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第十九話 金欠問題
しおりを挟む騎士団との顔合わせは無事に終わった。
やっぱりイヴァールさんが受け入れてくれたのが良かったわね。
「いやぁ、これまでの婚約者殿は私たちを見るなり気持ち悪いだの毛むくじゃらだので嫌悪感を示しておられたんですが……ベアトリーチェ様はまったくそんなことはなく、むしろ私たちに好意を示してくださった。これほどありがたい話はありません」
どうやらアルフォンス様の過去の婚約者がやらかしていたらしい。
最初のとげとげしい態度に納得しつつ、わたしは傭兵団の構想を話した。
亜人が人族の領地を助けに行くことに、イヴァールさんは当初こそ難色を示した。けれどわたしが根気よく説得すると、なんとか頷いてくれた。
「それが亜人たちのためになるんですね?」
「えぇ、間違いなく」
「分かりました。受け入れましょう」
本当に話の分かる人でよかった。
今までわたし、どれだけ話の分からない人に囲まれていたのかしら。
ちょっとだけ自分に同情しつつ公爵城に戻る。
だけど。
「困ったわね……」
遺憾なことに、また新たな問題が浮上した。
「どうしたんだい?」
帳簿と睨めっこするわたしの横から問いかけてくるアルフォンス様。
わたしは言おうか言うまいか迷ったけど、結局正直に言うことにした。
「お金が足りません」
「あー……」
切実である。
確かに傭兵団を組織するための人員は公爵領にいる。
亜人たちの精強さは保証できるし、アルフォンス様が育てた彼らは信用できる。
ただ、武具だけはお粗末だ。
「なまじ亜人だけに、身体が頑丈だからね……」
亜人は多少鎧がお粗末でも肉体の頑強さで乗り切ってしまう節がある。
かなり深い傷でも「舐めときゃ治るだろ」と平気で済ませてしまう人たちなのだ。
だけど、それじゃあ傭兵業で通用しない。
傭兵業において一番重要なのは信用だ。見栄えも大事である。
山賊まがいの傭兵たちが魔獣を退治するのと、騎士らしい者達が戦うのでは訳が違う。
「しょうがない。僕の給料を切り詰めて……」
「既に限界まで切り詰めています。もちろんわたしの分も」
これ以上、上に立つ者が給料を切り詰めるのは悪手だ。
仮にも公爵である以上、傭兵業以上に見栄えにお金を使う必要がある。
領地が貧しいアルフォンス様が五百万ゼリルという大金でわたしを迎え入れたように。
お金がないと見られれば他領に舐められる。
そうなると、公爵領復興への道は遠ざかってしまうだろう。
「…………わたしに考えがあります。数日だけお待ちいただけますか」
「分かった。何かあったら言ってね」
領地の金策もコンサルタントとしての仕事だろう。
亜人が絡んでいるから銀行からの融資は望めないし、他に事業もない。
となれば、持っているものを売り払うしかなかった。
わたしは部屋に帰り、シェンに言った。
「シェン、あのドレスを取ってくれる?」
「はい、お嬢様」
シェンが衣装箪笥の中から取り出したのは美しいマーメイドドレスだ。
細かな宝石が随所にあしらわれており、少し揺らすと、花の刺繍が宝石の光に反射して煌めく。わたしが夜会の時に着ていた勝負ドレスだけど……。
「これ売ってきて」
「え!?」
シェンは飛び上がった。
「で、でも! これは亡き奥様の……!」
「いいの」
確かにこれはお母様の形見だけど、背に腹は代えられない。
とっくに死んだ人より、生きている人のために使うべきだ。
このドレスを売ることで公爵領の人たちが助かるなら安いものである。
「幸い、今の社交界の流行りはマーメイドドレスよ。今を逃したら値が落ちちゃう」
「……でも」
「シェン。あなただから頼んでいるの。お願い」
「…………分かりました」
シェンは瞼を拭って頷いた。
「お嬢様のためにも、信頼できる業者に高値で売ります!」
「お願いね。その足で鍛冶屋に話を通しておいて。武具を大量発注するって。それから金具師も呼んでもらおうかしら。公爵城の騎士団に相応しい鎧にしてもらわないとね」
「はい!」
シェンが去って行くのを見て、わたしは再び傭兵事業の計画を詰めていく。
頭の中で計算していくと、ちゃりんちゃりんとお金が落ちる音が聞こえてくるようだ。
傭兵業はウケる。絶対に。
これは国全体が必要としている事業だ。
わたしがやってることは間違いじゃない。
「ふふ。あのドレスを売って百倍以上の利益を出せばがっぽり稼げるわね。そうなったらわたしの給料もうなぎ登りに上がるはず……! ぐふふふ。絶対に成功させるわよ……! 待ってなさい。わたしのお金ちゃんたち……!」
あら、おかしいわね。
なんだか視界が滲んでいるわ。
しかも、羊皮紙に水がこぼれてる。
拭っても拭っても濡れちゃうのはなぜかしら。
ぐす。羊皮紙だってタダじゃないってのに、まったく……
◆
──同時刻。
「……すまない」
扉に背を預け、アルフォンスはきつく目を瞑った。
「君の献身には報いて見せる。絶対にだ」
その瞳は、何かを決意したように燃えていた──。
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