ブス婚サルト

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第1式:神前の悪魔

第1式-16-「どうしてわかるんですか」

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あの後田上さんは「後日資料を送るでごぜーます」と話を切り上げて幼稚園を後にした。

「おじちゃんたちばいばい!」
「ゆうたくんまたあした!」
と、子どもたちが窓から顔を出す。
納得のいってない僕らを半ば引きずり込むように車に乗せた田上さんは、山田さん夫妻の個人情報が書いてあるバインダーをペロッとめくり、それを助手席に放ると「ついででごぜーますから、送ってやるです」と車のエンジンをかけた。

静まり返った車内。
いや、上機嫌な田上さんの鼻歌と、勇太くんの明るい声が聞こえてくるにはくるのだが、僕ら3人は各々それどころじゃない。
「…おい、どうすんだよ。本当にあそこで式することになっちまったら」
山田さんは、勇太くんがいる為かさっきまでのように怒鳴りはしなかった。
声に感じるのは怒りよりも、焦燥感。途方にくれたように背を丸めた彼は、そのまましぼんでしまいそうだった。
助手席にいる僕は、そんな山田さんを気遣うこともできない。
いや、山田さんからしたら、僕だって田上さんと同じ側の人間なのだから、そんなことされても嬉しくないのだろうが。

僕には田上さんのしたいことがわからない。それは本当に、お客様を悲しませてまでするべきことなのだろうか。ぎゅっと膝に置いた手を握りしめる。
「田上さん、僕にはわかりません。どうしてあの幼稚園で式をしたがるんですか。…何かあるなら、教えてくれませんか」
もし理由があるのなら、山田さん夫妻も納得するかもしれない。それで納得いかないのなら、夫妻は今からでも違う会社を選んで式をすることだってできる。
田上さんは世界一幸せな式をすると言ったが、どうしてこんな事をするのか言ってくれなくては、例え式が成功したとしても、きっと誰も世界一幸せになれないのだ。

田上さんは鼻歌をやめると、本当にほんの一瞬だけ僕を見て、また道路に視線を戻した。
「なんでごぜーますか。わからなかったんです?」
横顔を見ると、キョトンとしているようにも、しらばっくれているようにも見える。
「わ、わかるわけないじゃないですか…言ってくれなきゃ…」
この人は"幼稚園である事を押し出した式"をすると言った。しかし、その真意を、僕らは全く聞かされていない。
「わからないなんて"わかるわけねーじゃねーですか" 。"言ってもらわねーと"」
紫の瞳は外を見たまま、にや、と笑った。

「単刀直入に言うでごぜーますが。あんた、結婚"式"もこれが二回目でごぜーますね」
そう言って、頭上のミラーにチラリと視線を向ける。
勇太くんと話をしていた阿形さんの声が突然止まった。僕は慌ててさっき放られたバインダーを覗くが、どこにもそんなことは書かれていない。
「どうしてわかるんですか。結婚したからといって、式をするとは限りませんよ」
田上さんと話していてわかったことがある。この人は、聞かれたことに関して怒ることも呆れることもしない。
それならば、わからないと思った時点で聞いてしまった方がいい。後から聞いても対応は変わらないが、先に聞かない方が明らかにこちらの損なのである。
僕に本題を遮られる形になったが、彼はそれをどうと責めることもなく、本当に淡々とマジックのタネを明かした。

「ただの予想の域を出ねーんで、わかったとも言い辛いレベルだけど。でもまあ、確かに根拠はあったんでごぜーますよ」
夫妻も田上さんから度々たびたび出る、情報の先周りについて気になっていたのだろう。後ろの席から息を飲む音が聞こえる。
「あんたらがうちに来る前、何件もブライダル会社を梯子はじごして、その度に無理難題を押し付けようとしてお断りされてた情報は、業界のネットワークでこっちにも来てんでごぜーます」
その話は確かにちらっと言っていた気がする。田上さんが殴られた時だっただろうか。
「豪華で盛大な式をしたいという客は実は少なくねぇ。会社側は客の予算を聞いて、その予算でできる限りの"豪華で盛大"を提案するんでごぜーますが、何社回ってもまだあんたら、いや、山田。てめぇは納得しなかった」
信号待ち。
赤いランプが灯ったその瞬間、田上さんは首をひねって少しだけ後ろの席を見た。
「それは、結婚式に詳しくないはずのてめーに、既に具体的な基準があったからだ。"前回"の男を超える式。それがてめーの豪華で盛大の最低基準。…違うでごぜーますか?」

山田さんは、また黙ったままだった。
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