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第十一話 自省と惰性

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「……やってしまったわ」

 わたしは自室のベッドに転がっていた。

「うわぁあああ~~~~~~、やってしまったわ~~~~」

 ごろごろと転がり、過去の自分の発言に苦しめられる。
 公爵様の前で偉そうにアドバイスして、褒められて。
 涙を流して逃げ出してしまうなんて、とんだ醜態を晒してしまった。

「お嬢様、はしたないですよ」
「だって~~~……シェン、来て」
「もう」

 ベッドの横で窘めてくるシェンを招き寄せ、わたしは彼女のお腹に頭を埋める。
 だけど、公爵様の前でみっともなく涙を流した事実は変わらない。

「ほんとにやってしまったわ……」
「公爵様もそんなに気にしていないと思いますよ」
「いきなり泣き出す女なんて情緒不安定すぎるでしょう」
「お嬢様も女の子だったってことですよ」
「なにそれ。意味が分かんないわ。褒めてもお給料は出ないわよ」
「うふふ。構いませんよ。私はお嬢様のお側にお仕えできるだけで十分ですから」
「ほんと、あなたも物好きね……」

 シェンと話していると、いつも肩の力が抜けていく気がする。
 いつの間にか彼女が精神的な柱になっていて、何も返せないのが苦しい。

「…………ありがとね。シェン」
「はい」

 そうだ。過去を悔やんだところで一銭の得にもならないのだ。
 それより公爵様に偉そうにアドバイスをした手前、きちんと勉強したほうが建設的だろう。わたしはシェンを離して立ち上がり、部屋の出口へ向かった。

「シェン。蔵書室に行くわ。書見台を用意してちょうだい」
「かしこまりました。ただ、お嬢様」

 シェンはにっこりと笑って言った。

「先に髪と服を整えてからにしましょうね」

 わたしは自分の身体を見下ろす。
 胸のところがはだけているし、髪もぼさぼさの状態だった。

 ……こう見えて身嗜みには厳しいのだ、この侍女は。


 ◆


 オルロー公爵領の大部分は荒れ地が占めている。
 特産物は鉱山から出てくる魔石がほとんどで、それ以外に特筆すべきものはない。食糧を自給でまかなえないため、ほとんどを隣の領地から輸入している状態だ。

 わずかに穫れる小麦も領地全体に行き渡るには足りなさすぎる。
 民衆が十分に生活をしていくには今の五倍の収穫量が必要となる。
 二十年ほど前まではこのやり方でもうまくいっていたらしいが……。

「……ここにも亜人戦争の爪痕があるのね」

 わたしは書見台の上でため息をついた。
 二十年前、奴隷じみた扱いに耐えかねて亜人たちが一斉蜂起した亜人戦争。
 元々この国の先住民は亜人というだけあって、彼らの結束力は強かった。

(亜人たちを制圧するため人間は魔術を求めた──魔術に使う魔石もそう)

 ただでさえ魔石は貴重な産出物だ。
 鉱山では魔獣を倒すよりも遥かに効率的に、何倍もの魔石を採取できる。
 この国で魔石産出といえばオルロー公爵領だった。

 戦争に乗じて王系貴族の力を弱めたい貴族派閥によって、公爵領は狙われた。
 前公爵の人が良すぎたのも問題だったのだろう。
 相場よりも遥かに安い金額で魔石を提供し、その結果、買い叩かれた。

 他領の魔石を買い取ることなく公爵領を狙い撃ちにしたのだ。
 その結果、戦争が終わった後、公爵領の魔石鉱脈は底を尽いた。
 つまり、食糧を輸入するための資金が足りなくなったことを意味する。

「……ひどい話ね」

 王国は戦争に貢献したオルロー公爵を労うこともなかった。
 亜人戦争の結果、人権を確立した大量の亜人たちを東の荒野に押し込めた。
 つまりは──公爵領に。
 奴隷制度は撤廃されこそしたが、実質、彼らの生活レベルはほとんど変わっていない。

「かなり治安も悪化していたようだけど……見た限りそんなことなかったわね?」
「はい。もちろん、活気があるとは言えませんでしたけど」
「そうね」

 他領では街に入ってくる魔獣の被害にも悩まされているが、公爵直属の騎士団が街の外を巡回しているためか、そういったことも見受けられなかった。実際の犯罪率がどの程度なのか調べる必要はあるが、かなり治安は良いほうではなかろうか。

(魔獣除けの香草は高価だし、買えるとも思えないし)

 そこで、はたと。わたしは気付いた。
 
(……介入しすぎじゃない? まだ婚約したばかりなのに)

 過去の記憶が脳裏をよぎる。
 ぶんぶんと首を振って、

「……もう繰り返さない。これはただの夫人教育みたいなもの。そうよ。経営になんて口を挟まないんだから」

 わたしは『公爵領の歴史』という本を閉じてシェンに渡した。

「次の本持ってきて」
「かしこまりました」

 そんな風にして日々は過ぎていく。
 いつになったら公爵様に手を出されるのかと思っていたけれど、一向に夫婦の寝室が一緒になる気配がないし、公爵様もよく街に繰り出しているからそういうことなのだろうと思った。彼も名ばかりの婚約者が欲しかっただけで、自分を必要としているわけじゃないのだ。

 なぜか胸がちくりと痛んだけど、逆に言えばお気楽な日々。
 悪く言えば、少し張り合いのない日々が続いて──

 わたしが公爵領に来てから一ヶ月が経った日のことだった。
 いつものようにシェンと共に蔵書室にこもっていると、

「ベアトリーチェ嬢っ! いるか!?」

 血相を変えた公爵様が飛び込んできた。
 わたしは書見台から顔を上げて、公爵様を迎える。

「ごきげんよう、公爵様。いかがされました?」
「君はなんてことをやってくれたんだ!」
「…………え?」

 公爵様の手が、わたしの肩を掴んできた。

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