11 / 21
異世界編
小西 7話
しおりを挟むいつの間に着替えさせてくれたのか、脱獄時に着用していた緑の作業服では無く、さらさらとした質感の白色の衣類を手早く脱いでいく。
「脱いだな。魔力は感じれるか?」
服を脱いでも、体を包む柔らかな感覚は無くならなかった。いや、服を着用している時よりも強く感じる。この感覚の為に服が邪魔だったのか。
「何かに、包まれてる感じがします」
「目に集中して、力を入れろ。目の回りに魔力が集まるイメージだ」
言われて目に集中してみるが、顔が強張るだけで、体を包む物を操るのは無理だった。粘土の様な質感の魔力を、首あたりから伸ばそうと意識すると、千切れそうな感覚がしたがそれでも、無理矢理に目に力を入れた。
「よし、とりあえずはそれでいい。次は目を凝らして俺を見て、魔力を存在する物として視認しろ」
顔と目に力を入れ過ぎて、頭が熱く感じた。視界も霞み、度が合っていない眼鏡を通した様な視界の中で、アルマさんの体を透明な「何か」が、覆っているのを視認できた。
良く見ると周りの空間とは違い、魔力だけが微妙に揺らいでいる。まるで蜃気楼(しんきろう)の様だ。
「少し強くするぞ」
言葉と同時にアルマさんを纏う蜃気楼が、力強く、先程よりもよりも密度が増している様に見えた。
「見えました、まだ周りは霞んでますけど」
見えたのは良いが、頭の熱さは痛みに変わり、力が体のどこかから抜けていく、独特の脱力感を感じていた。
「よし、楽にしろ」
その声と共に力を抜くと、膝に鈍い痛みを感じた。自分が膝を付いて肩で息をしているのに、ようやく気付く。
「おー、こりゃ前途多難かもしれませんねえ」
「コニシ、お前は相当に不器用だ。遠距離でのスタイルは諦めた方がいい」
器用な方ではないと、自覚はしていたが改めて言われると、何とも言えない心境になる。
これで本当に力になれるのだろうか?
「魔力量は多い方ですね。ここから伸びるなら、いくらでも幅は広がりますよ。落胆しないで下さい」
ロキさんがこちらを気遣うのが窺えたが、それに返す余裕が無かった。汗は吹き出し、呼吸を限界まで止めていた様に、心臓が暴れている。
「今日お前を見て感じたが、一度に放出できる魔力の限界値が高い。威力に偏った使い方をすれば、化けるかもしれんな」
「まあ【発現】もまだですけど、近距離で特化した方が現実的ですね」
また聞き慣れない単語が出てきたが、反応した方がいいのだろうかと迷っていると、ロキさんと目が合った。
「発現ってのは、その人だけの固有能力です。僕で言うと、人の魔力を吸収する事ができます。色々と制限があるし、目立たない発現ですけど、今回のコニシ君の様に、魔力熱へ効果的だったりと案外気に入ってるんですよ」
地味ですが、と最後に言ったロキさんはアルマさんをチラリと見た。
「俺の発現は」
アルマさんはそう言い、掌を突き出すと銀色に鈍く光る、鉄の様な物が握られていた。
「質量を無視して、鉄を操れる」
アルマさんの手が、淡く灰色に光りを放つと、一瞬の内に小柄なアルマさんを包む、鉄の玉となった。
その光景に目を見張っていると、鉄の玉が水銀を思わせる動きで、盾になり、西洋剣になり、次々と様々な形になってみせた。
「元の質量を無視した変化は、俺の魔力無しではすぐに元に戻るが、質量内の変化なら維持できる」
そう言い終えたアルマさんの手には、雀の様な小鳥の鉄模型が乗っていた。愛らしいフォルムと、アルマさんの気難しそうな顔が、絶望的に馴染んでいなかったが、さも当然の様に近くの小机に小鳥を置いた。
「僕等二人の発現は結構珍しい方ですよ。戦闘向きで無いものを、発現する人も多いですしね。他には昔から伝わる療法魔法等がありますが、それは専門的な物なんで、今は良いでしょう」
この摩訶不思議な力を、俺が使えるのだろうか?もはや目の前の光景を疑う事が、ひどく馬鹿らしく思えた。
「発現は鍛練や魔力の扱いに慣れると、自然に使い方が理解できる人と、幼き頃から当然の様に、使えている人がいます。例外として」
ロキさんはチラリと俺を見た。
「何かのきっかけで、使える様になる人がいます。言い方を変えると、きっかけが無ければ発現できない人ですね。発現しない人もいますが、そういった人は療法や肉体的な強化が、得意だったりします」
「俺が発現するとしたら、どれだけの鍛練や期間が必要でしょうか?」
「個人差があり過ぎて、何とも言えませんね」
話を聞いていると、発現が個人の価値を決める様に思えた。
「発現に拘り過ぎたり、頼りすぎては早死にすると昔から言われてるくらいですから、自身の発現よりも魔力の扱いを、鍛練した方が良いと思いますよ」
そうロキさんは言ったが、俺は生まれた時からこの世界で生活している訳ではない。魔力に今関わった人間と、赤子の時から関わっているのでは、スタートが違い過ぎる。
死ぬ訳にはいかない。ならば、死なない為の努力が俺には必要だ。
「壷鬼の討伐まで半年」
アルマさんがそう呟き、闘志を燃やした瞳で俺を見ている。
「次は、成功させなければならん。命を散らした同志鬼に怯える生活を、そこで断つ」
アルマさんの言葉は、重かった。「死」を身近に置く人間の心の声に、今まで触れた事が無い俺に受け止める事ができるだろうか──
「コニシ」
俺の心が揺れるのを感じたのか、アルマさんは目を閉じて一つ息を吐いた。
「服はもう着ていい」
「すいません」
それからは、ロキさんがまた明日顔を見せると言い残して去った後、アルマさんも体調が悪くなれば誰かを呼べと言い、退室していった。
涼子の事はどうするべきか──
話を聞く限りでは、俺にも少しは助けになれる可能性がある。しかし、記憶はどうなっている?
仮に涼子の記憶の中に、俺に関する事が残っている状態ならば、先日のあの反応は明らかに俺を避けている。
しかし記憶が奪われた状態ならば、単に理解のできない言葉を喋る男だと、思われている可能性がある。
どちらにせよ、俺の素性や涼子との関係については、慎重にならなければならないだろう。
それに、どうであろうと目的は揺るがない。
どんな手を使っても、壷鬼を殺す──
人を殺めた事も無く、この世界の戦闘手段であろう魔力も満足に扱えない俺が、鬼に殺意を抱いているのをこの世界の人間が聞いたら、鼻で笑うだろうか──
トントン──
控え目なノックの音が、保つ術をまだ持たない殺意を散らせる。
初めてこの世界での言葉で応じると、扉がゆっくりと開いた。
「昼食です。体調が大分回復されたと聞きましたから、粥を固めにしました」
扉を開けて訪れたのは、涼子だった。
透明感のある声も、相手を気遣う些細な仕草も、コンプレックスの琥珀色の瞳も、何もかもが涼子だ。
「あ、顔色が良くなっていますね。アルマさんがすごく心配していましたよ」
喉まで上がってきた、情けない数々の謝罪の言葉を辛うじて飲み込む。
涼子は、俺に関する記憶も奪われている──
ならば、今はそのままでいいじゃないか。本当の俺との関係を明かしても、頭のおかしい人間だと思われるだけだ。
嫌われるのは、記憶を取り戻してからでいい。
「お陰様で、大分良くなりました」
駄目だ、会話が続かない。会いたいと願っていたのに、会って動揺してどうする。
「あ、言葉」
涼子は目を少し見開き、こちらを見ていた。
「言葉、話せるんですね。この前はすいません。知らない言葉だったから、びっくりしちゃって」
「いえ、こちらこそすいません。まだ違和感は少しありますけど、何とか会話できる様になりました」
「いい人、ですよね。アルマさんも、ロキさんも。私も、アルマさんに助けられたんです。今もお世話になりっぱなしなんですけど」
あ、鳥さん、と小机に置かれたアルマさんの作った、鉄の小鳥を見て微笑む涼子を見ていると、胸が裂けそうになる。
「あの、良かったら聞かせてもらえませんか。名を奪われた事」
「あ、そっか。討伐に参加されるんですね。壷鬼については、気付いたら必死に逃げてて、分からないんです。すいません」
「では、鬼についてじゃなく、記憶について聞いても良いですか?」
涼子は悲しそうに、鉄の小鳥を撫でる。
嫌な事を思い出させてしまったか。
「私は結構珍しいみたいで。名前を全部取られちゃったから、自分の事ほとんど分からないんです。分かるのは、アルマさんに対して感謝の気持ちを持っている事ぐらい。でも、何となくお世話になってたのかなって思うんです」
ほら、アルマさんいい人だから、と言う涼子を見て胸が騒ぎ立てる。
涼子が何をしたんだろうか。
名前と記憶の全てを奪われる程の何かを、涼子が──
「あ、後このネックレスを見るとすごく安心するんです。何か守られてるって言うか、これがあると大丈夫、頑張ろうって思えるんです」
まだ、持っていたのか──
俺が露店で適当に買った指輪を誕生日に渡すと、嬉しそうにサイズが合う指を探す、幼い涼子の姿が脳裏にちらつく。
(ネックレスにしようかな)
大人ぶった涼子が、自慢気にリングの間にチェーンを通しているのが鮮明に脳裏に映る。
(ごめんね)
ズタズタに引き裂かれた服で、家に帰って来た涼子の姿が胸を焼けつかせた。
憎い──
何故、いつも涼子ばかりが──
何故、涼子の名を奪う──
何故、涼子から何かを奪う──
「あ、あの! 大丈夫ですか?」
気付くと涼子の顔が近くにあり、冷水を浴びせられた様に頭が冷えた。
どんな顔をしていた? 怖がらせてはいないだろうか?
「よかった、すごい魔力でしたよ。びっくりしちゃった。また、体調が優れませんか?」
「すいません、まだ少し目眩がします。辛い事を聞いてしまって、申し訳無い。少し休んでから、昼食頂きます」
「あ! そうだ、冷めちゃいますよね。すいません、お喋りで」
「いえ、何かすっきりしました。ありがとうございます」
「ほんと、大丈夫ですか? 何か私に出来る事とか」
「大丈夫です。あ、それじゃあ良かったら、また喋り相手になって下さい」
そう、大丈夫──
「私で良ければ、喜んで! 早く良くなって下さいね。じゃあ、ほんとに冷めちゃうんで失礼します」
何も心配ない──
「ありがとうございます、頂きます」
俺が全部、奪い返してやる──
下半身に熱を感じて、おかしいと座っていた寝具を見ると黒く焼け焦げていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る
ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。
異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。
一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。
娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。
そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。
異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。
娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。
そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。
3人と1匹の冒険が、今始まる。
※小説家になろうでも投稿しています
※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!
よろしくお願いします!
祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活
空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。
最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。
――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に……
どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。
顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。
魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。
こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す――
※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います
町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる