悪役聖女のやり直し~冤罪で処刑された聖女は推しの公爵を救うために我慢をやめます~

山夜みい

文字の大きさ
57 / 61

第五十七話 ローズ・スノウ(後編)

しおりを挟む
 

『聖女たちを逃がしてくれ。君なら出来るだろう?』
Siシー。了解いたしました』
『……また後で会おう』

 ギルティア様は出会った時と同じように突然消えました。
 遠いところで爆音が響きわたり、彼が活躍しているのが分かります。
 この時のわたしの感動と言ったら、百の言葉を使っても表しきれません。

 次々と上級士官たちが逃げていくなか、ギル様だけは諦めていませんでした。
 後方で頑張る聖女たちを見捨てまいと助けてくれたのです。

 最初はあの人も、聖女が嫌いだったみたいですけどね。
『二度目』の時のギル様はそれは大層な反応をされていましたし。
 でも、最後まで戦場に残る聖女たちを見て彼は考えを改めてくれました。

『君と話がしたい、ローズ。この戦場をどう思う?』

 魔族たちを追い払ったギル様はわたしの元に現れて言いました。
 わたしは忌憚のない意見を言ったと思います。

 もう終わりだ、とか。死ぬのはやだ、とか。
 そういった感情的な言葉は並べません。
 この時はまだ、やはり心というものを理解していませんでしたからね。

 ただ淡々と。率直に。
 具体的な数字を交えた戦場観をギル様はいたく気に入ったようです。

『また来る』

 それからというもの、ギル様は度々わたしのところに訪れるようになりました。
 足を引きずっていたギル様は何度か負傷することがあって、わたしが治療を担当しました。
 ある日のことです。

『……ローズ、済まない。俺は君たちを誤解していた』
『誤解?』
『聖女は教会の意志に沿うだけの人形のようだと……しかしどうだ、連合軍の幹部が次々と逃げ出していくなか、君たちだけは最後まで戦場に残っている。俺は君たちのような献身的なものを支えるために戦っているのかもしれない』

 何か、色々と悟ったようなことをおっしゃっていました。
 たぶん前線で何かあったのでしょうね。
 ただこの時のわたしはそんな機微をうかがい知る能力はありませんでしたから……、

 だから、やはり率直に言いました。

『いいえ。あなたの言葉は正しい』
『……』
『わたしたちは教会に造られた心のない人形です。もしも治療以外でお役に立てるならすぐにでも命令に従います。身代わりでも、盾にでも、お好きなようになさってください』
『……どういう意味だ?』

 教会の幹部が近くに居ないことをいいことに、わたしはべらべらと喋りました。
 聖女計画のこと、心が分からないこと、生きる意味のことも。

 ギル様はそれはもう、大層なお怒りようでした。
 太陽教会を潰すと仰られ、人類が滅びますとわたしが止めました。

 だって無駄でしょう?
 わたしたちは所詮、心のないホムンクルス。
 大量消費される道具のために人類を滅ぼすなんてもったいないじゃないですか。

 だけどギル様は言ったのです。

『道具じゃない』

 と。

『君にはちゃんと心がある』

 そう、仰いました。
 わたしを強く抱きしめて、言ってくれたのです。

『一人で抱え込んで、ずっと辛かったな』
『もう大丈夫だ。君は一人じゃない』
『だから泣くな。せっかくの美人が台無しだ』

 涙があふれて止まりませんでした。
 胸のなかに感じたことのない熱を覚えて、頭がくらくらします。
 くしゃりと顔を歪めたわたしはギル様の胸に顔を押し付け、一晩中泣きました

『推しっていうのは……応援したい人っていうか、この人のためなら尽くせる!って思う人……ですかね』
『そうなんですか』
『推しがいたら人生華やぎますよ。心が豊かになるんです』

 ──あぁ、リネット様。

 あなたの言っていたことが分かりました。
 わたしに推しが居るというなら、それは間違いなくギルティア・ハークレイ様です。

 世界でただ一人わたしの痛みを理解して共に泣いてくれた人。
 誰もが見捨てる人形を助けて、わたしと怒りを共有してくれる人。

 推し活をしていれば心が豊かになる。
 その言葉を頼りに、わたしは人間らしく振舞うようになりました。
 リネット様から聞いた推し道を貫こうと、そう思ったのです。

 推し活動の心得。

 その1、推しとは適切な距離を取るべし。
 その2、推しは推せるときに推すべし。
 その3、推しと恋人になってはならない。

 最後のはちょっと分かりませんでした。
 人間の生殖活動における求愛行動は人形のわたしには難しすぎました。
 だからたくさんの本を読んで勉強して、『恋』と『推し活』を学びました。

 ごめんなさい、リネット様。
 わたしはファン失格です。

 だって、もう手遅れでした。
 ギル様の目を見るだけで胸がときめき、彼の側にいるだけで心が温かいのです。
 彼の手を握りたい、抱きしめてほしいと思ってしまったのです。


 わたしは推しに──恋をしていました。


 ですが、ギル様はわたしが聖女だから話してくれているにすぎません。
 その証拠にわたしとの会話は戦場や魔族のことばかりで。

 色恋のような雰囲気になることなんて、一度もありませんでした。
 最も、わたしにその空気が察知できるかと言われれば、たぶんできませんけど。

 それにわたしには──恋をする資格なんてありません。
 一般的に、ホムンクルスの限界活動期間は十年と言われています。
 わたしはそれを大幅に超えた、二十年以上の時を聖女として過ごしました。

 元より人の身には過ぎた力である神聖術。
 戦場で積み重ねた無茶がたたって、わたしはもう長くありません。
 ぶっちゃけ、生きているのが不思議だと神官は言っていました。

 いつ身体が崩れてもおかしくはない。
 だからこそ、大聖女を引退していたわけですから。

 もうすぐ死ぬと分かっている女が恋慕の情を抱くなど許されるでしょうか?
 あの人を悲しませると分かっていて想いを告げるのは自己満足です。
 わたしは……何も言えませんでした。


 そして別れの時がやってきます。


『ここはもう終わりだ。次の戦場に行かなければ』

 荒野の丘に立ちながら、あの人はそう言いました。
 夕焼けの光がその顔を照らし出し、わたしの心を突き刺します。

『第八魔王はすぐそこまで迫っている。俺が行かなければすべて終わる』

 ダメ。行かないで。
 そう声に出したかったのにこの時のわたしは愚かにも我慢をしました。
 言いたいことを胸に押し込んで、仮面のような笑顔で言います。

『ご武運をお祈りしております。ギルティア様』
『あぁ。君も気を付けて』

 風がわたしの髪を巻き上げ、視界が塞がりました。
 白い線に覆われた世界の中でただあの人の声だけが耳に届きます。

『──もっと早く、君と出逢っていればよかったな』

 わたしもそうです。
 今さら言っても遅いのは分かっています。でも、お慕いしていました。
 ずっと前にあなたと出逢っていれば、わたしは──


 ただ、あなたと共に過ごしたかったのです。


 同じ時を重ね、同じ物を食べ、同じ景色を共有し。
 わたしはあなたと共に在るだけで、ずっと幸せでした。


 だから『二度目』は決めたのです。


 この想いは胸に秘めて絶対に言わない。
 ただのファンとして、彼のために全力で尽くそうと。

 あの人が私に心を教えてくれたから。
 あの人がくれた温もりを、少しでも返したいと思ったのです。

 痛いこと、苦しいこと、悲しいことを、もう我慢しないと。
 わたしに残された少ない時間を彼のために過ごせたなら──
 彼を救うことが出来たなら、わたしにとってはこれ以上の幸せはありません。

 もういつ死ぬともしれない身体で心残りを残したくはありません。
 わたしは妹のために、かつてのわたしのために、太陽教会を滅ぼします。

 他の誰にも殺されたくありません。
 ギル様の腕に抱かれて、ギル様に見つめられたまま死にたいのです。

 そのためなら、魔王にだってなりましょう。
 あなたの大事な家族を守り、仲間を残して逝きましょう。
 それくらいのわがまま、わたし人形にも許されるでしょう?


 ──ねぇ、ギル様。


 わたしはあなたを愛することは出来ないけれど。
 心のない人形だったわたしにそんな資格はないけれど。

 あなたが傍に居ろって言ってくれたこと、本当に嬉しかった。

 大好きです。
 心から愛しています。

 あぁ、今なら分かります。
 これが、これこそが心なんですね。

 理屈で分かっていても胸がぐちゃぐちゃにかき回されるみたいな。
 正しくないと分かっていてもやり遂げなければならないと思うような。

 愚かで救いようがない──だけど、宝石よりも尊い。

 これが、心なんですね。

 ギル様。
 ギル様。
 ギル様。

 叶うことなら、わたしは。

 最後に。

 あなたと、もう一度──







「──ローズッ!!」
しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

老聖女の政略結婚

那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。 六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。 しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。 相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。 子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。 穏やかな余生か、嵐の老後か―― 四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。

幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない

しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

【完結】白い結婚で生まれた私は王族にはなりません〜光の精霊王と予言の王女〜

白崎りか
ファンタジー
「悪女オリヴィア! 白い結婚を神官が証明した。婚姻は無効だ! 私は愛するフローラを王妃にする!」  即位したばかりの国王が、宣言した。  真実の愛で結ばれた王とその恋人は、永遠の愛を誓いあう。  だが、そこには大きな秘密があった。  王に命じられた神官は、白い結婚を偽証していた。  この時、悪女オリヴィアは娘を身ごもっていたのだ。  そして、光の精霊王の契約者となる予言の王女を産むことになる。 第一部 貴族学園編  私の名前はレティシア。 政略結婚した王と元王妃の間にできた娘なのだけど、私の存在は、生まれる前に消された。  だから、いとこの双子の姉ってことになってる。  この世界の貴族は、5歳になったら貴族学園に通わないといけない。私と弟は、そこで、契約獣を得るためのハードな訓練をしている。  私の異母弟にも会った。彼は私に、「目玉をよこせ」なんて言う、わがままな王子だった。 第二部 魔法学校編  失ってしまったかけがえのない人。  復讐のために精霊王と契約する。  魔法学校で再会した貴族学園時代の同級生。  毒薬を送った犯人を捜すために、パーティに出席する。  修行を続け、勇者の遺産を手にいれる。 前半は、ほのぼのゆっくり進みます。 後半は、どろどろさくさくです。 小説家になろう様にも投稿してます。

聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~

白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。 王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。 彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。 #表紙絵は、もふ様に描いていただきました。 #エブリスタにて連載しました。

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...