悪役聖女のやり直し~冤罪で処刑された聖女は推しの公爵を救うために我慢をやめます~

山夜みい

文字の大きさ
47 / 61

第四十七話 哀れな操り人形

しおりを挟む
 
「それにしても真夜中の訪問とは」

 やれやれ、とわたしは肩を竦めます。
 普通と違うことを自負するわたしでも真夜中に人の家は訪ねませんよ。
 まぁ、リネット様を勧誘する時は彼女の家に忍び込みましたが。

 わたしは悪しざまに笑みを向けます。

「うふふ。さすがは大聖女様。庶民の暮らしなど意にも介さない無軌道っぷり、素敵です!」
「思ってもいないことを並べ立てるのはやめなさいっ! 何が大聖女よ!」

 ユースティアが金切り声で叫びます。

「どうせあんたも自分のほうが大聖女に相応しいって思ってるんでしょ! わたしみたいな貧民街出身の卑しい女より天才である自分のほうがいいと思ってるんでしょ!? そうはいかないんだから。私は、もう二度とあんなところには戻らない!」

 ……そういえば、この子は妹たちの中でも特別でしたね。
 だから歴代大聖女の中でもひときわ私欲が強いのでしょう。

「元気そうで何よりです。その様子だと、わたしからの贈り物は受け取ってもらえたようですね」

 ユースティアの顔色が変わりました。

「やっぱり……アレは、あんたが……!」
「気付くのが遅かったですねぇ。目論見通り動いてくれてありがとうございます♪」
「…………っ!」

 ユースティアがすごい形相になりました。
 これはもうアレですよ、乙女としてどうなんですかって感じですよ。

「あんたは、いつもそう……!」

 なんか鼻水とか涙とかでぐちゃぐちゃになってますけど大丈夫でしょうか。
 その辺に雑巾とかありますかね。出来れば鴉の糞がついたやつ。

「いつも分かった風に先のことを口にして、私のことを見下して哀れんでる! そんなあんたが憎くて邪魔で仕方ないから雑用をやらせて! やっと追放出来て死んでくれると思ったのに……! 貧民で何が悪いの? 今まで辛い思いをした分、誰かに苦しいことを押し付けて何が悪いっていうのよ!?」
「はぁ。そうですか?」

 なんだか涙ながらに語られましたけども。
 わたしは白けた気持ちで聞いてました。

「で、それとこれと何の関係があるんですか?」
「あんたのせいで私の人生は滅茶苦茶よ!」

 あ、これこっちの話は聞いてないやつですね。
 いつものこと、といえばそれまでですが。まったく……。

「枢機卿猊下には怒られるし、神官たちは冷たい目で私を見て来るし、フランだっていなくなった! あんたを連れ戻さなきゃ、私は神殿から追い出されちゃうんだから! だから戻ってきなさいよ。そして私を助けなさいよ! お姉ちゃんでしょ!?」

 ──結局、この子は自分のことばっかりなんですよね。

 確かにユースティアは貧民街出身の極めて珍しい聖女ですけど。
 それ自体が問題じゃなくて、この子の性根の悪さがどうしようもないっていうか。

 やはり『パペット計画』は失敗だったと言わざるを得ません。

「……哀れですねぇ」

 つい声に出してしまいました。
 まぁいいです。もう色々とぶっちゃけでもいい頃合いですし。

「本当に何も知らないんですね……いえ、何も知ろうとしなかったんでしょうか」
「なによ……どういう意味よ!」
「ねぇユースティア。今ここで、神聖術を使ってみてくださいよ」

 わたしは挑発するように言います。

「そしたら、全部分かりますから」
「は……? また私を馬鹿にしてるの。そうなんでしょ。いいわ、使ってあげるわよ。あんたの手足を拘束して、私の人形にするためにね!」

 ユースティアは手を組んで祝詞を奏上します。

「《いと尊き太陽神よ。畏くも気高き慈悲の心を我が手に──》」

 ユースティアは詠唱の途中で口を閉じます。
 その顔が蒼白になるのに時間はかかりませんでした。

「嘘……なんで……神聖術が……」
使

 出来るだけ平坦な口調で言ったつもりですが……。
 うん、こういうのがユースティアの癪に障るやつなんでしょうね。

 だって仕方ありません。この子は本当に何も知らないんですから。

「ど、ど、どういうことよ。私、神聖術、なんで」

 ハッ、とユースティアがわたしを見ました。

「あ、あんた! 何かしたの!?」
「何もしていませんよ。分かっているでしょう?」

 いい加減、現実から目を逸らすのはやめましょうよ。

「あなたは元から神聖術を使えません。だってあなたは哀れな操り人形パペットなのですから」
「でも! わ、私は大聖女よ!? 今まで祭儀や儀式で神聖術を使って……!」
「あなたの詠唱に会わせて他の聖女が神聖術を使っていた、それだけです」

 ユースティアは何度も首を横に振りました。

「あなたは大聖女ですらない、ただの人間なんです」
「嘘……嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だっ!!」
「考えてもみてくださいよ、ユースティア」

 どれだけ虐められたとしても、
 どれだけ雑用を押し付けられても。

 わたしがこの子に感じているのは、やはり哀れみなんでしょうね。

「太陽教会はあなたに護衛もつけずに一人で此処に来させた、その事実がすべてでしょう」
「ぁ…………」

 そう、ユースティアは一人なのです。
 静まり返った真夜中のガルガンティアには人っ子一人歩いていません。
 城壁に行けば兵士がいるでしょうけれど、そういう話ではありませんよね。

 大聖女。世界から祝福を得た聖女の中の聖女。
 そんな重要人物を護衛もつけていない、神殿の杜撰さが露呈しています。

 もはや神殿にとって、彼女は大聖女だと思っていないのでしょう。
 もう少し世間の目を気にすればいいのにと思いますが……。
 神殿の馬車を使ってガルガンティアまで送れば、それでいいと考えたようですね。

「そん、な……じゃあ、私は……本当に……?」

 愕然と地面に膝をつくユースティアに私は視線を合わせます。

「あなたにはすべてを話します。太陽教会がひた隠しにする真実を──」

 そうしてわたしは色々と語りました。
 まぁさすがにわたしがやり直していることは言いませんでしたけどね。

「そんな……じゃあ私たちは……あんたも、みんな……!」
「そう。わたしも、彼女らと同じ──ごほッ、げほッ、げほッ」

 つい咳き込んでしまいました。
 口元に当てた手は真っ赤に染まっています。
 前回の魔族戦が効いているようですね。やはりアレは無茶でした。

「あんた、それ……」

 ユースティアが驚いたように目を見開きます。

「……もうこんな時間ですか。話過ぎましたね」

 わたしは天を見上げながら言います。
 そろそろ夜明けになってしまいます。誰も起きてこなくて僥倖でした。

「……もう、時間がありません」

 目を瞑ると、ギル様やリネット様、ついでにサーシャと過ごした日々がよぎります。短すぎるほど短い日々でしたが、一度目とは違うかけがえのない時間でした。だけど──

「ユースティア。あなたとわたしは既に一蓮托生です。分かりますね?」
「あんたが無理やり……」
「わたしの話がなくてもあなたは追放寸前だったじゃないですか」

 ユースティアは歯噛みしました。
 悪いですけど、この子の心の整理がつく時間なんて待ってられないんですよね。

「生き残りたければわたしの指示に従いなさい。いいですね」
「……分かったわよ。何すればいいの?」

 わたしはユースティアを計画に加えることにしました。

 ギル様、ごめんなさい。
 ここからはもう、なりふり構っていられません。



 ◆

 ──一方。ハークレイ小隊の隊舎裏では。

「………………嘘、じゃあローズさんは」

 そばかす顔の少女は頭を抱えて呟いた。

「どうしよう……助けなきゃ……でも、どうしよう……?」
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...