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第2式
第2式-3-「かわいいからでごぜーます!」
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「ドレスが決まらない?」
着信は、レンタルドレス部門からだった。
田上さんは適当な返事の後電話をすぐに切ると、僕を連れて今まさに衣装合わせをしているという鹿嶋夫妻の元へと向かう。
兼ねてから衣裳を決めかねていた夫妻は、帰る前にドレスを見たいと受付に言ったようで、その場で手が空いていた散垣さんが手伝う形で衣装合わせを始めたそうだ。
ズラリと並ぶドレスがオーロラのように女性の瞳を魅了するそこでは、花嫁の保奈美さんが途方にくれたように背中を丸めていた。小さく見える椅子に座り込む彼女の周りで、散垣さんや旦那さんが明るく声をかけているが、ますますその表情は暗くなるばかりである。
着かけたドレスのファスナーが、丸まる背中の負荷を受けて、ビリリと悲鳴をあげていた。
「あぁ」
田上さんは、誰の目から見ても明らかな残酷な現実を、花嫁にわざわざ突きつける。
「入らないんでごぜーますね」
びくり、と彼女が肩を揺らしたのがトドメになったのか、辛うじて中程までで止まっていたファスナーは、パンッと弾けるようにずり落ちた。
鹿嶋保奈美さん。
推定体重100キログラム。
特に言及はしてこなかったが、10人とすれ違えば10人に覚えられてしまうような、物理的ビッグガールなのである。
「で?うちには一応3L4Lもあるはずでごぜーますが?」
本人を前にズケズケとサイズの話をしないであげて欲しい。花嫁は可哀想なくらい小さく背を丸めている。
「…んな小さくなる事ねーです。いや、ぶっちゃけ全然小さくなれてねーでごぜーますが。でも、別に珍しいサイズでもねぇんで」
保奈美さんは、コーナーポストに背を預けて放心するボクサーのような格好のまま動けないでいる。色々ショックなのだろう。
酷いことをさらりと言った田上さんは、溜息をついて花嫁に歩み寄った。
「今あんたが着させられてんのはLサイズでごぜーますね。入んなくて当たり前なんで、そんなショックを受けることじゃねーですよ。これを間違って渡したうちがわりーんで」
座ったまま俯く彼女と視線を合わせるように、田上さんは片膝をついて女性の顔を見上げた。
「…ぅの…」
固く閉ざされていた彼女の口が開く。
「私が着たいってあの女の人に頼んだの」
項垂れながら恥ずかしそうに、花嫁は顔を覆った。打ち合わせの後朗らかに焼き菓子を手渡してくれた、あの笑顔は今や見る影もない。
「えっと、それは…どうしてですか」
僕もそっと保奈美さんの隣に立った。
散垣さんは仕事のできる人だ。サイズのことは着せる前に、遠回しにとはいえ言ったのだろう。それを押してまでこのドレスを選んだことに意味がある。僕はそう思ったのだ。
僕の質問を受けて戦慄く唇は、何かに恐怖するように閉じたり開いたりを繰り返していた。何か深刻なことを聞いてしまったのだろうか。僕の想定を超える想いがこのドレスにあったのだとしたら、僕のこの質問はきっと酷なものだった。
「ばっか、お前なぁ」
慌てて質問を撤回しようとした僕を、間延びした声が遮る。
彼は花嫁ではなく、僕を見つめていた。
「そんなの決まってんじゃねーですか」
田上さんは立ち上がりつかつかと花嫁の後ろに回ると、肩を掴んで無理に立ち上がらせ…ようとして失敗したのか、ぐっ、と胸を反らせるにとどまった。
うつむいていたせいで隠れていた豊満な肉体が衝撃に震え、それらを縁取る純白のフリルとレースが露わになる。
「こっちのドレスの方が、"かわいい"からでごぜーます!」
拍子抜けして間抜けな声を出した僕の前で、花嫁はまた真っ赤な顔を大きな掌で覆い隠した。
着信は、レンタルドレス部門からだった。
田上さんは適当な返事の後電話をすぐに切ると、僕を連れて今まさに衣装合わせをしているという鹿嶋夫妻の元へと向かう。
兼ねてから衣裳を決めかねていた夫妻は、帰る前にドレスを見たいと受付に言ったようで、その場で手が空いていた散垣さんが手伝う形で衣装合わせを始めたそうだ。
ズラリと並ぶドレスがオーロラのように女性の瞳を魅了するそこでは、花嫁の保奈美さんが途方にくれたように背中を丸めていた。小さく見える椅子に座り込む彼女の周りで、散垣さんや旦那さんが明るく声をかけているが、ますますその表情は暗くなるばかりである。
着かけたドレスのファスナーが、丸まる背中の負荷を受けて、ビリリと悲鳴をあげていた。
「あぁ」
田上さんは、誰の目から見ても明らかな残酷な現実を、花嫁にわざわざ突きつける。
「入らないんでごぜーますね」
びくり、と彼女が肩を揺らしたのがトドメになったのか、辛うじて中程までで止まっていたファスナーは、パンッと弾けるようにずり落ちた。
鹿嶋保奈美さん。
推定体重100キログラム。
特に言及はしてこなかったが、10人とすれ違えば10人に覚えられてしまうような、物理的ビッグガールなのである。
「で?うちには一応3L4Lもあるはずでごぜーますが?」
本人を前にズケズケとサイズの話をしないであげて欲しい。花嫁は可哀想なくらい小さく背を丸めている。
「…んな小さくなる事ねーです。いや、ぶっちゃけ全然小さくなれてねーでごぜーますが。でも、別に珍しいサイズでもねぇんで」
保奈美さんは、コーナーポストに背を預けて放心するボクサーのような格好のまま動けないでいる。色々ショックなのだろう。
酷いことをさらりと言った田上さんは、溜息をついて花嫁に歩み寄った。
「今あんたが着させられてんのはLサイズでごぜーますね。入んなくて当たり前なんで、そんなショックを受けることじゃねーですよ。これを間違って渡したうちがわりーんで」
座ったまま俯く彼女と視線を合わせるように、田上さんは片膝をついて女性の顔を見上げた。
「…ぅの…」
固く閉ざされていた彼女の口が開く。
「私が着たいってあの女の人に頼んだの」
項垂れながら恥ずかしそうに、花嫁は顔を覆った。打ち合わせの後朗らかに焼き菓子を手渡してくれた、あの笑顔は今や見る影もない。
「えっと、それは…どうしてですか」
僕もそっと保奈美さんの隣に立った。
散垣さんは仕事のできる人だ。サイズのことは着せる前に、遠回しにとはいえ言ったのだろう。それを押してまでこのドレスを選んだことに意味がある。僕はそう思ったのだ。
僕の質問を受けて戦慄く唇は、何かに恐怖するように閉じたり開いたりを繰り返していた。何か深刻なことを聞いてしまったのだろうか。僕の想定を超える想いがこのドレスにあったのだとしたら、僕のこの質問はきっと酷なものだった。
「ばっか、お前なぁ」
慌てて質問を撤回しようとした僕を、間延びした声が遮る。
彼は花嫁ではなく、僕を見つめていた。
「そんなの決まってんじゃねーですか」
田上さんは立ち上がりつかつかと花嫁の後ろに回ると、肩を掴んで無理に立ち上がらせ…ようとして失敗したのか、ぐっ、と胸を反らせるにとどまった。
うつむいていたせいで隠れていた豊満な肉体が衝撃に震え、それらを縁取る純白のフリルとレースが露わになる。
「こっちのドレスの方が、"かわいい"からでごぜーます!」
拍子抜けして間抜けな声を出した僕の前で、花嫁はまた真っ赤な顔を大きな掌で覆い隠した。
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