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いらっしゃいませジャングルへ

いらっしゃいませジャングルへ 1

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 つい先日の事。
玉生たまおは後見人になった傍野はたのに案内され、叔父から相続した屋敷を訪れた。
しかし、その自然公園の様な広大な庭先ですでに腰が引けてアプローチを進めず、玄関にさえも近付けなかった。

 結局その日、肝心な家は外側から遠目に眺めるだけで終わり、その場で拾った子猫を連れて退散した玉生なのだった。




 そして本日、玉生は話を聞いて同居を前提にしてついて来てくれた友人たちと、改めて屋敷へとやって来た。
同行して来たのは、日尾野寿尚ひびの すなお三見塚駆みみづか かける田畑翠星たばた すいせい富本詠とみもと よみの四人だ。
 生まれの環境からの人見知りのせいもあり、共同生活をしている孤児院では当たり障りない対人距離ですごした玉生である。
学校でもその調子で通したのとある種の偏見により、親しいとまで言える相手はなかなかできずにいた。
そんな玉生のボッチ歴を掻い潜って来たツワモノ揃いの一行である。
 ただ――全員ある種の変人である。


 そして今後この家に関わるのに、それは幸いにも必要な条件でもあった。



 先日は傍野の車で来たので「思ってたよりも早く着いた」位の感覚でしかなかったが、普段の生活範囲が狭いせいもあり実はその位置関係が今ひとつピンときていなかった玉生である。
しかし本日、公共の交通機関である路線バスを利用してみると、よく利用している国営図書館前から乗り換えなしの上に思っていたよりもずっと近場だったのは嬉しい驚きだった。


 玉生が友人たちと蔵地でバスを降りると、そこは傍野に示され道の向かいから見た停留所で、その向こうはこちら側が高台になって緩やかに広がる地形になっていた。
感覚的にはこの停留所辺りが中心となって、国道を挟んで放射状の半円を成して外に向かって開いている形だ。
 傾斜と表現する程に高低差があるわけではないが、都心では高層建築で有名な百貨店が横に広がる形で居を構え、その二階には派手すぎない看板で社名を主張するオフィスなどの貸し店舗がある、低階層ビルがやや遠目に見えた。
さらにその近所には、同じ建築会社が手掛けたのか外郭の似通った巨大な二階建てのマンションや、百貨店と同規模の低階層ビルが何棟かが一定の距離を置いて建っているのだった。
 ほかの個人邸宅も含めて、ここから眺めただけでも一定の高さから飛び出して目立つ建築物が見当たらない事から、制限のある用途地域に指定されているのだろうと思われる。
そして、この停留所からそこをつなぐ通りに暖簾分けしたのか有名店舗と同名の飯屋や菓子屋に深夜商店まであり、電話ボックスや街灯も等間隔に設置されていて、傍野が言っていたようにここから駅までのバスが混みあうという話もなるほど納得の玉生である。
 実際に人の出入りに関しては、彼らと同じバスに乗車していた者がほぼ全員ここで降り、騒がしく街に向かって行った事もその証明のうちだろう。
 バスの中で一同をチラチラ見ながらはしゃいでいた若い少女や妙齢の女性らも、彼らがその場に留まるのにあてが外れた顔をして時々こちらを振り返りながら去っていった。
蔵地行きのバスに乗りそこで下車したので、目的地が同じ街だという理由で声をかけ一緒に行動しようと狙っていたのだろう、集団ごとに牽制しあいながら送られていた秋波にも知らぬ振りを徹底していたので、話しかける切っ掛けもなかった様だ。
目立つ集団ゆえ外出時にはよくある反応なのだが、彼女たちは彼らがまだ全員十八にも満たないとは思ってはいないだろう。
小学校の通常科を終える頃にはもうそこそこ大きかった駆や翠星、幼い頃から雰囲気が大人っぽい寿尚や詠なので、私服でいるとずっと年上の女性は実際の年齢にほぼ気付かない。
女性の方は十も年下の子供に声をかけてしまった事に赤面して謝罪する者はまだしも、逆切れする者や開き直って誘惑する者などもいて、多少は無礼だとしてもまともに対応しない方がいいと学んでそれを実践しているのだった。



 そんな彼らだけを残して、乗客たちがそれぞれ今日の予定を口にしながら休日の街へと去ったバス停脇。
郵便局の前にベンチシートと販売機があるのを目敏く見つけた駆が、「ちょうどいいから少し休んで行こうぜ」とそちらの方へ進んでみんなを手招きする。
 休日の寝起き早々に待ち合わせ場所に集合した詠は、バスの中でも半分眠っていた様なものでまだハッキリと目が覚めていないらしく、ぼ~っとしたまま帆布のショルダーバッグを膝に置きベンチに腰を下ろした。
寿尚もペットの移動用リュックをベンチにゆっくりと置いて、透明素材の窓からちいたまの様子をそっと覗き込んでいる。
 ズラリと並ぶ販売機に惹かれた玉生が駆の横から覗いてみると、スタンダードな飲み物だけではなく雑誌類からホットスナックなど多岐に渡る品揃えで、思わず「わぁ~」と感嘆の声が出る。
その声に道向こうの緑の壁を眺めていた翠星も興味を引かれ、販売機の方へとやって来た。
その中にアイスバーの販売機を見付けた玉生が「あ、3×2=アイス! 夏だったら食べたのに」と残念そうに呟くと、「そこのアイス美味いのか? って、オレンジ色なのにグリーンリーフ?」の言葉と共にチャリンと小銭投入の音がして、ガコンと落ちてきた商品を手にした翠星が冬の空気をものともせずに、勢いよく棒付きシャーベットに齧り付いた。

「ミントが入っているオレンジシャーベットだ。まあまあ、美味い」

 温かい飲み物を選びながら「寒いのに……」と半ば感心したように玉生が呟くと、「それは、たまが痩せすぎて脂肪が無いからだよ。翠星なんて見た目スマートなだけで、ひょろマッチョゴリラだから」と寿尚が笑った。

「正確に言えば冷えの対策に必要なのは筋肉。しれっとしてる日尾野もゴリラ」

 インバネスコートの前を閉じ、首元に巻いたダークグレーのマフラーをしっかりと押し込んだ詠がしれっとして言うと、駆が「ハハ。確かに、優男に見せて結構アレだな」などと笑って同意した。
それに返した寿尚の「そう言う駆はマウンテンゴリラじゃないか」に「たしかに三見塚はヒガシゴリラで日尾野はニシゴリラ」などと納得しながら真面目にコメントする詠に、うんうん頷きながら翠星が「二人に比べたら自分なんかオランウータンだぜ」とこちらも真顔で言い切った。

「あの、多分ね、翠君と詠君のゴリラって褒め言葉だよ? 前にゴリラは頭良くって平和主義だって話してたもん」

 玉生はそう言って、反応に悩み思わず無言になった寿尚と駆にホットココアの缶をそっと差し出した。
寒さに強いとはまた別で、寒い中にこれからあの広い敷地で探検だと思うとせめて温かい飲み物をと考えた結果だ。
みんな売り物のココアに関しては許容範囲が広いので玉生にしては珍しく、迷わず買える品なのだ。
ちいたまがぐっすり眠っていて手持ち無沙汰な寿尚が礼を言って受け取ると、駆も数本手にしていたミネラルウォーターを大きなボストンバッグの脇ポケットに突っ込んでから「ゴチになるな」とさっそくプルトップに指を掛けた。
詠にも渡すと何時もの神経質な表情を緩め「うん」と、頷いたか頭を下げたか判別がつかないほど微かに反応を返してから手に取って、熱いうちにゆっくりと飲みはじめた。
空気を読んでもマイペースな翠星は「どうもな。これ食べてからゆっくり飲む」と、缶を両手にまごついている玉生にズイッと手のひらを向けて、ホッとする彼からココアを受け取ってドラムバッグのポケットに突っ込んだ。
それから歩道に向かって歩き出し道路向こうの緑を興味深そうに眺めるが、彼がエルフ染みた外見に相応しく植物に愛着を見せるのは通常通りの事なので、友人たちもそんな時は放置一択だ。


 しばらく休んでそろそろ次のバスの客の気配がする頃、詠がココアを飲み終わったらしく立ち上がって空き缶を缶入れの籠に放り込んだのを合図に、空き缶を指先でクルクル回していた駆が「じゃあ、そろそろ行くか」とピーコートの大柄なチェック模様の裾を翻し、それを籠に投げ入れた。
やや猫舌気味の寿尚は、温くなった残りのココアを飲み干し缶を片付けると、溢れそうなコップの水も零さない柔らかな身のこなしでちいたまのリュックを背負う。
いつもなら無難だからとトレンチコートを着ている寿尚だが、今日のように猫を連れて動く場合は動きやすさやいざという時の保温を重視するので、今日も黒のダウンコートで動きが軽い。
彼としては常にダウンコートでも構わないそうだが「服装規定かと突っ込みたくなる煩型がいてね」という事情があり、その相手が家に出入りする親族なので、家を出てこれから顔を合わせる機会が減るのは大歓迎なのだとか。
 そして全員が横断歩道の前で先に歩道に出ていた翠星に追い付くと、バス停のコチラ側に背を向けていた彼が改めて緑の境界線のような向かいの通りを見渡して「正面のアレの先?」と指差したのは[私有地につき立ち入り禁止]との注意書きの付いた進入禁止の標識だった。

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