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16 リーゼルと新人官吏たち1
しおりを挟むある日の、皇帝執務室。
「リーンハルト卿! 陛下へ書類をお持ちしたのですが、入室してもよろしいでしょうか」
「どうぞお入りくださいませルートン卿。あっ、ネクタイが曲がっておりますよ。お直し致しますね」
最近のリーゼルは、執務室での仕事が多くなった。陛下の飲み物の準備や、執務室の片づけ、簡単な書類整理なども手伝っている。
そして、執務室へと訪問した者を初めに迎えるのも、リーゼルの役目だ。
皇宮で働く者たちは皆、忙しいようで、身だしなみが気になることが多々ある。
陛下に失礼がないよう、訪問者の身だしなみを整えるのもリーゼルがすべき仕事だと思っている。
ネクタイを整えたリーゼルがにこりと微笑むと、ルートン卿は緊張しているのか顔が真っ赤になっている。
「ありがとうございます……リーンハルト卿」
彼は同じ新人官吏。きっと陛下のことが怖いのだろうと思ったリーゼルは、こそっと彼に耳打ちする。
「緊張しないでください。陛下はお優しいですよ」
するとルートン卿は耳までも熱を帯び始める。
(逆効果だったかしら……?)
それでもルートン卿は「幸せな時間に感謝します」と笑みを浮かべてから、陛下のもとへと向かう。それなりに助けとなれたようだ。
それから次に執務室を訪れたのは、またも同じ新人官吏のトンブル卿。彼は執務室へと入るなり、リーゼルへと何かを差し出した。
「リーンハルト卿。こちら差し入れなのですが、受け取っていただけますか?」
(これ。この前、カイが買ってきてくれたお菓子屋さんのクッキー缶だわ)
二時間ほど並ばなければ買えないほど、人気のお菓子屋さんなのだとか。
領地では、並ぶほど混雑するような店はなかったので、リーゼルはその話を聞いて驚いた。
カイ曰く、人気店に並ぶのも都会の醍醐味らしい。
そんな大変な思いまでして買ってきてくれたケーキは、本当に美味しかったのだ。
「わあ。ありがとうございます。トンブル卿はお優しいのですね」
「僕の名前、覚えていてくださったのですね!」
「もちろんです。同じ新人官吏として頑張りましょう」
兄に成りすましていると悟られぬよう、リーゼルは同級生だった者のたちの顔と名前を頑張って覚えた。その成果が出ているようで嬉しい。
「はっはい! また差し入れ持ってきますね!」
しかしトンブル卿も顔が真っ赤だ。どうやら執務室が暑いらしい。あとで、空気の入れ替えをしなければ。これも侍従の仕事だ。
そんな光景を見ていたレオンは、何とも言えない顔でディートリヒに小声で話しかけた。
「……最近、陛下の執務室が賑やかですね」
それに同意するようにディートリヒは、腕を組みながらじっと新人二人のやり取りを見つめる。
「今までは俺を恐れて、誰も入ろうとしなかったが……」
官吏たちは皆、大なり小なりディートリヒを恐れている。
態度を変えることなく執務室へと入ってこられる者は、ほんの一握り。大抵はレオンを呼び出し、レオンに書類を渡して逃げ帰る者がほとんどだ。
レオンを呼び出すことすらできない臆病者は、ひどいときには、執務室の前に書類を置き去りにしていることもあった。
けれど今年はなぜか違う。特に新人官吏たち。彼らは積極的に執務室を訪れては、ディートリヒに直接、書類を渡す度胸がある。
「やはりリーンハルト卿の影響が大きいようですね。彼がいると、陛下の威圧感が軽減されますから」
レオンにそう指摘されて、ディートリヒは意味がわからずレオンを見つめた。
「お気づきになりませんでしたか?」
「俺は特に、調節などしていないが」
「どうやらリーンハルト卿には、陛下をリラックスさせる効果があるようですね」
「…………」
リラックスなどという言葉で片付けられるほど、簡単な感情ではない。
決して他人には言えないが、リーンハルトをずっとそばに置いて、彼の匂いに包まれていたい。
あの甘い香りに酔っていたい。これは、中毒と呼ぶべきではないか。
もしも他者もリーンハルトに対して同じ感情を抱いていたら。そう思うと胸が苦しくなる。
「リーンハルト卿! 今日の俺の服装はどうですか?」
続いて入って来た新人官吏を見たディートリヒは、表情を曇らせる。
彼らは明らかに、リーンハルト目的で執務室を訪れている。しかも、見るだけでは飽き足らず、言葉を交わし、興味を引き、世話をされたいと切望している。
「胸ポケットのハンカチが乱れておりますね。畳み直して差し上げますよ」
その感情に気づきもしないリーンハルトは、ご丁寧に彼らの身なりを整えてやっている。その姿が、どうにも気に入らない。
ディートリヒは無意識に立ち上がり、ずかずかと新人たちの元へと向かうと、リーンハルトの手首を掴んだ。
「待てリーンハルト。そこまでだ」
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