18 / 61
第十八話 喜びという感情。
しおりを挟む「……眠れませんでした」
前線都市ガルガンディアの朝は早いです。
周辺の魔獣駆除や魔族領域への偵察任務など、小休状態となった戦争でもやることはたくさんありますからね。ギル様も早朝から出かけていましたし。午後には戻ると言っていましたが。
「結局なんだったんでしょう」
朝のギル様は特に何も変わりない様子でした。
わたしは昨日の言葉が気になって眠れなかったというのに。
『……君を守りたい。分かれ』
ぷしゅー! と頭から湯気が飛び出します。
今から思い出しても割と恥ずかしい言葉ではないでしょうか。
わたしじゃなかったら求婚と捉えてしまってもおかしくありませんよ。
いやまぁわたしも、ちょっとは期待したから眠れなかったわけですが。
推しがわたしを……いやいや、さすがに……。
ふぅ。いえ、切り換えましょう。
推しの真意は気になりますが、わたしが注力すべきは別のことです。
ミッション②の遂行の有無も、ひとまず置いておきます。
ミッション③:推しの仲間を増やす。今はこれに集中しましょう。
「さてさて、あの方はどこにいるでしょうか」
わたしが探しているのはリネット・クウェンサ様という方です。
稀代の天才魔導具技術者にして、わたしの中ではギル様と並ぶ英雄です。
二年後に人類が滅んでいなかったのはあの方のおかげと言っても過言ではありません。
そして彼女はわたしに『推し』という概念を教えてもらった恩人でもあります。
つまりは同担! ギル様という推しを一緒に応援する同士でもあるのです!
ガルガンディアにいることは分かってるんですよね。
さて、どこにいるのでしょうか……。
◆
「……全然見つかりません!」
ガルガンディアを歩き回りましたが、一向に見つかる気配がありません。
魔導技術開発局にも問い合わせてみましたけど、『リネット・クウェンサという者は在籍していない』と言われたんですよね。あの天才が在籍していないってどういうことでしょうか。ちょっとおかしいです。
「あと探していないのは……あそこですね」
前線都市ガルガンディア。その訓練場です。
魔導具技術者であるあの方が居る可能性は限りなく低いのですが……。
もしかしたら実験でもしているのかもしれませんし。
ダメで元々。足を運んでみるだけいいでしょう。
訓練場は長方形の広場のような場所で、魔術エリアと近接エリアで分かれていました。けっこうたくさんの人が居ますが、カードゲームに興じていたり酒を飲んでいたりと、かなりよろしくない状況です。わたしが元帥ならこの人たちの首を飛ばしますね。税金の無駄遣いが過ぎます。
「お、姉ちゃん見かけない顔だな。一杯どうだ!」
しかもなんか話しかけてきましたし。
なんですかこの髭面。近接エリアにいるので騎士かなにかですか。
「めっちゃ美人じゃん! こんな人居たっけ? あ、新入りか!」
「おいおいおい、サーシャ嬢並みの器量じゃん! うひょー!」
「ねぇ名前聞かせてよ。なんで軍なんかに入ったの?」
あぁ、本当に鬱陶しい。通り道を塞いできやがりました。
「邪魔なんですが退いてくれますか」
「いやいや、つれないこと言うなよ。ちょっと一杯やるだけじゃねぇか──」
しかも手を伸ばしてきました。
全身に怖気が立ったわたしは手を振り払います。
「薄汚い手でわたしに触れないでください。邪魔だと言っているんです」
「は? んだよ女、美人だからちょっと声かけただけじゃん」
「顔だけじゃなくて知能まで猿並みなんですね。性欲の捌け口にわたしを求めるのはお門違いですよ、気持ち悪い。早く去勢してもらったほう世の中のためでは?」
「「「あぁ?」」」
ふむ。何やら彼らの逆鱗に触れたようですね。
わたしは事実を言っただけなのに、どうして怒るんでしょうか。
人間って不思議ですね。
「黙って聞いてりゃ何様だよ、お前」
「ちょっと顔が良いからって調子乗ってんじゃねぇぞ。あぁ?」
「ちょーっと教育が必要みてぇだな?」
にやにやした男たちがわたしを取り囲みます。
周りはひそひそ話をするばかりで助けようとはしません。
本当に腐っていますね、この基地。
早く滅んだほうがいいのでは?
「はぁ」
わたしは懐から扇を取り出して口元に当てました。
つい、虫を見るような目で見てしまいます。
「女を取り囲むことでしか吼えられないんですね。それでも男ですか?」
「んだと?」
「雑魚が群がってもわたしに指一本触れられませんよ。身の程を知りなさい」
「「「……ぶっ殺す!」」」
うーん、第四世代の魔術も身体に負担がかかりますし、こんなことで神聖術は使いたくないんですけど。仕方ありません。さっさと片づけてリネット様を──
次の瞬間、前方の空間が歪みました。
「──おい。何をしている」
「「「!?」」」
え、ギル様!?
いきなりギル様が転移してきました! なぜ!?
「「「し、死神……!」」」
わたしと男たちの間にギル様が割って入っています。
突然現れたギル様に、さすがの猿たちにも動揺が見られますね。
ギル様はすばやく周囲に視線を走らせました。
「……なるほど。昼間から酒とギャンブルに溺れたあげく、それを注意した女に八つ当たりか。いい身分だな、貴様ら」
「や、これは、その、ただ休憩中だっただけで」
「大体。その女が悪いんだ! 新入りが俺らのやり方に指図するから!」
「そうだそうだ!」
男たちの足元に転がっている酒瓶は一本や二本じゃききません。
どう見ても休憩っていう量じゃありませんが。
「……で、彼女に手を出そうとしたわけか?」
「いや、それは……」
「注意しようとしただけで、手を出そうとかは」
「──もう分かった。よく聞け。愚物ども」
ギル様はどすの利いた声で言いました。
わたしの肩を強く抱いて、訓練場中に響くような声で言います。
「この女は俺の小隊員だ。手を出そうとした奴は戦場で生きて帰れないと知れ。貴様らのような愚物でも、俺の異名は知っているだろう」
『死神』ギルティア・ハークレイ。
戦場で共に戦う者達すら恐れる絶対不可侵の怪物!
「分かったら訓練に戻れ──殺されたくなければな」
「「「す、す、すいませんでしたぁあああああ!」」」
訓練場が蜂の巣を突いたような騒ぎになり、あっという間に人が居なくなりました。見事な手際にわたしは思わず感嘆の息を吐き、ギル様を見つめます。
「あの、ギル様」
「君も君だ。帰りが遅いから気になって感知してみれば」
ギル様はわたしの頭に手を置いて、ゆっくりと左右に動かしました。
頭を通じて胸の中に温かみが流れ込んでくるような心地です。
「軍の規律を正すためとはいえ……悪役を演じるのも大概にしろ。馬鹿者」
「えっと」
どうしましょう。
ギル様、勘違いしちゃってますよ。
ぶっちゃけそういうつもりではなかったのですが。
普通に邪魔だったから思ったことを言っただけなのですが。
「Si。……すみません」
「分かればいい」
なんとなく訂正する気にはなれず。
頭を撫でてくれるギル様の顔を、わたしはしばらく直視出来ませんでした。
27
あなたにおすすめの小説
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜
白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」
即位したばかりの国王が、宣言した。
真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。
だが、そこには大きな秘密があった。
王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。
この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。
そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。
第一部 貴族学園編
私の名前はレティシア。
政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。
だから、いとこの双子の姉ってことになってる。
この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。
私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。
第二部 魔法学校編
失ってしまったかけがえのない人。
復讐のために精霊王と契約する。
魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。
毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。
修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。
前半は、ほのぼのゆっくり進みます。
後半は、どろどろさくさくです。
小説家になろう様にも投稿してます。
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~
紅月シン
ファンタジー
聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。
いや嘘だ。
本当は不満でいっぱいだった。
食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。
だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。
しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。
そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。
二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。
だが彼女は知らなかった。
三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。
知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。
※完結しました。
※小説家になろう様にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる