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竜の来襲

ティア、覚醒

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 竜は空から舞い降り、ガルフに迫る。まさに姫を拐おうとした悪い竜が邪魔者を排除するかの様に。動けない獲物を前にゆっくりした動作で竜は爪を伸ばした。

「ガルフ!」

 ティアの悲痛な叫びが響いた。と同時に眩い光が彼女を包んだ。霞む視界の隅にガルフが見たものは彼が生涯忘れる事が出来ない光景だった。

 ティアの背中から一対の翼が現れ、彼女の身体が大きくなった。そう、彼女の竜の血が目覚め、彼女の姿は竜の姿へと変貌したのだ。
 それとほぼ同時だっただろうか。もう一匹の竜が颯爽と現れ、ガルフを悪い竜の爪から救ったのは。

「デューク!」

 竜の姿となったティアがその竜の名を呼んだ。現れた竜は騎士団長、デュークだったのだ。
しかし、彼が来るのは遅過ぎた。竜へ変貌する瞬間をガルフに見られてしまった。ティアは竜の血が目覚めた喜びなど全く無かった。いや、この場で竜の血が目覚めた事を恨みさえした。

「ジョセフ、そこまでです。悪い様にはしません。投降して下さい」

 デュークが悪い竜にジョセフと呼びかけた。悪い竜の正体はジョセフだった。彼も十六歳となり、既に竜の血を目覚めさせていたのだ。しかし、何故デュークはこの竜がジョセフだと分かったのだろうか?

 相手は騎士団長、所詮小僧ッ子のジョセフはおとなしく投降するかと思われたが、まだ怒りが収まっていないのだろうか、とんでもない事を言い出した。

「投降しろ? 悪い様にはしない? ふざけんな! そもそも手前ぇが俺をけしかけたんだろうが!」

――けしかけた? ジョセフを? デュークが!? どういう事だ?――

 ガルフもティアも事態が飲み込めない。するとデュークがどういうわけか、ジョセフに詫びを入れだした。

「その件についてはすまなかった。だが、ここまでだ。君の身の安全も将来も全てこの私が保証する」

「うるせぇ! 今更何言ってやがんだ。大体、何でお前が出て来るんだよ? 話がちげーじゃねぇか!」

 ジョセフは投降するどころか激高し出した。よくわからないが、ジョセフとデュークの間には何らかの取り引きがあった様だ。

「こうなりゃお前もぶっ殺してティアを手に入れてやんよ!」

 完全にブチ切れたジョセフがデュークに襲いかかろうとした瞬間、デュークはその爪でジョセフを引きずり倒したかと思うと腹を思いっきり踏みつけた。

「んだと、もっかい言ってみろコラ」

 デュークも切れた? 騎士団長のルークが街のチンピラじみた言葉を口にした。

「忠告したんだけどな、もーいいや。俺もお前も大罪人だ」

 そう言うとデュークはジョセフを押さえ込み、耳元で最後通告を行った。

「優しく言うの、これが最後な。今すぐ竜の血を眠らせないと……マジでお前、殺すぞ」

 デュークの、騎士団長の本気の脅しにビビったのだろうか、ブチ切れていたジョセフは正気を取り戻し、人間の姿へと変わった。デュークも人間の姿になり、ジョセフの身柄を拘束する様に教師達に命じた後、竜の姿となったティアに語りかけた。

「ティア様、やっと竜の血が目覚めたのですね、おめでとうございます。では、人間の姿になりましょうか。落ち着いて、人間の姿であった自分を思い浮かべて下さい……」

 デュークの教えに従い、竜の姿になったティアは人間の姿へと変化した。


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