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枯れるために咲く
4話「メシア登場!」
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下校時刻を告げるチャイムで目が覚めた。泣くことに体力を使いすぎて、いつの間にか寝ていたようだった。不思議なことに、いすに座って居眠りをしていた。いつの間に移動したのだろう。
「起きた?そろそろ下校しないとだよ。」
急に後ろから声をかけられて、「ふひゃあ!」と間抜けな声が出た。声の主はそれを無視して、私の前に移動してきた。目が隠れそうなくらい長い前髪と黒縁の眼鏡が印象的な、おとなしそうな女の子だった。
「あと5分して起きなかったら私が起こしてたよ。」
「ごめんなさい、誰ですか。」
せめて「どなた」だろ、と言ってから思った。細かい言葉遣いができなくなるほどに、私は疲弊していた。その女の子は気にする素振りも見せずに答えた。
「3年D組の天野才花です。よろしくね。」
言葉を疑った。失礼な話、とても先輩には見えない。身長は私と大して変わらないし、声も多分私より高い。私まだ声変わりしてないよ?ていうか、「よろしくね」ってなに?これからも関わりを持とうとしてるってこと?しばらくは人と関わりたくないんだけどな。そもそも、何でここにいるの?いつからいるの?何から聞けばいいかわからずに困っている様子を見て、才花さんは言った。
「ごめん混乱してるよね。えっと、私がここにいるのは教室から泣き声が聞こえたから。気になったから様子を見に行ったら、あなたがいたの。私に全く気付かずに泣いているから、よっぽどのことがあったんだと思って、そっとしておいたんだけど。そしたらあなた寝ちゃったのよ。起こすのもかわいそうだから、椅子に座らせて、自然に起きるのを待ってたの。」
私が椅子で寝ていた謎が解けた。それにしても、床から椅子に動かされてなお爆睡とは恥ずかしい限りだ。それにしても・・・。3年生ということは受験生だ。しかも今は3学期序盤で、追い込みの時期だろう。そんな時にも知らない他人を気遣える才花さんは、とても優しい人なのだろう。けれどやっぱり、しばらくは1人にして欲しかった。
「そうですか。迷惑をおかけしました。そろそろ帰らないとですよね。失礼します。ありがとうございました。」
「ああ待って!ねえ、この紙に心当たりは?教室のドアに貼ってあったの。」
そういうと才花さんは、一枚の付箋を取り出した。その紙には、バランスの整わない歪な字でこう書かれていた。
”気になるなら調べてみなよ!
もしかしてイっちゃった?男に体売りすぎて敏感なのかな?ダメだよ、ちゃんと我慢しないと早漏しか相手にならないじゃん。”
心当たり、なんてものではない。私にとって最悪な人が今日の去り際に残したあの台詞だ。でも、何と答えればいいだろう。素直に肯定して良いものか。迷っていると才花さんは続けた。
「あるんだ。ねえ、まだ言葉の意味は調べてないよね。」
沈黙は肯定、ということか。もう考えることも面倒で、私は素直に答えることにした。
「はい。ほんとに最悪のことを言われてるのはわかるんですけど、意味はわからないです。”イく”もGoなのかSayなのかって感じで。」
「そっか、よかった。調べる必要ないし、不愉快だからこれ捨てちゃうね。」
「はい、お願いします。あのそろそろ私ー」
「ああそうだね、帰ろうか。ごめんね、引き止めちゃって。下駄箱まで一緒に行こう。」
私たち下駄箱まで無言で歩いた。上履きから靴に履き替え、別れの挨拶をしようとしたとき、再び才花さんが話しかけてきた。いつの間にか才花さんはピンで前髪を止めていた。目が露出されると、ガラッと印象が変わった。キリっとした釣り目から放たれる鋭い眼光は、十分に先輩としての圧を感じさせた。
「ねえ。そいつ頭いいね。」
声を聴いて人が変わったのかと思った。さっきまでは高くて幼いアニメ声だったのが、冷徹ささえ感じさせる抑揚のない落ち着いた声になっていた。全く声色の違うキャラクターの声優が同じだと知った時の衝撃に似ていた。今の才花さんはなんだか刑事みたいだ。
「そいつって誰ですか。」
「決まってるよ。付箋を残したやつ。ねえ、なんでわざわざあなたに・・・。そういえば、名前聞いてなかったか。教えてもらってもいいかな。」
「春野華です。」
「綺麗な名前だね、桜を連想させる。ねえ華ちゃん。なんでわざわざ、そいつは華ちゃんが意味を知らない言葉を選んだのかな。」
「意味があるんですか。パッと思いついた言葉を言っただけだと思いますけど。」
「多分、違う。華ちゃんを2回傷つけるためだよ。1回目は直接その言葉を言われたとき。2回目は言葉の意味を調べたとき。だからそいつは、教室に自分の言葉を付箋で残したんだ。意味を知らなくて印象に残りずらい言葉を、華ちゃんが忘れてしまってもいいようにね。」
「そんな、意図的にそんなことできますか。私がその言葉の意味を知ってるか知らないかなんてわかりますか。」
「まあ、完全に把握することは不可能だろうけど確率を高めることはできるよ。性的な知識とかは特にわかりやすい。そいつは普段から華ちゃんのことを観察してたのかも。保健体育の授業の様子とかね。さっきの付箋も利き手とは逆で書かれてた。筆跡を残さない為かな。ほんっとに心の底からに不愉快だ。なんで人を苦しめることに対してここまで頭脳を働かせることができるのか、理解できない。」
怒りでだんだんと声が震える才花さんを見て、私は感心していた。確かにAさんは頭がいいかもしれないけれど、あの1枚の付箋から色々推理できる才花さんだって、負けないくらい凄いではないか。才花さんは優しくて、頭が良くて、今日会ったばかりの人のために怒れる人だった。この人が味方に付いてくれることで、私は少しだけ救われた気がした。
「起きた?そろそろ下校しないとだよ。」
急に後ろから声をかけられて、「ふひゃあ!」と間抜けな声が出た。声の主はそれを無視して、私の前に移動してきた。目が隠れそうなくらい長い前髪と黒縁の眼鏡が印象的な、おとなしそうな女の子だった。
「あと5分して起きなかったら私が起こしてたよ。」
「ごめんなさい、誰ですか。」
せめて「どなた」だろ、と言ってから思った。細かい言葉遣いができなくなるほどに、私は疲弊していた。その女の子は気にする素振りも見せずに答えた。
「3年D組の天野才花です。よろしくね。」
言葉を疑った。失礼な話、とても先輩には見えない。身長は私と大して変わらないし、声も多分私より高い。私まだ声変わりしてないよ?ていうか、「よろしくね」ってなに?これからも関わりを持とうとしてるってこと?しばらくは人と関わりたくないんだけどな。そもそも、何でここにいるの?いつからいるの?何から聞けばいいかわからずに困っている様子を見て、才花さんは言った。
「ごめん混乱してるよね。えっと、私がここにいるのは教室から泣き声が聞こえたから。気になったから様子を見に行ったら、あなたがいたの。私に全く気付かずに泣いているから、よっぽどのことがあったんだと思って、そっとしておいたんだけど。そしたらあなた寝ちゃったのよ。起こすのもかわいそうだから、椅子に座らせて、自然に起きるのを待ってたの。」
私が椅子で寝ていた謎が解けた。それにしても、床から椅子に動かされてなお爆睡とは恥ずかしい限りだ。それにしても・・・。3年生ということは受験生だ。しかも今は3学期序盤で、追い込みの時期だろう。そんな時にも知らない他人を気遣える才花さんは、とても優しい人なのだろう。けれどやっぱり、しばらくは1人にして欲しかった。
「そうですか。迷惑をおかけしました。そろそろ帰らないとですよね。失礼します。ありがとうございました。」
「ああ待って!ねえ、この紙に心当たりは?教室のドアに貼ってあったの。」
そういうと才花さんは、一枚の付箋を取り出した。その紙には、バランスの整わない歪な字でこう書かれていた。
”気になるなら調べてみなよ!
もしかしてイっちゃった?男に体売りすぎて敏感なのかな?ダメだよ、ちゃんと我慢しないと早漏しか相手にならないじゃん。”
心当たり、なんてものではない。私にとって最悪な人が今日の去り際に残したあの台詞だ。でも、何と答えればいいだろう。素直に肯定して良いものか。迷っていると才花さんは続けた。
「あるんだ。ねえ、まだ言葉の意味は調べてないよね。」
沈黙は肯定、ということか。もう考えることも面倒で、私は素直に答えることにした。
「はい。ほんとに最悪のことを言われてるのはわかるんですけど、意味はわからないです。”イく”もGoなのかSayなのかって感じで。」
「そっか、よかった。調べる必要ないし、不愉快だからこれ捨てちゃうね。」
「はい、お願いします。あのそろそろ私ー」
「ああそうだね、帰ろうか。ごめんね、引き止めちゃって。下駄箱まで一緒に行こう。」
私たち下駄箱まで無言で歩いた。上履きから靴に履き替え、別れの挨拶をしようとしたとき、再び才花さんが話しかけてきた。いつの間にか才花さんはピンで前髪を止めていた。目が露出されると、ガラッと印象が変わった。キリっとした釣り目から放たれる鋭い眼光は、十分に先輩としての圧を感じさせた。
「ねえ。そいつ頭いいね。」
声を聴いて人が変わったのかと思った。さっきまでは高くて幼いアニメ声だったのが、冷徹ささえ感じさせる抑揚のない落ち着いた声になっていた。全く声色の違うキャラクターの声優が同じだと知った時の衝撃に似ていた。今の才花さんはなんだか刑事みたいだ。
「そいつって誰ですか。」
「決まってるよ。付箋を残したやつ。ねえ、なんでわざわざあなたに・・・。そういえば、名前聞いてなかったか。教えてもらってもいいかな。」
「春野華です。」
「綺麗な名前だね、桜を連想させる。ねえ華ちゃん。なんでわざわざ、そいつは華ちゃんが意味を知らない言葉を選んだのかな。」
「意味があるんですか。パッと思いついた言葉を言っただけだと思いますけど。」
「多分、違う。華ちゃんを2回傷つけるためだよ。1回目は直接その言葉を言われたとき。2回目は言葉の意味を調べたとき。だからそいつは、教室に自分の言葉を付箋で残したんだ。意味を知らなくて印象に残りずらい言葉を、華ちゃんが忘れてしまってもいいようにね。」
「そんな、意図的にそんなことできますか。私がその言葉の意味を知ってるか知らないかなんてわかりますか。」
「まあ、完全に把握することは不可能だろうけど確率を高めることはできるよ。性的な知識とかは特にわかりやすい。そいつは普段から華ちゃんのことを観察してたのかも。保健体育の授業の様子とかね。さっきの付箋も利き手とは逆で書かれてた。筆跡を残さない為かな。ほんっとに心の底からに不愉快だ。なんで人を苦しめることに対してここまで頭脳を働かせることができるのか、理解できない。」
怒りでだんだんと声が震える才花さんを見て、私は感心していた。確かにAさんは頭がいいかもしれないけれど、あの1枚の付箋から色々推理できる才花さんだって、負けないくらい凄いではないか。才花さんは優しくて、頭が良くて、今日会ったばかりの人のために怒れる人だった。この人が味方に付いてくれることで、私は少しだけ救われた気がした。
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