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第五十二話 現在と未来
しおりを挟む俺は脳の処理が追い付かなかった。
見た目もそうだが、目の前にいるローズからは間違いなく魔族の魔力を感じる。
「どういうことだ……なぜ、君が魔族の姿をしている」
【知らなかったんですかギル様。わたし、元々魔族なんですよ】
ローズは能面のような表情で言った。
【魔族だから神聖術だけじゃなく魔術も使えることが出来たんです。魔族だからあなたが開発していた第四世代の魔術を使えることが出来ました。どうですか、上手く擬態していたでしょう?】
心の中で抱いていたローズへの違和感が形となって結ばれていく。
点と点が繋がり疑問が氷解していく感覚に、俺はむしろ嫌悪感を覚えた。
まるでそう思考を誘導されているような気持ち悪さがあったのだ。
だが、ローズが魔族の姿をしているのは──
【わたしが魔族だから、この人たちを殺したんですよ?】
「……っ」
ローズの足元に転がっている死体は間違いなく本物だった。
両親と距離を取っていた俺を温かく見守り、親代わりのように接してくれた二人。この二人が殺されている事実と、アミュレリアが目の前で怯えている事実。
「アミュレリア……本当か」
彼女は怯えながら頷いた。
「ろ、ローズ様が訪ねてきて……三人で地下室で話していたと思ったら、悲鳴が聞こえて……だから」
「こいつが魔族の姿をして二人を殺していたと」
状況を聞く限りはローズが二人を殺したと見て間違いない。
優しかったあの二人を──ローズが、殺したのだ。
「王都の連続殺人事件も……お前が」
【Si。やはり大聖女の名前は偉大ですね。みんなすんなり家に入れてくれましたよ】
二つに重なった声がだんだんと抑揚を失くしている気がした。
一つの声が限りなく小さくなり、一つの声に塗りつぶされているような。
【さぁギルティア様。今こそお仕事の時間です】
ローズはにっこりと微笑みを作った。
【連合軍の幹部を殺した連続殺人鬼にして魔族。このわたしを殺せるのはあなたを置いて他にありません。今こそわたしを殺し、再び英雄として名乗りを上げてください】
「……ふざけるな」
【え】
ふつふつと、怒りがこみ上げてきた。
さっきから聞いていればなんだ。好き勝手にものを言いやがって。
君の顔にも、君の声にも、もううんざりだ。
「本当のことを言え、ローズ」
【わたしは本当のことを言っています】
「事実と真実は違う。お前がこれをやらかした理由はなんだ? 説明しろ」
俺が共に時を過ごしたお前はこんなことをする奴じゃない。
魔族の姿になっているのも理由があるはずだ。
「本当に魔族なら、俺が転移した瞬間を狙って殺しているはずだろうっ!」
【……っ】
転移術は転移した瞬間の状況が分からないという弱点がある。
転移直後に起きる転移光を見れば、肉体が座標に移動する瞬間に攻撃すれば転移者を殺せるのだ。魔導機巧人形の開発や俺の第四世代魔術を使って見せたローズが、そのことを理解していないとは言わせない。
「もう間違えない。お前の悪女面に騙されてなるものか!」
【お世話になった人を殺した女を信じるんですか】
「まずは真実を問いただす。話はそれからだ」
本当に叔父と叔母を殺したなら罪は償ってもらわねばならない。
だが、それよりもまず説明してもらわねばならないことが多すぎる。
こんな状態のままローズを罪人を決めつけるのは避けたかった。
【……ギルティア様って、ちょっぴりお馬鹿ですよね】
くしゃりと、ローズが辛そうに顔を歪めた。
【普通、魔族の人殺しと話をしようとします? どれだけ優しいんですか。どれだけをわたしを喜ばせるんですか。そんなあなただから、わたしは……】
一雫の涙をこぼし、ローズは首を振った。
そして無感情にアミュレリアの両親を眺めながら唇を開く。
【──太陽暦五六九年風の月。今から約一年後】
「なに?」
【前線都市ガルガンティアが崩壊し、魔族たちの猛攻が始まりました。魔族が開発した魔術を封じる秘術に、連合軍はなすすべもありませんでした。対抗策として講じられていた結界封じの魔道具はなぜか一部の場所にだけ配置されておらず、その穴から一気に魔族が雪崩れ込みました】
何を、言ってるのだろう。
【太陽暦五六九年水の月、連合軍幹部の一人である軍務大臣が裏切っていたことが発覚。そこから芋づる式に裏切り者があぶり出され、次々と処刑されていきました。しかし、そこにハークレイ夫妻の名前はありませんでした。当然ですね。彼らが自分たちのために生贄として仲間を売っていたから】
訥々と、事実を語るように。
真実味を帯びたローズの言葉は続く。
【太陽暦五七〇年日の月。第八魔王の顕現により、ギル様に魔王討伐命令が下されました。しかし、ギル様は魔王を殺せませんでした。第八魔王がギル様にとって何より大切な家族だったからです】
凍てつくような瞳がアミュレリアを射抜いた。
【ギル様は死にました】
ローズは俺に視線を戻した。
【太陽暦五七十年水の月。ギル様が死んだ連合軍は実験段階だった魔導機巧人形を大量生産して魔族の大軍に抵抗しました。しかし、第八魔王は止められず……第八魔王は王都の結界を通り抜け、破壊の限りを尽くした後、肉体を消滅させました】
「ま、待って……」
それまで黙っていたアミュレリアが震える声で口を開く。
「王都には魔族を侵入を阻む結界が張り巡らせているわ。太陽教会の教皇様と大聖女様が毎日祈りを捧げている結界は、たとえ魔王といえど通り抜けられるようなものじゃ……」
【大聖女が裏切れば話は別ですよね】
アミュレリアが息を呑んだ。
【裏切り者たちはあの子に近付き、真実を話した。彼女の命を助ける代わりに人類を裏切るようにそそのかしたのです。魔族を止めるためだと嘯いて……結界に負荷をかけ一部が壊れるような無茶をしました。そして第八魔王は王都に侵入し……太陽教会が事実を隠蔽するため、身代わりとしてわたしが処刑されました】
まるで未来の出来事を語るかのようなローズに俺は二の句を告げなかった。
だってそうだろう?
あまりにも突拍子過ぎる。
時間を超える魔術はこの俺さえも作れない神の領域だ。
ローズの語る未来の話は荒唐無稽な妄想に過ぎない。
──彼女と出逢う前の俺なら、そう思っていただろう。
「まさか、本当に……」
理解できない話は多いが、ここまで言われれば理解出来ることもある。
先ほどからローズが冷たい瞳を向けていることからも、恐らく──
「その裏切り者が、私の両親というのですか……?」
【Si。あなたの両親は魔族と通じていました】
こともなげに、彼女は告げる。
【頑なにこの地下室に入らせなかったはずです。探せば証拠があるんじゃないですか?】
「……っ」
アミュレリアは弾かれたように走り出した。
地下室に置かれた書棚を漁った彼女は蒼褪めた顔で振り向き、頷く。
「私の命を助ける代わりに、人類を売る密書が……」
「……っ!」
【まぁ、結局未来では裏切られてましたけどね。魔族なんて信じるほうが馬鹿ですよ】
「裏切られた、というのは」
【まだ分かりませんか】
ローズは自分の胸に手を当てて言う。
【第八魔王は霊体の魔王。魔族が生みだした殺意と憎しみの具現です。実体のないかの魔王が顕現するためには初代聖女の血を引く、若く健康な肉体が必要でした】
つまり、ローズのいう未来で俺を殺したのは。
アミュレリアの肉体を乗っ取った第八魔王で、現世では──
【そう。このわたしが第八魔王です】
「なぜだ……」
はらわたが煮えくり返るような感情が沸き起こって来た。
「なぜ、君が……なぜ君が魔王にならなければならなかった!」
アミュレリアの両親が人類を裏切っていたという話はまだ分かる。
未来でアミュレリアの肉体を使って俺が殺されたという話も許容しよう。
だが、彼女が魔王にならなければならない理由が分からない。
もしもローズの言うことが真実だとしたら、俺に相談するなりすればすべて解決したはずだ。
【太陽教会を滅ぼすためです】
「は……?」
【もう、時間がありません】
ローズは苦しげに言った。
【最後の神聖術で魔王の顕現を抑えていますが、わたしはもうすぐ自我を失います。そうなれば破壊の限りを尽くすまで止まりません。だからギル様、どうか今のうちに正しい選択を】
「やめろ」
その先を言わせてはならない。
直感した俺が伸ばした手を、ローズは冷たく振り払い、
【わたしを、殺してください】
そう、言ったのだった。
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