上 下
39 / 40
竜の花嫁

メアリー曰く「これは私達の試練」

しおりを挟む
 ガルフが剣を振り上げた瞬間、メアリーが叫んだ。

「ワイン!」

 メアリーの声と同時にガルフが吹き飛ばされたかと思うと、テーブルから無数のフォークやナイフ、そして開始の合図となった金串までがガルフに向かって猛烈な速度で飛び、彼を壁に磔にした。
 身動きが取れなくなったガルフを見てコルドが大笑いしながら手を叩く。

「さすがはメアリー、母さんそっくりだ! 見事見事!」

 自分の息子が危機に陥ったというのに娘の凄技に大喜びするコルド。するとメアリーが勝ち誇った顔で言った。

「これは私達の試練なんでしょ? だったら私が手を出しても問題無いわよね」

 ガルフの顔が蒼ざめる。まさかメアリーがこれほどの使い手とは。ドラゴニアで父から聞いた母の恐ろしさを思い出し、ぞっとしながら磔状態から逃れようとじたばたしてみるが、ナイフやフォークは壁に深々と突き刺さり、抜ける気配が全く無い。

「さあワイン、やっちゃってちょうだい! あ、お兄ちゃん、一応言っとくけど、ワインは竜の力を使って無いからね」

 メアリーが風の力を使ったが、ワインは竜の力は使っていない。だからガルフとの取り決めは破られていないというのが彼女の言い分だった。『やっちゃって』と言われたワインがガルフにゆっくりと迫る。

「こりゃ一本取られちゃったかな……」

 動けないガルフは負けを覚悟した。ワインはガルフの目の前まで来ると、何を思ったか剣を置き、フォークやナイフを壁から抜いてガルフを自由にすると剣を取り、構え直した。

「すみません、邪魔が入ってしまいました。さあ、仕切り直しです」

 ワインの言葉を聞き、ガルフは満足そうに笑った。

「六十点。ギリギリ合格だ」

「六十点? ギリギリ合格?」

 わけがわからずキョトンとしながらワインがオウム返しで聞くとガルフは惜しそうな顔で付け加えた。

「あのまま俺を倒していたら八十点……取り決めを破って竜の力を借りて俺を倒したなら八十五点ってとこだったんだけどね」

 益々わけがわからないといった顔のワインにガルフは説明した。

「つまり、どんな手を使ってでもメアリーを守って欲しいという事だ。たとえ自分が卑怯者の汚名を被ることになっても。あるいはバードリバーの民の前で竜の姿になってでもな」

 それはガルフの兄としての素直な気持ちだった。

「俺は最初っから反対はしないって言ってただろ? お前が諦めない限り合格は決まってたんだ。メアリーの事、頼んだぜ」

 あの甘かったガルフがそんな事を言うとは、驚くデュークだったが、メアリーの為に竜の逆鱗を手に入れようと単身でドラゴニアに乗り込んで来たことを思い出し、くすっと笑った。

「妹君の事になると相変わらず無茶を仰る人ですね」

 そんなデュークに気付いたのか、ガルフは初めてドラゴニアを訪れた時の事を語り出した。ティアに無茶だと言われたこと、そしてデュークに将来王の座に着く者として大切な事を教えてもらったことを。

「私はそこまでキツい事は言ってませんけどね。ともかく、これからはメアリー様の事はワイン様にお任せして、ガルフ様はティア様をよろしくお願いしますよ」

 ドラゴニアの騎士として『どんな手を使ってでも』と言う点に抵抗があったのだろう、デュークは苦笑した。

「さあ、父上殿に報告だ!」

 ガルフはワインと肩を組み、二人の王の下に進んだ。

しおりを挟む

処理中です...