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竜の花嫁

ガルフ、兄として

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「つきましてはバードリバー王女メアリー・ウェンガー様を次期ドラゴニア王妃として迎えようと考えているのですが、バードリバー王子ガルフ・ウェンガー様はいかが思われますか?」

「うん、良いんじゃないか……って、ええっ!?」

 一瞬あっさり肯定したガルフだったが、少し間をおいて事の重大さに気付き、素っ頓狂な声を上げた。それを聞いて遂に耐え切れずなり、吹き出してしまったティアにガルフは小声で尋ねた。

「ティア、知ってたの?」

「うん、ごめんね、黙ってて」

 悪戯っぽく笑うティアの笑顔は、七年前に『私、ティア。ドラゴニア王ジェラルドの長女なの。よろしくね、バードリバーの王子様』と初めて見せた笑顔とダブって見えた。そして、こんな会話を思い出した

――ごめんね。じゃあ責任取って結婚しようか? ドラゴニアの王女とバードリバーの王子が一緒になるってのも良いんじゃない?――

――あなたが私に見合うだけの人だったらね――
 
「俺は君に見合うだけの人になれたんだろうか……?」

 ふとガルフが呟いた。

「うーん、どうかな? 酔うとおっさん臭くはなったけど」

 ティアはまた悪戯っぽく笑った。その笑顔は七年前の少女の笑顔とは違う、幸せな大人の女性の笑顔だった。

「酷ぇな」

 またおっさん臭い言い方になったガルフの頬にティアは軽くキスをすると、少女の顔になって笑った。

「おいおい姉さん、お熱いのも良いけど、俺達の話はどうなったんだよ?」

 すっかり二人の世界に入ってしまった姉夫婦に不機嫌そうな顔でワインがぼやく。メアリーもそれに同調し、ぶーぶー言い出した。そんな二人にガルフは一つの問題点を指摘した。

「しかし、お前は俺の義弟で、メアリーは俺の実の妹。兄妹じゃないか、義理とは言え」

 ガルフの言葉にメアリーはあっさり言い返す。

「大丈夫、血は繋がって無いもん。義理だから」

 メアリーのあっけらかんとした態度に呆れながらガルフはもう一つ、重要な事を聞いた。

「父さんはどう言ってるんだ?」

「お父さんは……まだ知らない」

「ジェラルド様は?」

「父も知りません」

「そっか……」

 ドラゴニア王子とバードリバーの王女が結婚を考えている事を両国の王は知らないと言う。ガルフは『どうしたものか』と難しい顔になり黙り込んでしまった。

「反対するの?」

「いや、反対はしない」

「お兄ちゃん……」

 嬉しそうなメアリーとワインにガルフは厳しい顔で言った。

「反対はしないが……試練を与えさせてもらう」

 ガルフは考えた。人間と竜、種族が違う者同士の結婚だ。どんな障害があるかわからない。ガルフ達は七年前、大きな試練を乗り越えた。ジェラルドはガルフとティアを離れさせようとした。それは二人にとっての大きな試練となり、それを乗り越えた二人は固く結ばれた。それに相当するぐらいの試練を乗り越えてもらわなければ、兄として安心できない。

「わかりました。それでどのような試練を?」

 神妙な顔で答えるワイン。ここでガルフは困ってしまった。『試練を与えさせてもらう』とは言ったものの、はてさてどんな試練を与えればよいものか。そこまでは考えていないガルフだった。しかし、試練と言えば立ちはだかる壁をぶち壊すというのが王道。

「俺を倒してみせてもらおう。但し、俺は風の力を使わせてもらうが、お前は竜の姿にならずにな」

 結構無茶な事を言うものである。いくらドラゴニアの民が竜の血を秘めているとは言え、それを開放しない限り、身体能力は普通の人間とほとんど変わらない。ガルフの試練に対してワインはどう出るのか?

「わかりました。ではその試練の日はいつにしましょうか?」

 恐れること無く答えるワインにガルフは嬉しそうな顔で答えた。

「王女様を奪おうとする竜ならそうこなくっちゃな。もちろん今からだ! と言いたいところだが、二人共酒が入ってるからな。明日にしようか」

 ガルフの言葉に周囲がざわついた。ティアは困った顔でガルフを見つめている。

「ティア、ごめんよ。今日は二人のめでたい日なのに、こんなことになっちゃって」

 厳しい兄の顔からいつもの優しい顔に戻り、頭を下げるガルフにティアは諦めた様な顔で答える。

「止めても無駄よね。あなたはメアリーの事になると無茶ばっかりするもの。だからこそ私達は出会えたんだけ
ど」

 全ては妹思いの兄の無茶な行動から始まったのだ。ティアはガルフを止められるとは思っていない様だ。

「ティアの事も大事にしてるつもりなんだけどね」

 言いながらガルフはティアの頬に軽くキスすると彼女の耳元で囁いた。

「これで最後だから。ワインがこの試練を乗り越える事が出来たらね」


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