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第七話 幸せの始まり

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 夫人用の部屋に、と用意されたのはかなり上等な部屋だった。
 さすがは公爵家というべきか。
 先ほど廃墟じみた玄関ホールを通っていただけに、驚きを隠せない。

「わたしの部屋とそう変わらないわね……?」
「むしろ寝具などはこちらのほうが上等な品ですね!」
「そ、そうね」
「わぁ、お化粧台もありますよ、お嬢様! これでいっぱいお化粧できます!」

 嬉しそうに尻尾を揺らすシェンにわたしは苦笑をこぼした。

「もう。わたし、お化粧はあんまりしないって知ってるでしょ」
「お仕事用のお化粧はそうかもですけど、プライベートは別ですよね?」
「まぁ……そうね」
「これからは侯爵様の仕事をしなくていいんですから、いっぱい遊びましょう!」

 無邪気に笑うシェンが可愛くて、わたしは思わず頷いていた。

「まぁ、あなたがそういうなら」
「ふふ。わたし、頑張っちゃいますね!」

 こうも喜ばれるとむずがゆくなってしまう。
 専属侍女として付いてきてくれたシェンには感謝をしているし、彼女が喜んでくれるなら、多少は苦手なことも頑張るつもりだ。

(侯爵の仕事をしなくていい、か……夫人って何をするのかしら)

 今までずっと仕事をしていただけに、いざ夫人と言われてもやり方が分からない。公爵家で夫人教育をしてくれればいいけれど、先ほどの様子を見るに望み薄だ。

(いや本当、どうすればいいのかしら)

 思わずため息をついた時、ノックの音が響いた。
 シェンが応対し、扉から顔をのぞかせた彼女が「分かりました」と返事をする。

「お嬢様、侍女としての説明があるようなので……」
「えぇ、分かったわ。いってらっしゃい」
「長旅でお疲れでしょう。お嬢様もゆっくり休んでくださいね」

 公爵城の荒れ具合で忘れてしまっていたけれど、確かに慣れない馬車旅で身体がだるかった。お言葉に甘えることにしてベッドに横たわると、すぐに眠気が襲ってきた。うとうとしている間もなく、わたしの意識は眠りの世界に旅立っていく。




 ◆



 シェンに起こされたのはすっかり日が暮れた頃だった。
 外出用の服のまま寝てしまっていたので、淑女らしいドレスに着替える。
 一張羅で武装したわたしはシェンと共に一階のダイニングへ赴いた。

「おかえりなさい。部屋の心地はどうかな?」
「わたしにはもったいない部屋です。ありがとうございます」
「それは良かった」

 調度品が少なく豪華すぎないところも気に入った。
 侯爵家では無駄にごてごてしていたのがずっと嫌だったのだ。

「今日は砂鶏のラグーを用意したよ。お口に合うといいけど」
「まぁ」

 ほかほかの湯気を立てたスープが目の前に置かれる。
 他にはサラダとパンといった、公爵家にしては最低限の食事だったけれど、わたしにとっては十分だった。

「わたし、砂鶏のラグーが好物なんです」
「そうなのかい? 偶然だね。良かった」
「はい」

 一緒に祈りの挨拶をして、改めて砂鶏のラグーを見つめる。

 甘い香りを嗅ぐと、食欲がむくむくと湧き上がって来た。
 乳白色のスープの上にキャロットや小キャベツ、ブロッコリーなどが浮かぶ。
 メインの砂鶏肉はこんがりと焼かれていて、ほかほかと湯気を立てている。

(美味しそう……)

 スプーンを入れて、頬張る。

「~~~~~~っ」

 コクのある牛乳とバターの甘みが喉を洗い流し、疲れた体を温める。
 野菜はそれぞれ調理してあるのか、それぞれの食感が食べて楽しい。
 強張りきった身体の緊張がほぐれていくのが自分でも分かる。

「ぷはぁ……」
「気に入ってもらえたようで何よりだ」

 甘い微笑みを浮かべた公爵の言葉に、わたしは顔が熱くなって俯いた。
 スープ程度でこんなに堪能してしまうなんて侯爵令嬢らしくなかったかもしれない。

(でも、本当に……こんなに美味しいの久しぶり)

 侯爵家で食べ物に不自由していたわけではない。
 むしろ庶民の暮らしからすれば考えられないほど恵まれていただろう。
 だけど、ここまで心に染み入るような料理を食べたことがあっただろうか。

「本当に、ありがとうございます。公爵様」

 自然と笑みが出てきた。
 公爵様は一瞬目を丸くして、

「……君は、笑顔が素敵だね」
「え?」
「あ」
「……」
「……」
「すまない。なんでもない」
「は、はい……」

 生温かい空気が流れてわたしは居た堪れなくなった。
 いえ、別に公爵様がわたしを女として見てるなんて自惚れはしないけれど。

(素敵だね、だって)

 噂の真偽はともかくこの人は女たらしの素養がある。
 そうじゃなければ、こんなにもドキドキするなんてあり得ないだろうから。


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