獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

通りすがりのリリ

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 リリは今買い出しに出ています。
 最近は食材の買い出しはもっぱらリリの担当です。目利きを養えたら薬品の材料を揃えるのもリリの担当になる予定です。

 「ええっと、今日は茄子味噌炒めだから茄子とピーマンよね」

 八百屋さんもお肉屋さんもお魚屋さんも、村の中央付近に一軒づつ存在しています。中央には噴水広場もあるので結構な賑わいを見せています。
 リリは茄子とピーマンを求めて八百屋さんにやって来ました。

 「こんにちわ、茄子とピーマンを貰いに来ました」
 「はいよ。どのナスにする?」
 「長茄子をください」

 リリは慣れた様子で買い物袋に茄子を数本入れて貰いました。続けてピーマンも入れて貰って、買い物袋がこんもりと膨らみます。
 両手で持った買い物袋の重みに、リリはニッコリご満悦です。一人でお買い物をこなすのが楽しくて仕方がないのです。

 「リリ嬢ちゃんも大分買い物が板に付いてきたなぁ」
 「ありがとう」

 ニコニコホクホク。リリは次にお肉屋さんに向かいます。

 「こんにちわ~、お肉ください」
 「やあこんにちわ。今日はお肉の日かい?」
 「はい!今日からお肉料理にチャレンジです♪」
 「おっと、リリが作るのかい。何を作るか決まっているのかい?」

 お肉屋さんに聞かれたリリですが、楽しそうに首を横に振って否定します。

 「まだ決まってないの。好きなお肉で良いよって言われたんですけど、何が良いかしら」

 リリはキョロキョロ店内を見回して思案します。
 お肉屋さんは薫製肉が天井からぶら下がって、生肉はガラスケースの中で魔法で冷やされ置かれています。

 「決まっていないのかい?他の料理は決まっているかい?」
 「茄子味噌です」

 楽しそうにお肉を物色するリリを、微笑ましく見守りながらお肉屋さんは聞きます。
 リリが嬉しそうに答えると、お肉屋さんは「茄子味噌か~」と、茄子味噌に合いそうなお肉料理を思い浮かべました。

 「う~ん生姜焼き、唐揚げ……初めて作るなら何が良いかいな」
 「唐揚げ好きです!でも揚げ物はまだ難しいです……」

 唐揚げと聞いてパァっと笑顔が咲き乱れたリリですが、その難易度を思うとしゅ~んと萎れてしまいます。

 「でも絶対作れる様になるんです!」

 萎れたと思ったら直ぐに持ち直しました。気合を入れて「おー」と拳を突き上げます。

 「おうっ、その調子だいな」

 お肉屋さんにも激励されたリリは、益々持ってやる気に満ち溢れました。
 とは言えそれは今日の話では有りません。この日は豚肉の薄切りを貰う事にします。

 「ほいな。何時もの様に氷結魔法を薄く掛けてあるかいな」

 夏の山は涼しいとはいえ、お肉やお魚を持ち歩くには冷却が欠かせません。ドライアイスは無いですし、氷を入れたら重くなります。なので氷結魔法で表層だけ冷気を纏わせるのです。

 「ありがとう」

 リリはふんわり笑ってお礼を言うと、診療所へと帰って行きます。
 毎日真っ直ぐ帰るだけなのもつまらないので、偶には寄り道もしちゃいます。この日もふと思い立って遠回りで帰っています。

 「ふふ、村の地理も大分覚えられて嬉しい」

 上機嫌で鼻歌交じりに軽やかなステップで景色を楽しみます。
 途中行き交う山の民達と軽く会話をしていると、なんだかずっと昔からこの村に住んでいた気分になります。

 (ここに、お父様とお母様とネルビーもいたら……)

 あまりにも楽しくて、リリはふと故郷の家族を思い出しました。するとしんみりと悲しくなってしまいます。
 軽やかさから一転。トボトボと歩いていると、村の池までやって来ました。池の景色を眺めていると、遠目にロダが視界に入りました。嬉しくなったリリは、顔を綻ばせます。
 リリは声を掛けようと近寄り掛けましたが、その横にミナミがいるのに気付いて足を止めてしまいます。

 「何、話してるのかしら……」

 遠くて声は聞こえて来ませんが、何だかとっても仲良く楽しそうにじゃれ合っている様に見えます。そして二人きりでした。
 仲良くしている二人の間に入る勇気がもてず、リリは胸元でキュッと手を握ると震える足取りで帰って行きました。

 (村の中で一緒に育った幼馴染だもの。仲良くて当然……よね?)

 最近はロダと行動する事も増えていたリリは、渦巻く不安定な感情を消化出来ないでいます。

 (何でこんなに嫌な気持ちになるのかしら。
 ロダは友達なのに……。私、凄く嫌な子だわ)

 グルグル、グルグル。心が乱れます。
 何だか無性に泣きたくなったリリは、駆け足で診療所に帰って行きました。

 診療所に着いて荷物を置いたリリは、力が抜ける様にその場にへたり込んでしまいました。

 (ああ、そう言えば、いつだったか同じ様に苦しくなった事があったわ……)

 紅く燃え盛る炎と共に思い出されるのは、いつかの辛く悲しい記憶。リリは肩を震わせて静かに涙を流しました。

 暫く泣いていたリリですが、涙を拭いながら何度か深呼吸をして落ち着きを取り戻します。

 (良い加減に戻らないと)

 そろそろロキ医師のお仕事が終わる時間です。診療所のお片付けを手伝う為に腰を上げたリリは、未だに置きっ放しの食材に気付いて慌てて仕舞いました。
 診療所に向かう途中、ふと鏡が目に入ったので自分の顔を映します。

 「やだ、酷い顔っ」

 泣いた後の情け無い顔を見て、気合を入れなおす為にペチペチほっぺを叩きます。そして赤くなってる目元を冷やす為に、冷水で顔を洗ってから診療所へと行きました。

 その日の夕餉の時間。結局心ここに在らずになってしまったリリは、三巳に心配を掛けてしまうのでした。
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