悪役令息、拾いました~捨てられた公爵令嬢の薬屋経営~

山夜みい

文字の大きさ
23 / 40

第二十三話 不器用な姉

しおりを挟む
 
「えっ……」
「お前、よくも私にのうのうと言えたものね。ここまで愚かだったわけ?」

 膝を入れ替えて愚かな弟を見やる。
 顔立ちは父親似なのに、性格はまるで似てないわ。

「ねぇ、まずはお前が私に何をしたのか思い出して見なさいよ」
「……」

 ラディンを救うために奔走していた私を邪険にした。
 それどころか愚かな子爵令嬢に魅入られて公爵令息としての誇りも見失っていた。挙句の果てに私に毒殺未遂容疑をかけて、ようやく真実に気付いて私を頼る。

 我が弟ながら、なんとも面の皮が分厚いこと。

「確かに、僕は姉上に酷いことをしてしました……けれど、僕だって色々頑張って」
「色々? 頑張って? その結果がコレ?」

 ラディンは浮気に走り、愚かな子爵令嬢に惑わされ。執務を台無しにして。
 近衛騎士として奔走しても立て直せず、殿下を正気に戻させることも出来ない。
 挙句、みんなで嵌めた私の助けに縋る──

「無様ねぇ。ルアン坊や」
「……っ」

 ぎゅっと唇を噛みしめたルアンの顎を私は扇子で持ち上げた。

「お前、いつまで被害者面してるつもりなの」
「……」

 確かにシルル・バースとやらが狡猾なこともあっただろう。
 巧みにラディンの弱い所を突き、私を追い出した手腕は見事しか言いようがない。

 でも、それを選択したのはこの子たちよね?
 どれだけ魅了にかかっていても選択を強制することは出来ないんだし──
 自分で選んだくせに、私に縋るのは違うでしょう?

「お前は私にツァーリの恥晒しだと言っていたけれど。自分のザマはどうかしら」
「…………分かってますよ。僕が悪いことくらい」

 ルアンは泣き出しそうに言った。

「いつもそうだ」

 顔をあげ、涙を溜めた目で私を見る。

「僕がどれだけ助けを求めても、姉上は突き放したみたいにそう言って……何か相談事をしても、今みたいに冷たいことばかり」
「……」
「姉上は、僕を弟として愛していらっしゃらないのですか?」
「軽々しく愛なんて使うのはやめなさい。虫唾が走るわ」

 扇子の先で愚弟の額を叩き、私は背もたれに身体を預ける。
 昔から何度も見たコイツの泣き顔は見飽きていて、うんざりする。
 ルアンは責めるように言った。

「ほら、真剣に聞いてないじゃないか。父上と同じで僕のことも嫌いなんだろ」
「……あのねぇ。兄弟に好きとか嫌いとか関係ある?」

 なんだか頭が痛くなってきた。
 一体どうして、こいつはここまで甘えたに育ったのかしら。
 お母様が死んだから? あの時こいつはまだ子供だったっけ。

「兄弟と言っても他人なんだし、ムカつく時や殴りたくなる時くらいあるでしょ。誰よりも近い他人なんだから嫌なところも良いところも同じくらい見える。喧嘩だってするし、対立する時もある。それでも嫌いになったりしないわよ。好きとか嫌いとか、そういう次元じゃないの。兄弟っていう枠なのよ」

 夕食の席でくだらないことで喧嘩して、お風呂に入ったらコロッと仲直りする。
 喧嘩も対立も何事ごともなかったかのように振舞ってふざけ合う。

「それが、家族ってもんでしょ?」
「……父上とは寝ても覚めても対立していますが」

 ルアンは呆れたように言った。

「……まだ許してないんですか? 母上の死に目に立ち会わなかったこと」
「当たり前でしょ。一生許さないわ」
「父上は父上なりの──」
「うるさい。今はお前の話をしているのよ。人のことに構ってる余裕ある?」

 ルアンはむくれたようにそっぽ向いた。

「……余裕がないから姉上に相談しているんです」

 まるで余裕があったら絶対にあなたに頼らないとでも言いたげな態度だ。
 こういう頑固なところは昔からまったく変わらない。
 ほんと、誰に似たのかしら。

「おい」

 見かねたのか、ジャックが耳元に囁いて来た。

「その家族が助けを求めたんだぜ。ちょっとは訊いてやったらどうだよ」
「愚かね。だからお前はいつまで経ってもジャックなのよ」
「名前を悪口に使うのはやめろ、で、どうなんだよ」
「愚かね。順序が違うわ」
「順序ぉ?」
「そう、順序」

 私はルアンに聞こえるように言った。





「悪いことをしたら、まずごめんなさいでしょう」





 そう。
 なんとこのルアン、ここまで来てまだ一度も私に謝っていないのである。
 店に入ってから相談事を始めてから、ただの一度も。

「……ぁ」

 まぁね? 切羽詰まってるのは分かるわよ?
 私だって愚かな弟の頼みを聞いてやらないでもないわよ。
 こいつはこいつで、ツァーリの名を背負って頑張ってるんだろうし。
 一度や二度の過ち、愚弟だから許せるところもある。

 だけどねぇ……。
 姉に冤罪を吹っ掛けておいて、いざピンチになったら謝りもせず助けてください?
 
 いやいや、図々しすぎるでしょ。
 人間的に一番やっちゃいけないことよ、それは。
 口喧嘩とかのレベルを超えてるわ。

 姉弟だろうが家族だろうが恋人だろうが、弁える礼儀はあるでしょ。
 その程度の礼儀もなっていない男の頼み事なんて、それこそ知ったことじゃない。

「……なんだお前、やっぱ良いやつだな」

 ジャックが感心したように唸るので、私は横目で流し見る。
 ほんとこいつは、余計なことばかり喋る。そのよく回る舌を躾けなきゃ。

「お前、今夜のミルクティーを味わって飲むことね。人生最後の味よ」
「こえーよ! 毒殺するなよ!」
「毒殺なんてしないわ。ただ二度と甘みが感じられないようにするだけ」
「地味に嫌すぎるんだが!? ある意味殺されるより辛いんだが!」

 私は笑顔で言った。

「それでね、お前の目の前で大好物のケーキを食べてあげるの、どう?」
「俺が悪かったからやめろやめてくださいお願いします」
「チョコケーキがいい? それともショートケーキが好き?」
「どっちかというとショートケー……いやマジじゃないよな?」
「さぁ、どうかしら。私はいつだって大真面目よ」

 ハァ、とため息をつき、呆然としたルアンを見る。

(……昔はこんな風じゃなかったんだけど)

 それこそ五歳くらいの頃は「あねうえ」と呼んでいつも後ろをひっついてきた。
 よちよち歩くルアンが転んで、おんぶしてやったこともある。

(それがどうしてこうなったのかしら)

 お母様が死んでから? 
 私が薬師になってから?
 それとも、ラディンの婚約者になってから?

 分からないけど、いつしか私とルアンの間には距離が出来ていた。
 こいつが相談してきた時はそれとなくアドバイスしたものだけど、それを冷たい、人の心がない、なんて言われたから、私じゃない誰かを介して助けてやったりもした……まぁこいつには気付かれなかったみたいだけど。

「姉上……」

 ルアンは天啓を受けたように固まった。
 静かにジャックと目を合わせる。余計なことが大好きワンコは顎をしゃくった。

「……」

 愚弟は瞼を震わせ、何かを噛みしめるように唇を結ぶと、おもむろに腰を上げた。
 ゆっくりと膝を曲げ、ソファから降りる。
 そして両手を床につくと、私の足元に跪いて頭を垂れた。

「申し訳ありません。僕が愚かでした」
「何に対して謝ってるの?」
「姉上の誇りを穢したこと……姉上に冤罪をかけるのに協力してしまったこと……自分の頭で考えずバース嬢や殿下の言うことを聞いてしまったこと……恥知らずにも、冤罪をかけた姉上に謝りもせず、のこのこここにやって来たこと……です」
「……ん。で?」
「無礼の上だとは思います。図々しいとも。だけど……」

 ルアンは泣きそうな顔で紅色の瞳を持ち上げた。

「どうかもう一度だけ、僕に贖罪の機会を下さいませんか……?」
「……贖罪ねぇ」

 正直、私はそれほど怒ってるわけじゃない。
 いやさっきの態度にはムカついたけど……ルアン自体に恨みがあるわけじゃない。諸悪の元凶は別にいるわけだしね。そいつのことは心から殴りたいと思ってるけど。

(婚約破棄されたおかげで、薬屋を開業出来たわけだし)

 帝位争いに巻き込まれることもなくなったしね。
 正確には認可が下りていないから開業してるわけじゃないかもだけど、それは置いておく。
 重要なのは私が皇太子妃教育から抜け出せて自由を謳歌しているということ。

『たまには気にかけてやれ。ルアンはあまり母上に甘えられなかったからな』

 不意にお兄様の言葉を思い出す。
 両親の仕事が忙しくて、親に甘えられなかったルアン。
 私はその仕事について行ったクチだけど……はぁ、仕方ないわね。

「ちょっと待ってなさい。一時間くらい」
「ちょっとじゃないですよねっ?」

 私はルアンが持ってきた毒薬を持って調合室に行った。
 オーク材の棚から羊皮紙を取り出し、分析にかけて成分を書き写していく。
 最後に薬師としての印章を押して、終わり。

 応接室に戻ると、ルアンとジャックがこっちを見た。
 私は用意した書類を丸めてルアンに差し出す。

「これは……?」
「その薬の成分と効能、使われている薬草の一覧表」

 上級薬師の私が記した書類だ。
 もし間違っていたら薬師の資格を剥奪されるけど、帝国法に基づき、ここに書いてあることは絶対だという効力を持つ。

「……! じゃあこれを使えば」
「あの馬鹿共を追い詰められる。あとはお前次第よ」

 ルアンの額を扇子で小突く。

「お前が本当にラディンあの馬鹿を推すと決めたなら貫きなさい。さすがに諸悪の根源は分かってるわよね?」

 ルアンは眉根を伏せて、不安そうにつぶやいた。

「……僕だけで対抗できるとは思えません」
「甘えるのはやめなさい。お前は公爵令息。ツァーリの血を引く男」
「……」
「……そして遺憾だけど、私の弟なのよ。無様な真似を晒すのは許さない」

 ルアンは私が小突いた額をそっと撫でて、むくれるように言った。

「姉上はいつも厳しすぎます」
「あ、そうだ。その毒薬が採れる領地と仕入れられる商人も書いておいたから、お兄様に渡しといて」
「姉上はいつも兄上の扱いが雑過ぎます!?」

 別にいいでしょ。私たちの世話を焼くのを喜んでるんだから。
 なんだかお兄様に従ったみたいで気に食わないし、これくらい許されるわよ。

「慎重に行くことね。敵は手強いわよ」
「はい」
「最初から証拠を突きつけるのはしないこと」
「分かってます」
「お前だけじゃ無理だから周りの手も借りること、絶対に一人で動かず助けを求めること」
「……はい」

 ルアンは噛みしめるように頷いた。

「用が終わったらさっさと帰りなさい」
「はい」

 やれやれ、ようやく面倒ごとが終わる……。
 席を立ったルアンの背中を見ていると、ルアンは振り返って、

「姉上」
「なに」
「姉上も、僕を助けてくれますか?」
「……」

 私はそっぽ向いた。

「……ま、暇だったらね」
「はいっ!」

 犬みたいに見えない尻尾を振って、ルアンが居なくなる。
 ジャックがからかうように言った。

「なんだお前、不器用なお姉ちゃんだな、オイ」
「……ほんとお前は余計なことを言うのが好きね」
「おいそっちは調合室馬鹿やめろ……まじで毒薬はやめろ!?」

 そういうのを野暮って言うのよ。この馬鹿。


しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

虐げられた令嬢は、姉の代わりに王子へ嫁ぐ――たとえお飾りの妃だとしても

千堂みくま
恋愛
「この卑しい娘め、おまえはただの身代わりだろうが!」 ケルホーン伯爵家に生まれたシーナは、ある理由から義理の家族に虐げられていた。シーナは姉のルターナと瓜二つの顔を持ち、背格好もよく似ている。姉は病弱なため、義父はシーナに「ルターナの代わりに、婚約者のレクオン王子と面会しろ」と強要してきた。二人はなんとか支えあって生きてきたが、とうとうある冬の日にルターナは帰らぬ人となってしまう。「このお金を持って、逃げて――」ルターナは最後の力で屋敷から妹を逃がし、シーナは名前を捨てて別人として暮らしはじめたが、レクオン王子が迎えにやってきて……。○第15回恋愛小説大賞に参加しています。もしよろしければ応援お願いいたします。

【完結】呪われ令嬢、王妃になる

八重
恋愛
「エリゼ、お前とは婚約破棄させてもらう」 「はい、承知しました」 「い、いいのか……?」 「ええ、私の『呪い』のせいでしょう?」 エリゼ・グローヴは自身の『呪い』のせいで、何度も婚約破棄される19歳の侯爵令嬢。 家族にも邪魔と虐げられる存在である彼女に、思わぬ婚約話が舞い込んできた。 「ヴィンセント王から婚約の申し出が来た」 「え……」 若き25歳の国王からの婚約の申し出に戸惑うエリゼ。 だがそんな国王にも何やら思惑があるようで──。 自身の『呪い』を気にせず溺愛してくる国王に、戸惑いつつも段々惹かれてそして、成長していくエリゼは、果たして『呪い』に打ち勝ち幸せを掴めるのか? 一方、今まで虐げてきた家族には次第に不幸が訪れるようになり……。 ※小説家になろう様が先行公開です ※以前とうこうしておりました作品の一部設定変更、展開変更などのリメイク版です

婚約破棄された令嬢、教皇を拾う

朝露ココア
恋愛
「シャンフレック、お前との婚約を破棄する!」 婚約者の王子は唐突に告げた。 王太子妃になるために我慢し続けた日々。 しかし理不尽な理由で婚約破棄され、今までの努力は水の泡に。 シャンフレックは婚約者を忘れることにした。 自分が好きなように仕事をし、趣味に没頭し、日々を生きることを決めた。 だが、彼女は一人の青年と出会う。 記憶喪失の青年アルージエは誠実で、まっすぐな性格をしていて。 そんな彼の正体は──世界最大勢力の教皇だった。 アルージエはシャンフレックにいきなり婚約を申し込む。 これは婚約破棄された令嬢が、本当の愛を見つける物語。

【完結】毒殺疑惑で断罪されるのはゴメンですが婚約破棄は即決でOKです

早奈恵
恋愛
 ざまぁも有ります。  クラウン王太子から突然婚約破棄を言い渡されたグレイシア侯爵令嬢。  理由は殿下の恋人ルーザリアに『チャボット毒殺事件』の濡れ衣を着せたという身に覚えの無いこと。  詳細を聞くうちに重大な勘違いを発見し、幼なじみの公爵令息ヴィクターを味方として召喚。  二人で冤罪を晴らし婚約破棄の取り消しを阻止して自由を手に入れようとするお話。

婚約破棄された枯葉令嬢は、車椅子王子に溺愛される

夏生 羽都
恋愛
地味な伯爵令嬢のフィリアには美しい婚約者がいる。 第三王子のランドルフがフィリアの婚約者なのだが、ランドルフは髪と瞳が茶色のフィリアに不満を持っている。 婚約者同士の交流のために設けられたお茶会で、いつもランドルフはフィリアへの不満を罵詈雑言として浴びせている。 伯爵家が裕福だったので、王家から願われた婚約だっだのだが、フィリアの容姿が気に入らないランドルフは、隣に美しい公爵令嬢を侍らせながら言い放つのだった。 「フィリア・ポナー、貴様との汚らわしい婚約は真実の愛に敗れたのだ!今日ここで婚約を破棄する!」 ランドルフとの婚約期間中にすっかり自信を無くしてしまったフィリア。 しかし、すぐにランドルフの異母兄である第二王子と新たな婚約が結ばれる。 初めての顔合せに行くと、彼は車椅子に座っていた。 ※完結まで予約投稿済みです

辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。

コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。 だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。 それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。 ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。 これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。

婚約破棄令嬢、不敵に笑いながら敬愛する伯爵の元へ

あめり
恋愛
 侯爵令嬢のアイリーンは国外追放の罰を受けた。しかしそれは、周到な準備をしていた彼女の計画だった。乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまった、早乙女 千里は自らの破滅を回避する為に、自分の育った親元を離れる必要があったのだ。 「よし、これで準備は万端ね。敬愛する伯爵様の元へ行きましょ」  彼女は隣国の慈悲深い伯爵、アルガスの元へと意気揚々と向かった。自らの幸せを手にする為に。

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない

かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、 それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。 しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、 結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。 3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか? 聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか? そもそも、なぜ死に戻ることになったのか? そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか… 色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、 そんなエレナの逆転勝利物語。

処理中です...