獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

ごくらく、ごくらく~♪

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 梅雨空がまだ戻って来てはいないけど、雲がチラチラ見え始めたある日の事です。
 というより、温泉施設が完成した日の昼過ぎです。

 「タオルよーし。パンツよーし」

 三己が手元をめくり確認しています。

 「三己ブラシ忘れてるよ」

 リリがブラッシング用のブラシを持ってきてくれました。

 「あ!忘れてたー。ありがとー」

 三己は目を瞬かせてお礼を言います。

 「ふふ。これはこのまま私が持っていくわね」

 ブラッシングする気まんまんのリリが大事にタオルに包みました。

 「ほっほっほ。この年になっても温泉に入れるとわのう。
 三己には感謝じゃの」

 マイ風呂桶と石鹸まで持参してロキ医師が楽しく笑います。

 「他に温泉あるの?」
 「おー、山の裏手に地獄谷があっていくつか人が入れる温泉が湧いてんだー」
 「ほっほっほ。若い時分には良く湯治に行ったものじゃよ」
 「へー私もいつか行ってみたいな」
 「おー、いつでも案内するぞ」

 目をキラキラさせて想像を膨らませるリリに、三己はニカッと笑って尻尾を大きく一振りします。
 
 「でも今日は村お初の温泉施設にレッツらゴー♪」
 「おー♪」

 三己が元気よく腕を振り上げ、リリも合わせてガッツポーズをしました。

 温泉施設に着くと既に人だかりが出来ていました。
 小さな村の事なので噂が広まるのは一瞬です。
 皆手に手にタオルやら桶やらアヒルさんやらを持っています。

 「お、来た来た。
 三己皆開店を待ってんだ。さっさと鏡開きやっちまおうぜ」

 入り口で大工達が酒樽を前にして手招きしています。

 「にょははー。気持ちはわかるが情緒もへったくれもないなー」

 大工達や周りの期待に熱い視線に答える様に、ひょいひょいと前に向かって軽快に進み出ます。

 「でも三己もさっさと入りたいからー。
 温泉施設建設大作戦の成功を祝してー」

 先に控えていたロウ村長と一緒に木槌を構えます。

 「かーいてーん!ぱっかーん!」

 間が抜ける様な三己の掛け声に合わせて二人は木槌を落としました。
 酒樽の蓋がくしくも三己の掛け声と同じ音を立てて割れました。

 「よっしゃー!入るぜー!」
 「入って飲むぜー!」
 「やーね男って、もっと静かに楽しめないのかしら」

 バタバタと施設に入っていく男連中を横目に女性陣はしずしずとおしゃべりしながら中に入っていきます。
 もっともしずしずしているのは外面だけで、その足元は早歩きですので説得力はありません。
 それはそうでしょう。
 これまで温泉は山の裏まで出向かないといけなかったのですから。
 しかも鏡開きされたお酒は後で皆に配られるのです。
 今日しか楽しめない行事は今日楽しまなくてどうするというのでしょう。
 ちなみに子供達には特性のミックスジュースが配られます。

 「三己達も行くかー」
 「ええ」

 三己とリリも皆の後に続きます。
 ロキ医師とは浴室が別れるのでお別れです。

 「わー凄い脱衣場が整ってる!」
 「おー、(前世を参考に)一人一人に籠がいきわたる様に広めにしてあるんだ」
 「鍵棚式ではないのね」

 リリは以前入ったことのある共同浴場を思い出しました。
 そこでは盗難やトラブル防止の為に鍵棚を採用していました。

 「ん。ここじゃ鍵自体の意味がないからなー」

 何せ三己の結界によって悪い人はいません。
 しかしそんなことは露知らないリリは不思議そうに、不安そうに首を傾げます。

 「たしかにここの人達は皆良い人だけど……。
 よそから来た人の中には悪い人もいるんじゃない?」
 「ああ、リリは聞いて無かったか。
 この山には悪い奴が出入り出来ない結界が張ってあるんだ」
 「え?私は入れたわよ?」
 「?リリは良い子だろ」

 三己の何気ない一言は、自分を綺麗な人間だとは思っていないリリの胸に響きました。

 (本当に、三己は何度私を泣かせれば済むのかしら)

 リリは涙目のままクスリと苦笑し、涙をごまかすように服を脱ぎました。

 「ほら、三己も早くしないと先入っちゃうわよ」
 「ま、待って。今脱ぐからー」

 三己も慌てて服を脱ぎます。
 脱ぎ方がお子ちゃまの様ですが、三己には獣耳と大きな尻尾があるから仕方無いのかもしれません。
 脱いだ後は座りが悪いのか、しきりに耳と尻尾をピルピル揺らしていました。

 「おー」
 「はわ~」

 浴室エリアに入ると、二人は感嘆の溜息が漏れました。
 
 浴室のタイルは一枚一枚丁寧な模様が施され、所々に像や魔法のランプが置かれ一種独特な雰囲気を作り出しています。
 温泉吹き出し口には三己が携わっていた時には無かった、ライオンに似た魔物の像が口から温泉を出しています。

 「え?あれ?昨日までは普通のだったよね?」

 前世では漫画や映画だけで見た、庶民の憧れを前に三己は混乱しました。
 
 「三己、まずは体洗わないと」

 リリに声を掛けられるまで三己は目を白黒させていました。

 「そーだな」

 結局楽しいから深く考えるのを止めました。
 体を洗ったら早速温泉に入ります。

 「はーにゃぁ―――」
 「ほへ~~~」

 足先からゆっくり入って、肩まで浸かると自然と気の弛んだ声が漏れました。
 顔までゆるゆるです。
 そこかしこでゆるゆるが伝染しています。

 「ああー極楽極楽ー」
 「骨身にしみわたる~」

 かっぽーんというBGMを背後に聞きながら、温泉内ではしばしの静寂が流れました。

 「そろそろ露天も行ってみよー」
 「わくわく。どきどき」

 屋内エリアから屋外エリアへ行く道も遊び心があって、ついキョロキョロしてしまいます。

 「わーどーぶつの像が手招きしてるー」
 「本当。皆小動物で可愛い」

 動物の像に手招きされた先、屋外エリアでは異空間が広がっていました。

 「はえー」
 「ほあー」

 三己とリリは大口開けて呆けています。

 「あれ?空間魔法で飛ばされちゃった!?」
 「落ち着けリリ。空間魔法は発動してない。
 これはすべて演出だ」

 間違えるのも無理はありません。
 三己とリリが呆ける目の前には南国のジャングルが広がっていたのですから。

 「これ、吟遊詩人の歌で聞いたことがあるわ。
 南の島ではこういう大きな葉っぱが生い茂ってるって」
 「おー、あそこなー。
 本物はもっとデカかったぞー」
 「行った事あるの?」
 「おー、今度話したるー」
 「楽しみにしてるわ」

 三己は水で萎んだ尻尾を振り振りさせてジャングルに隠された秘湯を探します。

 「まさか温泉施設で探検するとは思わなかったぞ」
 「ふふ。でもとっても楽しい」

 シダ植物に囲われた温泉を探し当てると、ゆっくり浸かりながらごちました。

 「はーふー」
 「はにゃ~」

 浸かるとやっぱり気の抜けた空気が漏れました。
 顔もやっぱりゆるゆるです。
 サワサワと葉の揺れる音をBGMにまったりと温泉に浸かります。

 「他にも露天風呂はあるけど」
 「のぼせちゃうね」

 内風呂でも長湯をしていたので、二人の体は真っ赤っかになっていました。

 「一旦上がって施設探検しないか?」
 「うん。そうしよう」

 こうして三己とリリは長湯をしているおば様方をしり目に早々に湯から上がったのでした。 
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