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恋愛未満
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「この程度の事も出来ないのか!!」
職場に響く怒号。
ある程度の規模の職場ならどこでも一人はいるパワハラ上司。
今日もとある会社の部署で一人の新人が槍玉にあげられている。
新人の名は鈴村香奈。コンコンと説教という名のパワハラを受けている彼女は俯き、しかし上司を見上げる瞳は鋭く睨んでいた。
対して上司の名は斎藤賢治。この香奈が所属する部署の部長である。彼は与えられた役職を良い様に使い、部下を叱る事で優越感を得ていた小物だ。因みにもうすぐ四十になろうというのに未だに独身である。
フロア内の人間がハラハラ見守る中、香奈は持っていた書類の束を賢治のデスクの上にバン!と叩き置いた。
「いえ。全て出来ています。次の仕事をください」
泡を食ったのは賢治である。
何せこの賢治という男は出来ないと思う量をわざと香奈に課していたからである。
「な、何だとっ、そんなばかな……くぅ……揃っている……」
愕然と項垂れ白旗を上げたのは新人たる香奈ではなく賢治の方だった。
そこで沸き起こる拍手喝采。
本来パワハラ上司を持つ部署というのはどこか張り詰めた暗さを持つが、ことこの部署においては違った。
なんて事はない、この光景は香奈がこの部署に配属されてから毎日の様に繰り返されたものであるゆえ、もはや名物となっていたのである。
「お前なぁ、もう少し加減を覚えたらどうなんだ」
気を取り直した賢治は、憮然とした顔で提出された書類を素早く確認し、問題が無いと判断するなりトントンと乱れた束を綺麗に揃えた。
「仕事に加減も何もありません。次の仕事ください」
「だから。そうやって納期前に何でも片付けてくれるから今はこれといったものはないんだよ」
「知りません。勤務時間中は仕事をしたいです。仕事をください」
「お前は時間外も仕事をしてるだろうが。休憩時間中はしっかり休め。休息も仕事の内だ」
香奈が来るまでは嫌なパワハラモラハラ上司として嫌われまくっていた賢治だが、余りにも常識外れなワーカーホリック振りを発揮する香奈に、どんどんと心配は募り、事ある毎に気にする様になってしまった。
香奈の心身の健康を気にする余り、他の部下に対しても以前の様なパワハラをしなくなっていた。お陰でフロア内の空気は穏やかになり、むしろ二人の行く末を生暖かく見守る風潮が根付きつつあった。
「仕事をしていた方が落ち着きます。仕事ください」
「だから無いと言っているだろうが。って、おい」
頑なに仕事を要求する香奈だったが、その顔色を見た賢治は何かに気付いて眉根を寄せた。
「何でしょう。仕事をくれますか」
「今日の昼は何を食った」
「……個人情報です。黙秘を主張します」
目を眇めて問い詰める賢治に、香奈はここで初めてギクリと肩を強張らせた。
視線をすいっと横に流し、少しづつ後ろに下がって行く。
「抜かしたな?」
「黙秘です。仕事が無いなら書類整理しています。失礼します」
椅子から立ち上がった賢治。デスクに手を置いて身を乗り出す。
間近に迫った部長の顔に、香奈は脂汗を掻いてくるりと背を向けた。
右手と右足を同時に出す程の狼狽え振りを発揮した香奈は、直後に肩を掴まれた。働き盛りの男の力は強い。香奈は前に進めず、それでも諦め悪く足を動かし続ける。
「やめてくださいセクハラですよ」
「そうか。苦情は飯を食ってからだ」
「持ってきてません」
「おいコラ。初めから食う気なかったな!?」
「ご飯食べてる時間があるなら仕事したいです。離してください仕事します」
「いいやダメだ。今すぐこの弁当を食え!食い終わるまで他の仕事をする事を部長権限で禁止する!」
「!?そんな横暴な!」
「仕事したけりゃさっさと食い終わる事だな」
こうしてフロア内の人達に見守られながら香奈は賢治にドナドナされていった。
一方残された人達は。
「はあー。今日も凄かったね」
「あれって部長の手作りでしょ?」
「そうそう!鈴村さんの栄養管理の為に手ずから栄養力学を学んで作ってるらしいよ」
「良いな~。パワハラさえなければ部長って良い男なんだよね~」
「ホントそれ。私も部長の手作りお弁当食べたーい」
「あっは!無理無理。鈴村さんレベルの仕事中毒にならないと相手にされないって!」
「本当に鈴村さん来てから仕事楽よね~」
「でも部長じゃ無いけどあの中毒っぷりは心配になるわ」
「まあ、大丈夫でしょ」
「そうそう。あのパワハラ嫌味上司が今や鈴村さん専属の世話焼き女房になってるんだもんwww」
「にょうぼう(笑)」
「あ、知ってる?この間鈴村さん家行ったんだけど、物凄い生活能力無かった。ヤバいレベル。
あれ、部長が見たらほっとけないわ」
「まぢか」
「まー、あの二人だからねー。自覚無いだろうけど」
「「「さっさとくっつけば良いのに」」」
他人の恋愛未満事情で楽しく花を咲かせる女子社員達。
最後は仲良く異口同音に言葉を揃えるのだった。
職場に響く怒号。
ある程度の規模の職場ならどこでも一人はいるパワハラ上司。
今日もとある会社の部署で一人の新人が槍玉にあげられている。
新人の名は鈴村香奈。コンコンと説教という名のパワハラを受けている彼女は俯き、しかし上司を見上げる瞳は鋭く睨んでいた。
対して上司の名は斎藤賢治。この香奈が所属する部署の部長である。彼は与えられた役職を良い様に使い、部下を叱る事で優越感を得ていた小物だ。因みにもうすぐ四十になろうというのに未だに独身である。
フロア内の人間がハラハラ見守る中、香奈は持っていた書類の束を賢治のデスクの上にバン!と叩き置いた。
「いえ。全て出来ています。次の仕事をください」
泡を食ったのは賢治である。
何せこの賢治という男は出来ないと思う量をわざと香奈に課していたからである。
「な、何だとっ、そんなばかな……くぅ……揃っている……」
愕然と項垂れ白旗を上げたのは新人たる香奈ではなく賢治の方だった。
そこで沸き起こる拍手喝采。
本来パワハラ上司を持つ部署というのはどこか張り詰めた暗さを持つが、ことこの部署においては違った。
なんて事はない、この光景は香奈がこの部署に配属されてから毎日の様に繰り返されたものであるゆえ、もはや名物となっていたのである。
「お前なぁ、もう少し加減を覚えたらどうなんだ」
気を取り直した賢治は、憮然とした顔で提出された書類を素早く確認し、問題が無いと判断するなりトントンと乱れた束を綺麗に揃えた。
「仕事に加減も何もありません。次の仕事ください」
「だから。そうやって納期前に何でも片付けてくれるから今はこれといったものはないんだよ」
「知りません。勤務時間中は仕事をしたいです。仕事をください」
「お前は時間外も仕事をしてるだろうが。休憩時間中はしっかり休め。休息も仕事の内だ」
香奈が来るまでは嫌なパワハラモラハラ上司として嫌われまくっていた賢治だが、余りにも常識外れなワーカーホリック振りを発揮する香奈に、どんどんと心配は募り、事ある毎に気にする様になってしまった。
香奈の心身の健康を気にする余り、他の部下に対しても以前の様なパワハラをしなくなっていた。お陰でフロア内の空気は穏やかになり、むしろ二人の行く末を生暖かく見守る風潮が根付きつつあった。
「仕事をしていた方が落ち着きます。仕事ください」
「だから無いと言っているだろうが。って、おい」
頑なに仕事を要求する香奈だったが、その顔色を見た賢治は何かに気付いて眉根を寄せた。
「何でしょう。仕事をくれますか」
「今日の昼は何を食った」
「……個人情報です。黙秘を主張します」
目を眇めて問い詰める賢治に、香奈はここで初めてギクリと肩を強張らせた。
視線をすいっと横に流し、少しづつ後ろに下がって行く。
「抜かしたな?」
「黙秘です。仕事が無いなら書類整理しています。失礼します」
椅子から立ち上がった賢治。デスクに手を置いて身を乗り出す。
間近に迫った部長の顔に、香奈は脂汗を掻いてくるりと背を向けた。
右手と右足を同時に出す程の狼狽え振りを発揮した香奈は、直後に肩を掴まれた。働き盛りの男の力は強い。香奈は前に進めず、それでも諦め悪く足を動かし続ける。
「やめてくださいセクハラですよ」
「そうか。苦情は飯を食ってからだ」
「持ってきてません」
「おいコラ。初めから食う気なかったな!?」
「ご飯食べてる時間があるなら仕事したいです。離してください仕事します」
「いいやダメだ。今すぐこの弁当を食え!食い終わるまで他の仕事をする事を部長権限で禁止する!」
「!?そんな横暴な!」
「仕事したけりゃさっさと食い終わる事だな」
こうしてフロア内の人達に見守られながら香奈は賢治にドナドナされていった。
一方残された人達は。
「はあー。今日も凄かったね」
「あれって部長の手作りでしょ?」
「そうそう!鈴村さんの栄養管理の為に手ずから栄養力学を学んで作ってるらしいよ」
「良いな~。パワハラさえなければ部長って良い男なんだよね~」
「ホントそれ。私も部長の手作りお弁当食べたーい」
「あっは!無理無理。鈴村さんレベルの仕事中毒にならないと相手にされないって!」
「本当に鈴村さん来てから仕事楽よね~」
「でも部長じゃ無いけどあの中毒っぷりは心配になるわ」
「まあ、大丈夫でしょ」
「そうそう。あのパワハラ嫌味上司が今や鈴村さん専属の世話焼き女房になってるんだもんwww」
「にょうぼう(笑)」
「あ、知ってる?この間鈴村さん家行ったんだけど、物凄い生活能力無かった。ヤバいレベル。
あれ、部長が見たらほっとけないわ」
「まぢか」
「まー、あの二人だからねー。自覚無いだろうけど」
「「「さっさとくっつけば良いのに」」」
他人の恋愛未満事情で楽しく花を咲かせる女子社員達。
最後は仲良く異口同音に言葉を揃えるのだった。
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