上 下
7 / 66
ちいたまも一緒

ちいたまも一緒 1

しおりを挟む


「なるほど。相続した家を見に行ったら土地ごとまるで商業施設の様で、思わず中も見ずに逃げ帰って来たと」
「だって、家が総合雑貨店位あって中が想像できないし、玄関前に立つのも勇気がいるんだもの」

 翌日、自分の「やっぱり……」と消極的になりがちな性分を自覚している玉生たまおは、勢いのあるうちにと寿尚すなおを訪ね日尾野ひびの家へとやって来て、叔父の遺産で譲られた場所の事を相談していた。
 そろそろ本格的に冬の気配がする時期だが猫を愛する日尾野家ではすでに全室床暖房が大活躍で、壁際のキャットタワー以外は低いタイプの家具で統一された寿尚の自室も、床にクッションを置いて座っているが冷えとは無縁なのだ。
来るたびについ座ってしまう巨大な椅子型クッションに埋まりながら、カステラの最後の一欠をミルクココアで飲み込んだ玉生は部屋の主に、分不相応な物を貰ってしまって困っている話を訴えた。
 その話を時々相槌を打ちながら聞いている部屋の主は、玉生の一つ上の友人である日尾野寿尚という。
本人は大の猫好きだがなんとも皮肉な事に彼の見た目の印象は犬、しかもクールなハスキー犬である。
 小学校普通科で玉生とは出会って、現在は小学校高等科と中学校普通科に進学先は別れたが、週末に玉生のバイト先のミルクホールに顔を出したり休日の遊戯に連れ出すなどして交流を絶やさずにいる。
そしてその積み重ねで友好を深め、すぐ遠慮する玉生がこういう時どうにか頼ってくるまでには親しくなったのだ。

「それでね、ただでさえ一軒家の上にあんな大きいなんて色々と心配になっちゃって、広い庭があるならかける君とかすい君が一緒に引っ越して来てくれないかなって思うんだけど、どうかな?」

 たしかに『あの野人どもなら広い庭には釣られそうだな。一人暮らしさせるのも心配だし』と玉生の提案に納得した寿尚は、さらに『一度くらいは使用人のいない生活を体験してみるべきか』と自分も同居に参加する気になった。

「まあ、小江都こえど線の駅のすぐ前に路面の停留所で、バスも通るならどこからでも乗り換え楽だし。あの辺は近年の埋め立て開発された土地だから、自転二輪でも余裕だろうし、今は折りたたみで持ち歩けるしさ。あ、それよりまずアイツらも誘って、電車かバスで途中の店とかも確認しながら――うん。家の生活線が生きているなら、試しに泊まってみるとかしてみた方がいいだろうし」
「え、じゃあ、う~ん……タオルケットとかいるのかな? 敷地内にある物はそのまま込みだから、自由に使っていいって聞いているけど」

 具体的な話になるとオロオロしながらでも行動に移そうとするのは、玉生の短い人生からの学習成果である。
寿尚も苦笑しながら、たしかに暖房の対策に包まる寝具くらいは必要だろうと肯定した。

「うちは独立しても個人の部屋はそのままにしているから俺も必要な物はどうせ買うし、一通り見て足りない物は少しずつ揃えるとかでいいと思うよ? でもそうだな、最近冷えてきたから床にゴロ寝がきついと思ったら徹夜するか迎え呼ぶかすればいいさ」
「『俺も』って、尚君も共同生活してくれるの!? でもこの家、みんななかなか戻らないから留守番って言ってたのに、猫たちだって――連れて行くのは、僕は構わないんだけど……」
「いや、猫は家に憑くって言うし縄張りがあるから、うちが引っ越すわけでもないのに俺の勝手でよそに連れて行くのは可哀相だよ。俺だけで飼ってるわけでもないし、モフモフに埋もれて癒やされようと帰ってくる家族にも恨まれるから、会いたくなったら人間の方が家に帰るのが我が家のルールなんだよね」

 猫の下僕を名乗り学校にいる間は猫っぽいという玉生に癒やしを求める程に猫好きな寿尚なら、家の猫とは離れたくないのではと思っていたので意外だったが、たしかに彼の家族もみんな同じ様に猫が好きだ。
たまにこの家で会う時は、大体猫と戯れながら「久しぶりだね、たま君」と玉生に声をかけてくる記憶ばかりがある。

「留守は尾見おみたちがいるから問題ないよ」

 何はともあれ寿尚も同居してくれる気だと聞いて、『いいのかな』と思いながらも玉生としては心強い。
孤児院を出た後に住む所ができたのは本当に本当にありがたいし、放置されがちだった幼年期のせいで一人で生活する空間には慣れているつもりだったが、やはりあの大きさの家に一人暮らしというのはちょっと想像が追い付かないせいか漠然とだが怖い気がする。
ただ、玉生にとって相続したあの屋敷は外国の童話に出てくるお城のような印象で、例えば非常時でもないのにどこかの大きな体育館で、一人生活すると仮定する位に現実の事としての実感が薄いのだが。


 そこでコンコン・コンコンとノックの音がして部屋の主である寿尚が入室の許可を出すと、「失礼します」と執事の尾見が扉を開いた。

しおりを挟む

処理中です...