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三章 桐生家
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しおりを挟む灯野邸に引き返そうにも、あちこちから腐臭が濃く漂ってくる。
どうやら徘徊する屍は一体だけではないらしい。
途中、遠目に見えたのは先の屍と同じ厚手のコート。それが二、三ほど、存在だけを切って景色に貼り付けたような異彩を放っていた。
ぼうっと突っ立って通り過ぎる人間を品定めでもするかのようにギョロギョロと目玉を動かしている。
目的のものが無いことが分かるとしばらくして機械のようなぎこちない動きで、人目につかないような路地裏に吸い込まれるように歩いていった。
明らかに誰かを――キリを探している。
また顔見知りの誰かだったのか、思わず飛び出そうとしたキリと屍を発見して殺気立った千李を慌てて引き寄せて身を隠す。
くるりと緩慢な動きで振り返った屍は暫く辺りを見回したあと、何事もなかったかのように歩き出した。
あんなもの、いちいち相手にしていられない。
姿を隠しながら臭いが薄い方へと避けて行くうちに見知った狩場へと辿り着いていた。
千李が警戒するように周囲を見渡す。
「ここは、この間の……」
「蜘蛛の巣窟だ。親は始末したから空だが、臭気はまだある。警戒して寄って来ねえだろ」
灯野の妖が死骸を片付けた後ではあるが、よく見ると細かい残骸が隅の方に点在していた。
いつもなら悪態吐きながら片付けるのだが、屍がここだけに寄り付かない所を考慮すると今回ばかりは役に立ったのかもしれない。
コンクリート壁に背を預け、一息ついた。キリも限界だったのかずるずるとその場に座り込んだ。
「こんな時に、どこまで散歩行ってんだあのババア。でん……は今、血抜き中だし」
「血抜き、って……?」
項垂れていたキリがぼそりと呟いた。そろりと見上げられた目は憔悴の色が濃い。
「……人喰ったから、妖の本能が強まってんだよ。そのままにしといたらまた人喰い始めるから、それが薄まるまで折檻」
不安そうな顔で伺う。気に入って風呂にも入れるくらいだから無理もないだろう。
「無駄な事を。そんなことで、人喰いの本能が薄れる訳ないだろうに」
「……そんな生易しいもんでもないけどな」
千李の呟きを流して自身の背後、壁に映った自身の影を軽く叩いた。
いつもなら白砂辺りがひょっこりと顔を出すのだが、反応が何もない。
「使える妖いねえし、みんな持って行きやがった。少しは考えろよ、クソババア」
「冗談じゃない、妖なんかの助けは借りない!!」
嫌悪感むき出しな顔をして千李は声を上げる。
灯野家と坂谷家は影に溶けて広範囲を索敵できる妖を使う。桐生家一族が術を使えなくなった今となっては、鈴切だけが妖を使役していない。
「嫌ならお前が屍の数と居場所調べて来いよ。その処理もな」
「勘違いするな。僕は個人的に、桐生家に手を貸しているだけだ。お前に指図される覚えはない」
睨む千李に、集真は皮肉そうに鼻を鳴らして嗤った。
「不便だよな、鈴切は。妖の探知、戦闘、駆除、処理。いちいち脆い人間を使って時間かけねえと出来ねえんだから。多大な人件費の代わりにたった五百円の生肉で話が済む妖の便利なことをよ」
「この、外道……」
「お互い様だろ。妖を飼い慣らしときゃあ術師も民間人も無駄死にすることなんか無えんだ。馬鹿みてぇな矜持とやらのために、一体何人死んでったんだ?」
歯を軋ませ怒りを顕にした千李は太刀に手を掛ける。
「……屍人憑きが、鈴切を侮辱するか」
今にも抜刀しそうな千李を横目に睨む。
柄に手を掛けてはいるものの抜く気配はないようで、自身も防御のために備えていた妖気を抑える。
挑発しすぎたか。
「今はお前と戦りあってる場合じゃねえな。ババアと合流が先だ」
自分と相性の悪い屍でも灯野当主の術にかかれば一瞬で灰になる。一時しのぎにはなるだろう。
問題はその後だが。
「……私、行きます」
そう、ぽつりと零した少女はふらりと立ち上がった。
「行くって、どこに」
「お父さんに、どういう事か聞いてきます」
思ってもみない言葉が出てきて一瞬言葉が詰まった。
聞いたとして、それでどうするんだ。そもそも道中何事もなくたどり着けると思っているのか。
「お前、馬鹿だろ。術も使えない、腕っ節もない小娘がそこらをうろついてみろ。狙ってくれって言ってるようなもんだぞ」
「危険だよ、一人で行かせられない。
何かあったらどうするんだ。桐生の当主だって心配なさるだろう」
千李も流石に強く止めに入る。その制止の声を振り切るかのように叫ぶ。
「だって!! ……お父さんなんです、きっと。みんなを、あんな……酷い」
ようやく状況を飲み込めたのか、千李が伸ばした手を宙に留めた。
部屋の奥に押し込まれた無数の死体、徘徊する元家政婦の屍。これで桐生当主が無関係のはずがない。だから慎重に、逃げられない様に動かなければならない。
それでも目の前の事で余裕のない少女は声を震わせながらも訴える。
「……これ以上、犠牲は出せません。娘の私が止めなくてどうするんですか!!」
そう言い切ると、いきなり踵を返して駆け出した。止めようと伸ばした手を振りきって。
慌てて伸ばした手も虚しく空を切る。
「おい、って……くそ、無鉄砲」
「言ってる場合か、追わないと」
立ち上がって追おうにもすでにその後ろ姿は豆粒ほどに小さくなっている。
それよりも、身に迫る危険に内心ひやりとしていた。
背後から腐臭が風に乗ってやって来る。
人間でも感知できるくらいの濃い腐臭が、まるで少女を追うかのように流れていく。
騒ぎを聞きつけてやって来たのか、足を引きずるような音が遠くで鳴っている。
これはきっと一、二体なんて数じゃない。
「なんだ、この臭い」
流石に厳しかったのか千李が口元を抑える。
そろりと振り返るとまるで映画さながらの光景が待ち受けていた。
「おい、得物構えろ」
後ろにはコートの軍団が、道幅いっぱい詰め寄る様にこちらに向かって来ていた。
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