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第二十九話 砂糖吐きのリネット
しおりを挟む「リネット様、調子はどうですか?」
「あ、うん。イイ感じだと思うんだけど……どうかな?」
私は隊舎の訓練室を改造した工房にこもっていた。
魔導機巧人形を触るのは初めてだったけど、実家にいた時に倉庫に閉じ込められて、やることがないから設計図を読みふけっていたことがある。術者の力量に大きく左右される魔術師と違って、魔導機巧人形は理論を組み立てればその通りに動くから、私にぴったりだ。
ずっと探し求めていた半身を見つけたような──そんな感覚。
これならいくらでも続けていける、と思えるものは初めてで、ギルティア様の隊舎に入ってからすっかり魔導機巧人形作りにのめり込んでいる。もう一週間も経ったなんて信じられない。食事も最低限で睡眠も忘れるなんて、どれだけのめり込んでるの、私。今までの生活からはちょっと考えられないかも。
「あとは稼働テストだけかな」
ちょうど今、新型魔導機巧人形の試作機が完成したところだ。
人間より少し大きいくらいの、精製石をベースとした機体は硬くて壊れにくい。
これが自分で動いて魔族の攻撃を受け止め、さらに内蔵する魔石によって魔術を打てる固定砲台に転用する……戦場には数回しか出たことがない私だけど、この発明がどれだけ画期的なものなのかは嫌でも分かる。
「うん、出来てますね。さすがはリネット様です」
「いや……ローズさんが仕組みを教えてくれたからだよ。ほんとどこで習ったの?」
「未来で習いました」
「へ?」
「ふふ。冗談です」
ローズさんは時々、よく分からない冗談を言う。
でも、未来で習ったって話もあながち間違っていないかもしれない。
ローズさんが教えてくれた技術はそれくらい常軌を逸している。
関節部に用いるホムンクルスの生体部品なんてどこで手に入れたの?
本当に謎が多い人だなぁ……
「実戦で動かす必要がありますね。いつにしましょうか」
「うん。その日程も決めなきゃだけど……それより」
私は大変なことを忘れていた。
そう、ここにいる同僚は、あのギルティア様とデートしてきたのだ!
「ギルティア様とのデート、どうだったの?」
「よくぞ聞いてくれました!」
たぶん、私が工房にこもってたから気を遣ってくれたんだと思う。
一週間前のことだけど、ローズさんは嬉しそうに語ってくれた。
「もう最高でしたよ! まず推しの家に転移して──」
「推しの家に!? なにそれ死ねるじゃん……骨埋めたくなるやつじゃん!」
「そうなのです! それから下町へ行くことになったんですが……」
「あ、もしかしてその服を買ってもらった感じ?」
「Si! 気付いてくれましたか!」
「気付いてたよ。おしゃれな服だなぁと思ってたもん」
ローズさんが着ているのは白と薄蒼のコントラストが生えるフレアラインのワンピースだ。下町で買ったにしてはずいぶん高級感があるけれど、買った場所を聞いて納得した。
『アミュレリア服飾店』は平民向けの高級ブランド。
新デザインを発表したら半年は予約待ちになるという超人気店だ。
ただ、私にはもっと無視できない問題があった。
「………………ちなみにだけど、その服ってローズさんが?」
「Non。ギル様が選んでくれました。私に服の良し悪しは分かりませんから」
「へ、へぇ~……」
私は頬を引きつらせながら目を逸らす。
嬉しそうに笑うローズさんは、たぶん気付いていない。
あの服の色に推しの髪色が入ってることに!
「じ、自分の色の服をプレゼントするなんて……愛されすぎだよぉ」
「?」
しかも、それだけじゃない。
私はローズさんが首にぶらさげているペンダントを見た。
「ローズさん、それ……」
「これですか。綺麗ですよね。推しがくれました」
私だっていちおうは貴族の出身だ。宝石の良し悪しくらい分かる。
ローズさんがつけているのは、ガイアエメラルドと呼ばれる、超希少な一品だ。
何よりも──
推しの! 瞳の! 色~~~~~~~~!
ローズさん、それつけてる意味本当に分かってる!?
婚約していない女性にそれを上げるって事は、「この人は自分のものだ」って周りに喧伝してるようなものなんだよ!?
しかも指輪! 指輪までつけてるじゃん!
当たり前みたいに超高級品のブループラネットだし!
石言葉は『秘めた愛』なんだけど、ローズさん気付いてないよね!
独・占・欲!!
「不思議ですよね。なんで推しはこんなのくれたんでしょう。嬉しいですけど」
(ローズさんに気があるからに決まってるでしょ!?)
なんで気付かないのかなぁ、この子は!
変なところでポンコツ発揮するの可愛すぎて死ぬんですけど!
ローズさんの話を聞いているこっちがドキドキしてどうにかなりそうだよ!
「うぅ。口から砂糖吐きそうだよぉ」
「おや、ご気分が優れないのですか? 神聖術要ります?」
「大丈夫。たぶん治らないから」
「そうですか? ならいいのですが」
こんな私を心配してくれるローズさんが愛おしい。
推しが一人の女性に傾倒していると知っても、私の心はざわつかなかった。
それはやっぱり、私にとって推しは推しであって、親愛の対象じゃないからだと思う。ローズさんが幸せそうにしているだけで満足できるもの。
ミステリアスでありながら少女っぽいところもあって。
かと思えば深い知識と教養も持っている。
ローズさんは私の大切な友達で──
私の、もう一人の推しなのだから。
「でも、ほどほどにしてね。私の心臓が持たないから」
「大丈夫です。心臓が止まって一分以内なら神聖術で蘇生可能です」
「そういうことじゃないんだけどなぁ~」
「?」
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