はお前さんに会いに来たんだ」

 言うなり、扉に手を掛け、「おい!」と後ろを振り返る。
 直後、ガラの悪そうな男が二人、後ろから現れ、あれよという間に部屋の中に押し入った。

「あの、これは一体……」

 狼狽える生流を横目に、田之倉は、両サイドに男たちを立たせ、自分だけ居間にどっかりと腰を据えると、玄関先で立ち尽くす生流を見ながらにこやかに手招きした。
 
「そんなとこに突っ立ってないでこっちへおいで」

 呼ばれるまま近付くと、「まぁ、座れ」と飯台の向かい側に座らされる。
 その後、田之倉の指図で後ろの男が内ポケットから小さな袋を取り出し、田之倉に手渡した。
 それを、生流の目の前にぶら下げる。
 見慣れた袋、生流たちが作っている“パケ”だ。
 しかし、中身の様子が違う。
 目の前にあるそれは、いつも生流が耳掻きですくっているものよりもずっと白くて細かい。見た目の質感も滑らかで、小麦粉かベビーパウダーのようだった。
 不審に思いながら見ていると、田之倉は、パケを持ったまま生流の方にグイと身を乗り出した。

「これが何だかわかるか?」

 生流はぶんぶんと首を横に振った。

「そうだろうよ。子供がお目にかかれるような代物じゃねぇからなぁ」

 田之倉は言うと、手に持ったパケを再び隣の男に渡し、なにやら目配せした。
 男が、「へいッ」と答えて受け取ったパケを飯台の上に置き、両端をナイフで切って袋を開く。
 白い粉が露わになると、それをナイフの腹で平らに慣らし、綺麗に三等分にした。

「こいつをお前さんに吸ってもらいたいんだ」

「え……?」

「今度、光哉に売らせようと思ってな。だけど、どんなもんか解らねぇと不安だろ? 光哉だって、解らなきゃ勧めようもないしなぁ。君は光哉に世話になってんだろ? だったら少しぐらい役に立たなきゃなぁ」

 粘着くような口調で言いながら、「ほら」と、短く切ったストローを差し出す。
 どうしていいか解らず固まっていると、有無を言わさずストローを持たされ、早くしろ、と急かされた。

「口じゃなくて、鼻から吸うんだ」

 鼻に水が入るだけでも痛いのに、こんなモノを入れて痛くないわけがない。
 思ったが、抵抗できるような雰囲気ではなく、生流は、仕方なく顔を近付けた。

「先っぽをしっかり中に入れて一気に吸え」

 男のジェスチャー通り、恐る恐るストローの先を鼻の中に入れ、もう片方の小鼻を押さえて一気に吸い込む。
 途端に、ズキンッと刺すような痛みと苦味が同時に鼻の奥に広がった。

「どうだ?」

「は、鼻が……痛……」

 言い掛けたところで、身体がカァッと熱くなり目の前がグラリと揺れる。それも束の間、なんとも言えない震えがゾワゾワと身体中を這い回り、心臓が激しく鼓動し始めた。

「もう来たか……」

 嫌な感じは全くしない。
 むしろ、頭の中のモヤモヤが一気に吹き飛ぶ感じ。
 不安や寂しさ、辛さ、身体にびっしりとこびり付いた嫌な記憶までもが、パンッ、と弾け飛び、身体がフワフワと軽く温かい。
 身体の中から力がみなぎる感じ。わけもなく楽しく、興奮する。

 ーーー幸せな気持ち、とはこういうことを言うのだろうか。

 嬉しくて、楽しくて、幸せ。
 心と身体が、とろけるように気持ち良い。

「どうした? どんな気分だ?」

「あ……ああッ……」

「ちゃんと言わなきゃ解らなねぇだろ?」

「きもち……い……」 

「そうか、そうか」

 田之倉のはしゃぐ声が頭の上をぐるぐる回る。
 床の上に座っていたはずなのに、上質なベッドに横たわっているような錯覚に引き込まれる。
 身体中が熱く、内側の芯が甘く疼く。
 自分が男たちに囲まれていることも、胸元に纏わり付くこそばゆい感覚が、田之倉の手によるものだということにも気付いていながら、生流は、込み上げる疼きに抗えず、その手を振り解くことが出来なかった。

「熱そうだから全部脱いじまおうなぁ」

「あ……んぅんッ……」

「ずいぶんと可愛い反応だなぁ。最初に見た時から思ってたが、ホント、色々したくなるガキだよ、お前さんは……」

「あひッ……」

 下着を下ろされる気配に気付いて起きあがろうとすると、両サイドの男に両腕を取られて肩を押さえ付けられ、股の間に身を屈めた田之倉に、ズボンと下着を一緒に膝まで下ろされた。

「あッ……だめぇッ……」

 下着を足首から抜き取られ、両足を左右に大きく開かれる。
 外気にさらされたペニスがビクンと跳ね上がり、ペニスの反応に連動するように後孔がヒクヒク喘ぎ始めた。

「こりゃまた初々しいチンコだ。俺にもこんな時期があったなぁ」

 恥ずかしいと思ったのもほんの一種で、田之倉がペニスを手のひらでこんもりと包んで揉み始めると、見られる恥ずかしさも、コンプレックスも、全てがどうでもよくなった。
 生流の内面を見透かすように、田之倉は、手のひらに包み込んだペニスを揉み込むように撫で回し、ペニスが硬さを持ち始めると、手のひらから離して指先で挟んで持ち上げた。

「あっという間に大きくなった。触られるの、そんなに気持ち良いか?」

「いい……きっ、きもち……いい……ぁはぁッ……」

「そうか。今からもっと気持ち良くしてやるからなぁ……」

 田之倉の指が、半分しか先っぽの見えていないペニスの包皮を挟んで上下に動かし、先っぽが露わになるよう、少しづつ根元まで剥いていく。
 やがて、つるんとしたピンク色の亀頭が完全に顔を出すと、その先端を舌の先でくるくると舐め回し、そのまま上からかぶり付くように口に含んだ。

「ひあッ! ひッ……いィッ……」

 ねっとりとした粘膜と熱い舌の感覚に、生流は甘い嬌声を上げながら身を捩らせた。



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆



 電話口から漏れる声が、人気ひとけの無い薄暗い廊下に冷たく響いていた。
 声の抑揚から、楽しい話しでないことは察しがつく。
 受け応えする声も、言葉選びや語尾の端々に緊張と焦りの色が滲んでいた。

「それが、なかなか尻尾を出さないんすよ……解ってます……。はい。すみません……」
 
 謝罪の言葉を繰り返しながら、男が部屋へと続くアパートの鉄階段を項垂れながら上がっていく。
 ガツン、ガツンと、男の、重厚なコンバットブーツが階段を一段上がるたび、男の肩幅の広い背中が上下に揺れ、肩から下げた荷物がふわふわと宙に弾む。
 何度目かの謝罪の後、ふいに、男の動きが止まり、階段に響く音がピタリと止んだ。

「え? あいつですか?」

 動揺の表れた、震えた声。

「あいつはただのバイトです。なんも知りません」

 本当か? と、電話口から漏れる声が男の声に重なる。
 低く、くぐもった声に、男の喉が焦りを飲み込むようにゴクリと波立つ。
 少しの沈黙の後、項垂れていた男の顔がスッと上がり、瞳が何かを決意したように力強く輝いた。

「その必要はありません。はい。解ってます。新庄さん……」
 
 再びの沈黙の後、背中の荷物がふわりと揺れ、男のコンバットブーツが鉄階段をガツンとガツンと登り始めた。
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