成金令嬢の幸せな結婚~金の亡者と罵られた令嬢は父親に売られて辺境の豚公爵と幸せになる~

山夜みい

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第十五話 領地視察②

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 いつの間にか、馬車は公爵領の辺境まで来ていた。
 この辺りになるとさすがに治安も悪化し、村は荒廃しているように見える。
 村の外には魔獣が徘徊していて、馬車を護衛する騎士たちが退治していた。

 視察の村に到着する。
 馬車を降りると、アルフォンス様がわたしを庇いながら囁いた。

「ベアトリーチェ嬢。僕から離れないようにね」
「はい」

 貧相な村がわたしたちを迎えた。
 そして明らかに歓迎されていないことが分かる無数の視線。
 ボロボロの家屋の下に座り込む目つきの悪い亜人たちだ。

 犬や狼、熊など、身体的特徴はさまざまだが、彼らがその気になればわたしなんてひとたまりもないだろう。男衆の鍛え上げた動物的筋肉が剥き出しの刃物のような威圧感を纏っている。

「人族の貴族が何の用だ。税金を上げに来たのか」
「これ以上おれたち亜人から何を奪おうってんだ」

 亜人戦争の爪痕がありありと残っている場所だった。
 わたしはぐるりと周りを見渡しながら、村の状況を把握する。

(子供たちが痩せ細ってる。早くなんとかしないと先がないわ)

「領主様、よくぞおいでくださいました」
「君も息災なようで何よりだ」

 村長らしき人がアルフォンス様に挨拶する。

「視察の連絡は貰いましたが、なにぶん何もない村でして……碌なおもてなしが出来ませんで」
「今日は見るだけだから構わない。我が家から食糧を持ってきたんだ。皆で分けてくれるか」
「おぉ、それはそれは。皆、領主さまが配給を下さるそうだ!」

 公爵邸の質素な料理でも村にとってはごちそうだ。
 騎士から荷物を受け取る亜人たちだが、その表情は暗い。

 今日をやり過ごしても、明日になれば空腹に襲われる。
 今日だけぜいたくをさせてくれるわたしたちは残酷なことをしているのかもしれない。

(そうならないために、わたしがいるのよ)

 わたしは村長の下まで歩いた。

「失礼。ファルボルーク老。少しよろしいでしょうか」
「はて。儂、名乗りましたかの? あなたは……」
「わたしはベアトリーチェ・ラプラス。アルフォンス様の婚約者です」
「婚約者……ははぁ、そうですか。なぜ儂の名を……」
「公爵領の代官の名はすべて覚えています」
「へ? 全員ですか?」
「はい。百十五名……あぁ、先日転属させたので今は七十五名ですが」
「「全員!?」」

 なぜかアルフォンス様まで驚いていた。
 たかが七十五人の顔と名前くらい、名簿があればすぐに覚えられるのに。

「そんなことより畑を見せてください。土質を調べたいので」
「はぁ、それは構いませんが」

 村長に案内されたのは荒廃した小麦畑の一つだ。

「ここの土じゃ碌なもんが育ちませんで、収穫も望めませんが……」
「そうね。大概の品種は枯れてしまうでしょう」

 なにせ川が近くにないから、畑に水をやることができないのだ。
 畑に水をやるのがすべて天候任せ。しかも乾燥地帯だから、そりゃあ育たない。

 それでも小麦を育てているのは亜人たちに作物の種を買う伝手もお金もなかったから。また、アルフォンス様が治安維持に手一杯で土に合う品種を探せなかったことがあげられる。

(ここの土は他の場所より乾燥しているから……アレがよさそう)

 わたしは土を触っていた手を払い、アルフォンス様に言った。

「ここの小麦畑、すべて刈り取ってしまいましょう」
「「「!?」」」

 村長さんたちが顔色を変えた。

「お待ちください! そんなことをされたら収穫が……!」
「公爵領全体を見てもこの村の収穫量は断トツで低いです。そもそもこの収穫量で村民を食べさせることができていませんよね。ファルボルーク老。あなたもそうおっしゃっていたではありませんか」
「それはそうですが……」
「公爵領から三か月分の小麦を支給します。その間にこの畑をすべて変えてしまいましょう」

 中途半端な農業なんて無駄の極みだ。
 大体、こんな品質の小麦でパンを作ったところで大した量にもならないだろう。

「だがベアトリーチェ嬢。ここの土質に合う作物などあるのか?」
「あります。わたしは既に同じ事例の案件を解決しました」

 もう過去のことだけどラプラス侯爵領の赤字具合を舐めてもらっては困る。
 小麦の値段が急騰し、不法に乱獲されていく中で領民が飢えないように工夫したのだ。当時は貴族院にいた植物学者の元に足繁く通ったものである。

「ははぁ、まぁ小麦を支給してくれるなら……」
「領主さまがきちんと責任取ってくれるなら問題ないですけぇ」
「それは問題ない。一か月ごとに小麦を持ってこさせよう」

 アルフォンス様がそう言ってくれるなら安心だ。
 この方は自分の利益のために村民たちを騙すような人じゃない。
 とはいえやっぱり不安なのか、アルフォンス様は耳元にささやいてきた。

「……本当に大丈夫だよな?」
「お任せください。伝手ならありますので」

 小声で囁いてくるアルフォンス様に太鼓判を押す。

「ちなみにどういう品種なんだい?」
「アルカ芋という野菜です。根が強くて乾燥地帯でも育つし、繁殖力も高い。ほぼ水やりの必要がありません。雨季がほとんどない公爵領にはうってつけの食材と言えるでしょう」
「……君は何でも知っているね」
「わたしが知っているのは勉強したことだけです」

 なんだか聖人を見るような目で見てくるアルフォンス様。
 だけどわたしはそんな大層な人間じゃない。
 今だって、領地を改革しているのは自分の為なのだし。

(ぐふ。ぐふふふ。あの人たちがお腹いっぱいになったらたくさん子供を産むわよね。そしたら税収源が大幅にアップ……! 子供も公爵家に恩を感じてくれたら一石二鳥。どうにか公爵領に根付かせてがっぽり稼いでもらうわ……! そしたらフィオナに仕送りも出来るし、使用人たちにボーナスもあげられるし、いいことづくめよ……ぐふ。ぐふふふふ!)

「悪い顔をしているね」
(いけない。素が出てしまったわ)

 わたしは慌てて顔面を取り繕った。

「なんのことでしょうか」

 アルフォンス様はぼそりと呟いた。

「『ラプラスの賢姫』……あの話は本当だったのか」
「何か言いましたか?」
「いいや」

 よく聞こえなかったけど、悪口を言われたわけじゃなさそうだ。
 アルフォンス様は女たらしの無邪気な笑みを浮かべて見せた。

「君が来てくれて本当によかったと思ってさ。あと素のほうが可愛いと思うよ」
「……」

 一拍の沈黙。
 アルフォンス様の言葉を理解したわたしの顔は一気に熱くなった。

「……ほ、褒めるくらいならコンサルタント料を上げてくださいませ」
「残念、予算オーバーだ」
「けち」

 わたしたちは顔を見合わせ、どちらからともなく笑い合った。

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