阿修羅王の息子、人間界へ行く

すて

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第一話 釈迦如来と阿修羅王

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「最近若者の自殺者が激増して困ってるんですよ」
 閻魔大王は釈迦如来に相談を持ちかけた。

「虐めを苦にしてってやつですか。親より先に死ぬのは最大の親不幸だということで、賽の河原で石積みをさせてはいるのですが、幼子よりも中高生の方が多い賽の河原というのは異常な光景でして……」

 閻魔大王の話を聞き、心を痛めた釈迦如来は仏法の守護神である天竜八部衆の一人である阿修羅王を呼びつけた。

「おお阿修羅王、すまんな、急に呼びつけて」
「いや、構いませんよ。あなたのおかげで今の私があるのですから」

 阿修羅王には舎脂という溺愛する娘がいた。そして、帝釈天に嫁にもらって欲しいと思っていた。だがしかし、帝釈天はたまたま見た綺麗な娘を掻っ攫い、無理やり自分の嫁に娶った。

 実はこの娘こそが舎脂だったのだが、それを知った阿修羅王はブチ切れ、帝釈天との長きに渡る戦いが始まったのだが勝つことはできなかった。それどころか出会い方はともあれ舎脂が帝釈天と仲睦まじい夫婦になったというのに帝釈天を許せず、いつまでも戦いを挑んだ阿修羅王が悪だとみなされ天界をから人間界と畜生界の間に加えられた修羅界に追いやられてしまった。

 そして長きに渡って修羅界で終わりなき闘争を繰り広げていた阿修羅王だったが、釈迦如来の教えに心を打たれ、仏法の守護神となったのだった。

「それで今日はいかがなさいましたか?」
 阿修羅王が尋ねると釈迦如来は困った顔で閻魔大王から聞いた賽の河原の異常事態、そして人間界の困った現状について話した。

「わかりました。では、人間界に行って、馬鹿な人間共をぶっちめて参ります」
 釈迦如来を困らせるヤツは容赦しないといった顔で、今すぐ人間界に殴り込まんばかりの勢いの阿修羅王。釈迦如来は慌てて止めた。

「これこれ、少しお待ちなさい」
「はい。いかがなさいましたか?」
 釈迦如来に止められ、不思議そうな顔の阿修羅王に釈迦如来は言った。
「阿修羅王、貴方には息子がいましたね」
「ああ、ラーフのことですね」
「今回はお前ではなく、ラーフ君に行ってもらいたいのだよ」

 釈迦如来の言葉に阿修羅王は少し困った顔となった。
「ラーフをですか? アイツは身体こそ少しばかりデカくなりましたが、頭の方はまだまだ子供で…… 釈迦如来様のご期待に沿えるとは思えませぬが……」
「ふふふ……闘神阿修羅王もやはり親ですね。舎脂の為に帝釈天に戦いを挑んだ頃を思い出しますよ」
「釈迦如来様、その話はご勘弁を」
 釈迦如来の言葉に顔を赤らめる阿修羅王。だが、釈迦如来はそんな阿修羅王を見て、嬉しそうに言った。
「いえいえ、いくら娘の為とは言え、あの帝釈天に戦いを挑むなんてなかなか出来ることではありません。私はあなたの『娘に対する父の愛』を感じましたよ」
「もったいないお言葉です、恐れ入ります」

 釈迦如来は随分と阿修羅王のことを買っているようで、恐縮するばかりの阿修羅王。釈迦如来は諭すように言った。
「そんな手の付けられない暴れん坊だったあなたも色々な経験を積んで成長し、今では守護神としての努めを立派に果たしてくれてるでしょう? 今回、人間界で起こっている問題を解決することでラーフ君はひとつ成長する。私はそう思うのですよ」
「そうですか。釈迦如来様にそこまで仰っていただけるのでしたら……ラーフに勉強をさせて参ります」
 息子のラーフを人間界に遣わせる決断をした阿修羅王の気持ちを案ずるように釈迦如来は優しい言葉をかけた。
「息子を人間界に遣るのはさぞ心配なことでしょう。ですが『可愛い子には旅をさせよ』という言葉もありますから」
 だが、阿修羅王は首を横に振り、不安げな声で言った。
「いえ、私はラーフのことが心配なのでは無く、人間界が心配なのです……ラーフがとんでもないことをしでかすのではないかと」
「大丈夫ですよ、ラーフ君なら。あなたの、阿修羅王の息子なのですから」
 阿修羅王を安心させるように言う釈迦如来だが、こればかりは敬愛する釈迦如来の言葉をもってしても阿修羅王の不安を払拭することは出来なかった。

   ***

 釈迦如来の元を離れ、修羅界に戻った阿修羅王は早速息子のラーフに言った。

「ラーフ、人間界に行ってこい」
「はあっ? 人間界に? 俺が? なんで?」
 なんの前振りも無く一方的に言われ、不満げに言うラーフ。阿修羅王は釈迦如来から聞いた人間界の現状を説明し、強く言った。

「釈迦如来様がお前に任せれば大丈夫だと期待しておられるのだ。
 父、阿修羅王が釈迦如来に心酔していることを良く知っているラーフは、釈迦如来が絡んでいる以上、何を言っても無駄だと悟り、渋々返事をした。
「わかったよ。とりあえずバカな人間をぶっちめりゃ良いんだろ?」
「バカ者! 釈迦如来様がそんなことを望むわけが無いだろうがっ!」

 ラーフが言ったことは数刻前に阿修羅王が釈迦如来に言ったことと同じだ。だが、阿修羅王は自分のことは棚に上げ、ラーフに偉そうに言った……まあ、親なんてそんなものだろう。
「力で抑え込むんじゃ無ぇぞ。バカな人間の心を入れ替えさせるんだ」
「そんなの俺に出来る訳無ぇじゃないか。釈迦如来じゃあるまいし」
 難しいことを言う阿修羅王にラーフは腹立たしげに言い返した。すると次の瞬間、阿修羅王の目が座り、ドスの効いた低い声がラーフの耳に飛び込んだ。

「ああっ? お前、今何つった?」
「あ……如来様、釈迦如来様!」
 ラーフの口からポロっと出た一言が阿修羅王の逆鱗に触れたようだ。慌てて言い直したラーフに阿修羅王は恫喝するように言った。
「だろ? 釈迦如来様を呼び捨てにするなんざ言語道断だよな」
 阿修羅王の迫力にラーフは黙ってコクコクと頷くしかなかった。

「まあ、昔は俺も全てを腕ずくで解決しようとしてた。だがな、釈迦如来様に出会って俺は変わったんだ。そんな俺の息子なんだ、お前なら人間界に行って問題を解決することで大きく成長出来る。釈迦如来様がそう仰ってるんだ。
 力技で解決するのでは無いと言われ、自分には無理だと言うラーフを諭すように阿修羅王は言った。
「そんなもんかなぁ? まあ、なんにせよ釈迦如来様が行けと仰ってるんだから、俺は行かなきゃならないんだよな」

 ラーフが諦めたように言うと阿修羅王は大きく頷いた。
「釈迦如来様の期待を裏切らないようにしっかりやって来るんだぞ。
「わかったよ。で、俺は人間界のどこへ行けば良いんだよ?」
 ラーフが尋ねたが、阿修羅王は釈迦如来から具体的な指示は聞いていない。
「何も考えなくて良いんだよ。導かれるままに進み、自分の感じた通りに行動すればそれで良い……って釈迦如来様が仰ってた」

 阿修羅王の苦しい回答にラーフは溜息しか出なかった。
「……はぁ、何やわからないけど、釈迦如来様がそう仰るのならなんとかなるだろうな。じゃあ、行ってくるわ」
「おう、お前なら大丈夫だ。あ、人間界での生活は不自由のないようにしておくって釈迦如来様が仰ってたから安心して行ってこい」

 こうして阿修羅王の息子ラーフは釈迦如来の期待に応える為、人間界へと旅立ったのだった。

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