獣神娘と山の民

蒼穹月

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本編

ドングリの背比べ

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 カラリと晴れて雲一つ無い青空が心地良い日の事です。
 三巳は岩壁地帯でマッタリとしていました。珍しく本性である獣神の姿です。
 どうやら先日サラマンダーのサラちゃんから、母獣の話を聞いて体が疼いた様です。前脚をグンと前に突き出して体を伸ばしています。岩壁の上で巨躯が陣取っている姿は圧巻です。

 (うーにゅ、最近この姿に戻って無いから体が凝り固まってる気がするなー)

 運動不足の休日のOLの様に、ゴロンとお腹を見せて横になりました。そして前脚を前に、後脚を後ろにグーンと伸ばします。

 (うはー、この伸びてる感じが気持ち良ーい)

 牙の覗く口を笑みの形に大きく開けて、尻尾をパシパシ振っている姿からは、ちっとも神様らしさは感じません。まるで大きなワンコです。

 (うあー、そよ風気持ち良いなー。ずっとこうしてたいなー)

 無警戒に仰向けになってウトウト、ウトウトと気持ち良さそうに眠ってしまいそうになっています。
 ウトウト、ゴロンと寝落ち寸前に寝返りを打った事で、岩壁の上にいた三巳は真っ逆さまに落ちそうになってしまいます。

 『ンハッ!?』

 けれど間一髪で前脚を岩壁の淵に掛けて落下だけは免れました。
 慌てて後脚でカシカシと岩壁を蹴って、前脚を前に進めて岩壁の上に戻って来ました。

 (にゃはー、ビックリしたー。
 落ちても怪我しない丈夫な体でも、急にはやっぱりビックリするよなー)

 どんなに強い獣神の体でも、前世の癖で咄嗟に防衛本能が働いてしまうのです。
 三巳は乱れた毛を直そうと、体をブルブル振るわせました。そして改めて腰を落とすと、脚の毛や肉球を舐めて気分を落ち着かせます。

 (ふー、良かったー。こんな間抜けな姿を誰にも見られなくて)

 三巳は安堵の溜息を吐くと、同じ過ちを繰り返さない為に四本脚で立ち上がりました。そして岩壁の上から見える大自然を慈しむ様に見つめて、山の清涼な空気を肺いっぱいに吸い込みます。

 (今日も元気だ空気が美味い。ってね)

 三巳はその巨躯で、のしのしと優美に歩き出しました。大きなモフ脚が岩肌を踏み締めます。
 岩壁の淵沿いに歩くと、徐々に岩壁の下に向かって降って行っています。飛び出す岩もなんのその、ヒョイヒョイと軽い足取りで降りて行きます。
 岩壁の下まで降り立った三巳は、今度は岩壁を横手に見ながらUターンよろしく歩いて行きます。

 (うーみゅ。ここに来るのも久し振りだけど、相変わらず見事な岩壁だなー)

 先程、言葉通りの寝落ちをしそうになった岩壁の真下まで来ると、漸く歩みを止めました。
 高くそびえる岩壁は、三巳の頭よりもうんと高いです。
 三巳はその真上を見上げて、満足そうにウンウンと頷きました。そして徐に前脚を上げると、後脚だけで立ち上がり、岩壁にお腹がくっつくまでテシテシと器用に歩いて行きます。

 (む。むむむー)

 三巳は精一杯後脚をグンと背伸びする様に、前脚はなるべく岩壁の高い所に着く様にカシカシ掻き足掻いて伸ばしました。

 『もー限界ーっ』

 バランスを崩して倒れる寸前、三巳は鋭く尖った前脚の爪で岩壁を横一文字に引っ掻きました。
 その直後、どーん!と背中から倒れ込んで地響きを轟かせます。三巳は堪らず「きゃうっ」っと大きさに似合わず子犬の様に鳴き叫びました。
 けれどビックリしたのは三巳よりも、周りにいた他の動物やモンスター達です。大きな音と振動で、一斉に跳び離れて行きます。

 「ぐげげっ、またかよー!」

 離れ様に小鬼なモンスターが叫びました。人型に近いだけあって人間の言葉を話せています。

 「ぐげっまたって……前にもあったのかよっ旦那!」

 隣にいた別の小鬼が、両腕で降り掛かる土や木屑を防ぎながら問い掛けます。

 「ぐげげ?そうかあんた新入りだったな。
 三巳神様は時折ここで背比べしてんだよ。その度にいつも後ろからどーん!よ。ぐげー」

 最初に叫んだ小鬼はゲンナリしながら隣の小鬼に答えます。
 そこに別の小鬼達が集まって来ました。

 「ぐがー、前は何十年前だったかねぇ」
 「ぐげげ、さぁなぁ。随分と久し振りなのは確かだな」

 そのまま井戸端会議よろしく昔話に花を咲かせ始めた小鬼達です。
 直ぐ近くでそんな会話をされているのを、三巳はしっかり聞こえていました。仰向けの状態で、起き上がろうと全脚をバタつかせながら謝ります。

 『にゃはー、驚かせちゃってゴメンなー』
 「ぐげげっ、良いんすよ!俺たちゃ楽しんでますからね!」
 「ぐがー、そうですよぅ。ここは平和で娯楽が少ないもんで、これ位の刺激は逆に欲しいってもんです!」
 「ぐげっ、ただいい加減背が伸びない位諦めて普通に背比べすればとは思いますがね」

 小鬼達は楽しそうにお腹を抱えて笑っています。
 でも三巳は最後のセリフだけは許容出来なかったのか、眉間に皺を寄せて機嫌悪く尻尾をビタンビタンと振っています。

 『ちょっとは伸びてるぞ!ほらっ!ほらっ!』

 三巳は勢い良く立ち上がり、岩壁にタシタシと前脚を突いて主張しました。
 三巳に言われて小鬼達は竹の棒を持って器用に岩壁をよじ登ります。三巳が主張する先、真新しい爪跡までくると、竹の棒の先端を爪跡に合わせました。

 「ぐげげ、大目に見て更に大負けに負けて半節ってとこっす」

 小鬼が指し示した通りに見れば、真新しい爪跡の直ぐ下に何本もの古い爪跡があります。その内の一番高い爪跡と真新しい爪跡の間隔は、竹の棒の節と節の間よりも短いものでした。
 それを三巳は恨みがましく半泣きで唸っています。
 それを小鬼達だけでなく、戻って来た他の動物やモンスター達までジト目で見つめます。

 『半節でも成長は成長だい』

 到頭三巳はジト目に耐えられなくなって、岩壁に項垂れかかっていじけてしまいました。
 居合わせた者達は、種族関係無く顔を見合わせてヤレヤレとジェスチャーします。そして三巳の頭に登ったり、岩壁に登って手を伸ばしたりして、ヨシヨシ、ポンポンと生暖かく慰めてあげました。

 (半節かー……母ちゃん……怒るかな……)

 動物やモンスター達の優しさに、ホロリと涙した三巳ですが、お説教モードの母獣を想像して身震いするのでした。
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