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武器捨てて楽しめ―—物語を忘れた外国語
しおりを挟む置きっぱなしになっている荷物を中国から送ってもらわないといけない。わたしは7月まで中国の大学院にいたのだが、晴れて卒業した。2年の予定がたった半年になり、卒業式までも出られなかった留学。卒業式はオンライン中継で見ていた。しかしそんな感傷に浸る暇もなく、荷物を整理しなくてはならなくなった。
中国の寮にいる外国人しか送る手伝いはできないルールらしいのだが、あいにく知り合いの女の子たちはとっくに自分の国へ帰っている。わたしの知り合いと言えば、アーミルしかいない。アーミルはモロッコ人の20代前半の男の子である。モロッコはアフリカの北西部に位置するアラブの国である。アーミルとはよく共同のキッチンで会っていた。わたしたちの寮は留学生であれば男女問わず同じ棟に入れられていた。わたしは健康のため、たまに味噌汁などを自炊していた。アーミルはイスラム教徒のため、豚肉が食べられない。そこで、大多数のイスラム教の留学生は自炊することが多かったのだ。
アーミルは英語とフランス語がしゃべれるが、中国語はあまりしゃべれない。それにそこまで親しかった訳ではない。あと自分の荷物にはもちろん下着もあるし(しかも置いてきた下着なのでぼろぼろ)。頼んでも断られるだろうな、と思いつつアーミルに頼んだら快諾してくれた。
わたしはへたくそな英語を聞きながら、アーミルは荷造りをやってくれた。その上、慣れない中国語で配達員とコミュニケーションをしながら送ってくれたので、大変だったと思う。びよびよになった下着ははねのけ(本当にアーミルまじでごめん)、お気に入りだった服、参考書などが中国から届いた。それがまたきれいにたたまれて送られてきて感動した。お礼にお金を電子マネーで送ろうとしたが、アーミルは友達だからいいよ、と受け取ってくれなかったので、かわりにスターバックスの電子チケットをプレゼントした。本当に尊い人である。
さて、大多数は参考書だったが、その中の一冊にエッセイが入っていた。黒田龍之助著『物語を忘れた外国語』である。
昨今の外国語教育は資格三昧だ。本質的な面白さより「武器」としての外国語。
―—でもわたし、武器なんていらないな。戦争するわけでもないのに
(温又柔著『来福の家』より)
わたしは外国語学習のいいところって、何をしていても外国語に触れているのなら勉強になるところだと思う。マンガ読むにしろ、映画見るにしろ、おしゃべりするにしろ、ゲームするにしろ、スポーツやるにしろ、触れあっているなら吸収できることはたくさんある。こんな楽しい勉強他にない。だから外国語を物語を通して楽しく学んだっていいのだ。本著ではスラブ系言語(ロシア語など)が専門の言語学者である黒田先生と様々な外国語の物語の話だ。
旧ソビエトの文学、リトアニアと言語学、カザフ語の話はさすが先生の十八番、専門的な説明はすべてわからないけれど、それがいい。わからなくても面白い。三島由紀夫の『細雪』に出てくるロシア人が実はウクライナ人ではないか説も興味深かった。
そして、先生は専門外の中国語についての話も出てくる。台湾作家の温又柔の『来福の家』という作品の主人公・笑笑は両親台湾人だが、日本で生まれ育った。笑笑は大学の第二言語で中国語を習うが、笑笑が話すのは台湾で話されている中国語(台湾華語)は発音は大陸の普通語とはだいぶ異なる。わたしがもし中国語の先生なら笑笑みたいな子にも標準的な発音を教えるだろうか?そんなことを考えた。笑笑が外国語が「武器」ということに関して戦争しないから要らないというところ読んで、ほんとだねと思った。
他にも黒田先生のユーモアたっぷり、皮肉をぴりりと効かす文章が思わずにやりとしてしまう。
わたしだって大学の第二外国語でたまたま選択した中国語にまさかずっと囚われることになるとは想像していなかったし、英語習った当初、まさかアメリカ人ではなくモロッコ人と荷造りしているなんて想像していなかった。そして外国語学習は楽しいばかりではなく、辛いことがけっこう多い。ちっとも上達しないし。けれども、外国語を通してしか分からないことは確かにある。それを知るためにも、まずは物語を通して続ける。せっかくの苦行なんだし、どうせ一生かかってもマスターできっこないんだから、楽しんでしまえばいいのだ。
さらば、武器としての外国語よ。
今回の物語:黒田龍之助著『物語を忘れた外国語』新潮社
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