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ドラゴニアでの学園生活

パンツの色を賭けた勝負?

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 今日の体育は走り幅跳び。助走をつけて砂場に向かってジャンプ、跳んだ距離を競うアレである。二人ずつ順番に跳んでいくので、順番待ちの間は他人が跳ぶのを評価したり、好き勝手に喋ったりしている。そして、かわいい女の子が跳ぶ時は当然、男子の注目が集まる。
 女子達はと言うと、ガルフの更衣室乱入の話で持ち切りだった。

「ガルフ君、ちょっとカッコ良かったじゃない?」

「『ティア様、ご無事ですか?』なんてセリフ、初めてリアルに聞いたわよ」

「まさに王子様、いえ、騎士様ってトコね。早く私にも王子様が現れないかなぁ」

 意外と肯定的な意見が多い様だ。話題にも上がっている『ティア様、ご無事ですか?』というセリフと躊躇すること無く扉を蹴破った思い切りの良さ、そしてなんと言ってもガルフのかわいい顔が効いているのだろう。俗に言う『ただしイケメンに限る』というヤツだ。

 ガルフがグラウンドに着いた時、ちょうどティアが助走のスタート地点に立っていた。隣にはジュリアの姿が。どうやら跳ぶ順番は特に決められはいない様だ。スタートの笛の合図で同時に駆け出す二人。もちろん走り幅跳びに速さは関係無い。しかしこの二人、妙なライバル意識でもあるのだろうか? やけに走り方に気合が入っている。ジュリアはその見事なボリュームを誇る胸が上へ下へと揺れて走り辛いのか、ほんの少しだけティアの方が早く跳んだ。続いてジュリアが跳んだ時にはティアは既に着地していた。しかし残念な事にお尻を後ろに着いてしまい飛距離は彼女の胸と同様少し残念なものになってしまった。ジュリアは見事着地にも成功、結構良い成績を付けてもらえるであろう距離を跳んで上機嫌だ。

「ティア、今日は私の勝ちね」

「ちぇっ、走るのは私の方が速かったのに……」

『今日は』という事はこの二人、事あるごとに勝負でもしているのだろうか? ジュリアは更にティアを挑発するかの様に言う。

「駆けっこじゃ無いんだから速さは関係ないわよ。それにしても見事な着地だったわね」

 失敗して尻もちを着いてしまった事を突っ込まれたティアは、お尻に付いた砂を払いながら悔し紛れの持論を展開する。

「私の強力なジャンプ力にデリケートな上半身がついていけなくて、重心が後ろにいっちゃったのよね」

 事実、足が着地した場所はティアの方が遠かった。つまり、着地に成功していればティアの勝ちだったのだ。しかしジュリアはティアの持論を覆す様な事を言い出した。

「ふうっ、胸が大きいのも困りものよね。走りでは遅れを取っちゃったし、でも、この胸の慣性が前に出る推進力となってくれるから、後ろにコケちゃうなんて私にはありえないもんね」

 見事な胸を付き出す仕草のジュリアに男子達の目が釘付けになった。どうやらこのクラスは巨乳派が多数を占める様だ。口惜しそうなティアだったが、ガルフがグラウンドに現れたことに気付き、彼に向かって大きく手を振った。


「おっ、勇者様の登場だぜ」

 使用中の女子更衣室の扉を蹴破って乱入したという偉業によってガルフは男子達に勇者として称えられていた。余談ではあるが、数日後には噂が噂を呼び尾ひれが付いて『女子更衣室に飛び込んだ剛の者』として彼は学校中で名を轟かせるハメになるのだった。

 わらわらとガルフのもとに集まる男子達。彼等は口々に質問言葉をガルフに浴びせる。

「ジュリアの下着はどんなだった?」

「シェリーのパンツは何色だった?」

 女の子の下着情報に関する質問ばかりだ。十五~十六歳の男子などこんなものなのだろう。

「そんなの覚えてないよ! そこまでちゃんと見たわけじゃないし」

 ガルフは反論するが、男子達の探求心は恐ろしい。

「『そこまで』ってコトは、ちょっとは見たんだろ?」

「じゃあ、誰のなら覚えてるんだ?」

 尚も男子達の追及は続く。辟易したガルフが逃げる様に助走のスタート地点に立つと、ジョセフが隣に並び、小声でガルフに囁きかけた。

「勝負だ。お前が勝ったら誰にも何も言わせねぇ。だが、俺が勝ったらティアがどんなパンツ履いてたか教えてもらうぜ」

《バカだ、コイツ……》

 言いたい気持ちを抑えてガルフはジョセフに念を押す様に確かめた。

「本当にボクが勝ったらもう何も言わないんだね」

「ああ、俺が約束する。皆にも何も言わせねぇ」

 何か話を聞いていれば格好良いっぽいが、賭けの内容は小学生レベルだ。しかもジョセフは負けたところで痛手は無い。勝てば自分が欲しい情報(ティアのパンツの色)を得ることが出来る。

「わかった」

 ガルフはジョセフの勝負を受けることに決めた。

「先生、すみません遅れました。スタートの合図、お願いします」

 授業に遅れた事を体育教師に謝ると、軽くジャンプして身体の緊張をほぐす。ジョセフが聞こえよがしに大声をあげた。

「よしガルフ、勝負だ!」

 勝負と聞いて俄然盛り上がるクラスメイト達。裏では小学生レベルの賭けが行われているという事も知らずにティアも「頑張れガルフ!」と声援を飛ばす。

 もちろんガルフには勝算があった。風の力を使えばバードリバーからドラゴニアまでノンストップででも飛べるのだ。たかが数メートルの走り幅跳びぐらい何て事は無い。

「言っとくが、俺はクラスで一番の運動神経の持ち主だぜ」

 ガルフが風使いだと知らないジョセフが不敵に笑いながらプレッシャーをかけてくる。

 ピッ

 スタートの笛が鳴った。ジョセフは踏み切りの足を調整する為、ちょこちょこっと少し走ってから途中でスピードを上げる。ガルフはそれを見ながらゆっくりと助走を付ける。この『ゆっくり』というのが重要なポイントで、ジョセフより先に跳んでしまうとどの程度の距離を出せばよいのかがわからない。ジョセフを先に跳ばせられれば彼が着地したその十センチ程向こうに降りれば良いだけのことなのだから。

 ジョセフが跳び、派手に砂を巻き上げて着地するタイミングを見計らい、ガルフも跳んだ。ジョセフは自称クラス一の運動神経だけあって、かなりの距離を跳んだ。ガルフが普通に跳べばとても敵わないだろう。しかし、ガルフは彼よりもほんの少しだけ遠くまで跳んだ。いや、飛んだ。

「うおおおぉぉぉぉ!」

 驚きと興奮、そしてガルフへの称賛の声が巻き起こった。

「ボクの勝ちだね」

「ああ、完敗だ。約束は守るぜ」

 ガルフの言葉にジョセフが答える。スポ根モノの感動シーンの様だが、実際は小学生レベルの賭けを仕掛けてきたバカをチート能力でねじ伏せただけの話である。

「ガルフ、凄いじゃない!」

 ティアがガルフの下に駆け寄ってきた。そして彼の顔に顔を近付けた。まさか祝福のキス? ガルフは一瞬期待したが、現実はそんなに甘いモノでは無かった。彼女は彼の口でも頬でもなく耳に顔を近付けたかと思うと囁いた。

「ズルしたでしょ。風の力を使って」

 どうやらティアはお見通しだった様だ。

「あ、やっぱりわかった?」

 苦笑いするしか無いガルフだった。


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