成金令嬢の幸せな結婚~金の亡者と罵られた令嬢は父親に売られて辺境の豚公爵と幸せになる~

山夜みい

文字の大きさ
23 / 44

第二十二話 破滅する悪代官

しおりを挟む
 
 二週間後。
 ドラン男爵はお気に入りの茶葉を仕入れようと馴染みの商人と会っていた。
 本来なら茶葉を買うだけで男爵が商人と会ったりはしないものだが、さまざまな国の茶葉を仕入れる男の話は良い情報源にもなり、ドラン男爵は商人を重用し、こうして定期的に面談の機会を設けていた。

 ただ、今回の面談は様子が違った。
 いつも自信ありげに入室してくる商人がどこかおどおどしたような顔をしていたのだ。

「どうした、今日は顔色が悪そうだが?」
「あぁいえ、その……はい」

 席に着くように促すも、商人はなかなか席に着こうとしない。
 痺れを切らした男爵が口を開こうとした瞬間、彼はその場で頭を下げた。

「申し訳ありません! 実はご注文の品を用意出来ず……」
「なに?」

 ドラン男爵は眉根を上げた。

「どういうことだ。あれは我が領地で栽培している茶葉だろう?」
「はい。そのぉ、実は茶畑が魔獣にやられたようでして……」
「なんだと?」
(おかしいな。あそこは魔獣に襲われるはずがない場所だが)

 ドラン男爵は顎に手を当てながら考える。
 魔獣が人間の畑を荒らすという事例はもちろん知っているが、男爵はしっかりと対策をしているはずだった。平民の家々ならいざ知らず、自分のお気に入りが被害を受けるようなヘマはしない。考えられるとすれば人間が魔獣を誘導したという可能性だが……

(まぁいい。念のために警備を増やしておくか)
「分かった。魔獣は天災のようなものだ。そなたが気に病む必要はない」
「そ、そうですか?」
「あぁ。その代わり、次の注文の時は……分かるな?」
「はっ! それはもちろん、融通させていただきますとも……!」

 いつもの半額で取引をするように約束をした男爵。
 お気に入りのお茶が飲めなかったのは残念だが、一度の失敗で情報源を切り捨てるような男爵ではない。むしろ、次からの注文は半額で三倍の量を頼めばかなりお得にもなる。

(ふははは! 金が貯まる貯まる! 次はどんな彫刻を買おうか……!)

 久しぶりに妻にドレスを贈ってもいいかもしれない。やれ流行だのとうるさい妻はドレスが大好きなのだ。あるいは貴族院に通う娘が喜ぶようなものでもいいだろう。

(やはり金! 金はこの世を支配する!)

 ひとしきり愉悦を感じたところで、ドラン男爵は身を乗り出した。

「それで、最近はどうだ。周辺諸国や、他領の様子は?」
「そうですね……どこも落ち着いてますね。男爵様の隣のリーベル子爵領では武具の仕入れをしていたようです。また、フリューベルク準男爵領では小麦の値段が上がっていましたね。もし男爵様がお許しくださるなら、男爵領の小麦を売りに行くのもアリだと思っているのですが」
「ふむ。小麦か……まぁ、いいだろう。うちは小麦など有り余ってるからな」

 あくまで男爵の屋敷に溜め込んでいるだけで平民に十分行き渡っているかと言えばそうではないのだが──男爵は素知らぬ顔で続ける。

「それで、オルロー公爵領のほうは?」
「あぁ。あそこはダメですね。もうほんとダメです。仕入れられるものもないし、売るようなものもない。獣臭くてあそこの領から持ってきただけで門前払いを受けるらしいですし。うちじゃあそこの商品は扱いませんねー……魔石なら話は別ですけど」
「ふっふ! 魔石は枯らしているからなァ。売るものもないだろう」

 やはり自分に泣きついてくるのも遠い日ではない。
 周辺の領地で小麦の値段が上がっているなら尚の事だ。

(食糧を自給できない奴らは我輩に頼るしかないのだ……!)

 ドラン男爵はそう信じていた。

 それが、愚かな幻想であることにも気付かずに──




 ◆◇◆◇



 ドラン男爵が決定的な違和感に気付いたのはさらに一週間後のこと。
 いつものように森で狩りを楽しもうとしたら、魔獣に襲われたことがきっかけだ。幸いにも怪我はなかったが、絶対に安全だと思っていた場所に魔獣が現れた衝撃は大きかった。

 森から出た草原で男爵は荒く息をついている。

「どういうことだ。ここにはエンゲージ草を植えておいたはずだろう!」
「か、確認してきましたところ、実はエンゲージ草が全部枯れているようでして」
「なにぃ!?」

 執事の言葉に、ドラン男爵は飛び上がった。

「なぜだ! 魔獣はアレの匂いに敏感で近づけないはず……人為的なもの・・・・・・か!?」
「目下調査中です……」
「えぇい、調査など遅すぎる! 今すぐ新しいのを持って植えてこい!」
「それが、既に在庫は空になってます。そもそも男爵閣下が平民の農地を守る分をここに植えていたわけで……」
「……っ」

 何かがおかしい、あまりにも出来すぎている。
 ドラン男爵がその違和感に気付いた時、既に手遅れの状態だった。

「閣下! ご報告申し上げます! 男爵邸に群衆が押し寄せており……!」
「は?」
「食糧の供給と魔獣退治を求めています。至急対応されませんと……」

 ドラン男爵は自身の敷地に優先的に魔獣除けの香草──エンゲージ草を植えることで財産を守っていた。しかし、魔獣除けは殺虫剤のように魔獣を殺すわけではなく、別の場所に魔獣を誘導する諸刃の剣だ。自分のことしか考えない男爵は平民の土地がどうなろうと知ったことではなかったが、そのツケがここに爆発していた。

「き、騎士団は何をしている!」
「平民の鎮圧に乗り出していますが、いかんせん魔獣の数が多く……このままでは」
「……今すぐ屋敷へ戻る。我輩の財産には絶対に手を出させるな!」

 幸いにも騎士団のおかげで平民たちの暴動はおさまった。
 結局のところ、武器を持つ騎士団に平民たちが敵う道理はない。
 ただ、騎士団には平民出身の者達も多く、その不満が男爵に向けられていることは言うまでもないだろう。

 豪華な執務椅子に座りながら、ドラン男爵は頭を抱えた。

(ついこの間、小麦を輸出したばかりで在庫が少ない……加えて魔獣被害で収穫高が激減。領内で飢餓が広がってる……このままでは本格的な暴動が起きて、我輩は没落……!)

 自領の騎士団を魔獣退治に向かわせているが、追いついていない。
 王国騎士団に要請をしてみたが、『魔獣の増加だけでは対応出来ない』とのことだった。

 どこの領地も魔獣被害には悩まされている。
 大災厄──魔獣の大発生でも起きない限り王国が動くことはない。

 ドラン男爵の打てる手は一つだった。

「至急公爵家に早馬を向かわせろ。先日の取引を再考したいとな!」
「仰せのままに」

 執事に公爵へ手紙を出させるが、しかし。

『準備を整えて出立する。三日ほど待たれたし』

 ドラン男爵は返事の手紙を握りつぶす。
 普通なら公爵にアポを取って三日待つのは当たり前──というより、むしろ早いほうだが、今の男爵には長すぎる。

(見透かされている)

 三日。
 平民たちが再び暴動を起こさず、なおかつ男爵領の食糧が尽きない期間。
 奴らはこちらの状態を把握して自分たちを高く売りつけようとしているに違いない。

「くそ……」

 がっしゃーん! ドラン男爵は机の上の物を腕で払いのけた。

「くそ、くそ、くそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 それでもドラン男爵には、待つしか道はない。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

『婚約破棄されましたが、孤児院を作ったら国が変わりました』

ふわふわ
恋愛
了解です。 では、アルファポリス掲載向け・最適化済みの内容紹介を書きます。 (本命タイトル①を前提にしていますが、他タイトルにも流用可能です) --- 内容紹介 婚約破棄を告げられたとき、 ノエリアは怒りもしなければ、悲しみもしなかった。 それは政略結婚。 家同士の都合で決まり、家同士の都合で終わる話。 貴族の娘として当然の義務が、一つ消えただけだった。 ――だから、その後の人生は自由に生きることにした。 捨て猫を拾い、 行き倒れの孤児の少女を保護し、 「収容するだけではない」孤児院を作る。 教育を施し、働く力を与え、 やがて孤児たちは領地を支える人材へと育っていく。 しかしその制度は、 貴族社会の“当たり前”を静かに壊していった。 反発、批判、正論という名の圧力。 それでもノエリアは感情を振り回さず、 ただ淡々と線を引き、責任を果たし続ける。 ざまぁは叫ばれない。 断罪も復讐もない。 あるのは、 「選ばれなかった令嬢」が選び続けた生き方と、 彼女がいなくても回り続ける世界。 これは、 恋愛よりも生き方を選んだ一人の令嬢が、 静かに国を変えていく物語。 --- 併せておすすめタグ(参考) 婚約破棄 女主人公 貴族令嬢 孤児院 内政 知的ヒロイン スローざまぁ 日常系 猫

婚約破棄に、承知いたしました。と返したら爆笑されました。

パリパリかぷちーの
恋愛
公爵令嬢カルルは、ある夜会で王太子ジェラールから婚約破棄を言い渡される。しかし、カルルは泣くどころか、これまで立て替えていた経費や労働対価の「莫大な請求書」をその場で叩きつけた。

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

『胸の大きさで婚約破棄する王太子を捨てたら、国の方が先に詰みました』

鷹 綾
恋愛
「女性の胸には愛と希望が詰まっている。大きい方がいいに決まっている」 ――そう公言し、婚約者であるマルティナを堂々と切り捨てた王太子オスカー。 理由はただ一つ。「理想の女性像に合わない」から。 あまりにも愚かで、あまりにも軽薄。 マルティナは怒りも泣きもせず、静かに身を引くことを選ぶ。 「国内の人間を、これ以上巻き込むべきではありません」 それは諫言であり、同時に――予告だった。 彼女が去った王都では、次第に“判断できる人間”が消えていく。 調整役を失い、声の大きな者に振り回され、国政は静かに、しかし確実に崩壊へ向かっていった。 一方、王都を離れたマルティナは、名も肩書きも出さず、 「誰かに依存しない仕組み」を築き始める。 戻らない。 復縁しない。 選ばれなかった人生を、自分で選び直すために。 これは、 愚かな王太子が壊した国と、 “何も壊さずに離れた令嬢”の物語。 静かで冷静な、痛快ざまぁ×知性派ヒロイン譚。

婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです

藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。 家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。 その“褒賞”として押しつけられたのは―― 魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。 けれど私は、絶望しなかった。 むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。 そして、予想外の出来事が起きる。 ――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。 「君をひとりで行かせるわけがない」 そう言って微笑む勇者レオン。 村を守るため剣を抜く騎士。 魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。 物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。 彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。 気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き―― いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。 もう、誰にも振り回されない。 ここが私の新しい居場所。 そして、隣には――かつての仲間たちがいる。 捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。 これは、そんな私の第二の人生の物語。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

婚約破棄された令嬢、気づけば王族総出で奪い合われています

ゆっこ
恋愛
 「――よって、リリアーナ・セレスト嬢との婚約は破棄する!」  王城の大広間に王太子アレクシスの声が響いた瞬間、私は静かにスカートをつまみ上げて一礼した。  「かしこまりました、殿下。どうか末永くお幸せに」  本心ではない。けれど、こう言うしかなかった。  王太子は私を見下ろし、勝ち誇ったように笑った。  「お前のような地味で役に立たない女より、フローラの方が相応しい。彼女は聖女として覚醒したのだ!」

処理中です...