初恋のキミ

天野 奏

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密室で個室でハプニング

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大会が閉会して、帰りの市バス。
まさかの……清陵の先輩たちばっかりの、満員バス。
私たちはレディファーストとかで席に座れたけど、ちょっと空気が悪すぎる……。

「大丈夫?咲來ちゃん」
「う、うん……ちょっと人酔いみたい…」

前の一人席に瑞希ちゃんが座っているが、それが救いくらいだ。
後ろには男子の先輩が乗ってる。

「どうする?このまま帰ろうか?」

こっそり夏蓮ちゃんが耳打ちするが、私は首を振った。

「ううん、大丈夫…!
着いたらなんとかなるだろうし……」
「ホントに?」
「うん、たぶん……」

チラッと横を向くと、反対の席の前に、先輩の横顔が見える。

先輩が近くにいれば…大丈夫だよね?たぶん……。

「ちょっと、私寝ていくね?
降りる頃起こしてくれる?」
「うん、分かった」

ガヤガヤとしている中、私は窓に頭を付けて眠った。
不思議とスッと眠りについて、私は夢を見た。

自分がテニスをする夢。
楽しい……楽しい夢だった。


「……着いたよ!咲來ちゃん!」
「ん………」

夏蓮ちゃんが立ち上がる気配がして、私は目を開いた。
通路側に目をやると、目の前に男の人の顔があった。

「っ…………!!?」

だ、誰………!?
思わず両手で顔を隠した。

「お前!安藤さんビビってるだろ!」
「えー脅かしたかったんだからセーコーだよー」
「マジ寝顔神だわー」
「ご、ごめんね!安藤さん!!」
「泣いちゃったんじゃないの?」

4人の男の子が降りていく。

「咲來ちゃん、大丈夫!?」
「だから止めようって言ったのに…」
「ふざけてるだけだから、大丈夫かと……」

瑞希ちゃんと夏蓮ちゃんが前に立った。
瑞希ちゃんがごめんと謝っている。

心臓がバックバクで目が回りそう。

「咲來ちゃん、手貸そうか?
立てる?大丈夫??」
「う、うん……平気………!
び、ビックリした!」

手をゆっくり離すと、目の前に夏蓮ちゃんの手があった。

「ありがとう……!」

震える手を、夏蓮ちゃんが包んでくれた。
優しいな、夏蓮ちゃん。
ついたのは学校と駅の間にあるバス停で、娯楽街みたいなところ。
いろんなカラオケ店や、飲食店、ネットカフェなどが立ち並んでいる。

「こっちこっち!」

2、3人の男の子が手を振っている。

「ドリンクバーだから、上行ったらジュース選んでね!」
「咲來ちゃん、顔色悪いよ?
大丈夫?持ってっとこうか?」
「うん、ごめん、ウーロン茶でお願いできる?
先にトイレに行くね……」

「あ、601号室だから!」と教えられるも、みんなと一緒にエレベーターは厳しくて、先に1階のトイレに向かった。

頭がガンガンする……。
ちょっとバスで酔ったのかも。

フロントの角を曲がり、奥のトイレを目指すが、トイレの前についたところで、壁に体を預けて立ち尽くした。
別にトイレに入るようなことはない。
正直、ちょっと人のいないところで休みたい。

「はぁ…………」

ため息をついて、少しかがみ、頭を抱えた。


「………え?」

目を開くと、大音量で音楽が流れていた。
中には人影。
誰かが、みんなで歌っている。
赤や青、黄色といった、カラフルなミラーボールがキラキラと人の姿を照らしていた。
狭い空間。
いつの間にか、一番奥に座っている。
そして、お酒臭い………。

『どうお嬢ちゃん!盛り上がってるかい!?』

「えっ…………」

横に現れた誰かの顔。
マイクと一緒に、こちらに息がかかる。

『こういうのもまた楽しいでしょー!?
今日は盛り上がっていこうぜー!!』

「っ……………!」

まずい………まずいまずいまずい!!
えっと、どうして、こうなったんだっけ………?


そうだ、あのとき………

トイレの前でしゃがんでたら、トイレから出てきた2人の男の人に囲まれて………

『お嬢ちゃんどうしたの?
お酒飲んで酔っちゃったとか!?』

『い、いえ……大丈夫です』

どうしよ……顔上げられない。

『そんな暗くならないでさ、楽しもうよー!
おじさんたちとカラオケしよー!』

『えっ………』


…………ダメだ。

ここから思い出せない。

たぶん、そのまま、何も抵抗しないから連れ込まれちゃったんだ。

どうしよ、入り口が、スゴく遠い……。
ここ、何階だろ?

『そこの可愛い彼女!!一緒に歌わないかい!?』

マイクで呼ばれ、首を振ったが、隣にまた別の男の人が座った。

「ほらほらー遠慮なさらずにー♪
失恋なら余計、明るい曲でも歌ってさー♪」

顔が近い。
カラオケの音よりも、心臓の鼓動の方が耳に届く。

でも、我慢すればもしかしたら切り上げる時間に………

『今日は朝まで楽しもうー!!』
『『いえーい☆』』

……ダメだ。
解散の余地がない。
でも、どうすれば……。
あー、なんでこんなことに……。

思わず涙が浮かんだ。
耳を塞ぎ、目を閉じる。
少しだけだけど、距離を感じなくて、落ち着いた。

テニス部、6階って言ってた。
さっき1階のトイレにいて、もしかしたら階によってはトイレが無いところもあるかもだし…
そうだとしたら最悪2階?
どうしたら、外に出られる?

ブーッ、ブー……

バッグが振動する。

………先輩……。

ケータイを開き、通話にする。
声が出ない。
でも、この人達が歌ってる音は聞こえるハズだ。

「何々?電話?出ないの?」
「やっ………!」

声が掠れる。
隣に来た人が私の腕に手を回したのだ。
ダメだ、頭が真っ白になる。

せんぱい……先輩………三ッ橋先輩………!!

一生懸命意識を保とうと、先輩を思い出す。

『咲來!』

あの時の必死な顔が、頭を過った。




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