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玉生ホーム探検隊

玉生ホーム探検隊 7

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「ほら、くらタマ。早く開いてみようぜ」

 縁側のカーテンをシャッと勢い良く引いたかけるが、薄暗かった室内に光を取り込んで障子に向かって指を振る。
促された玉生たまおが、やや戸惑いながら和室と思しき部屋の障子をそっと引くと――

「わあっ」

 思わずそんな声が出た。
そこは、部屋の手前寄りに長方形の大きな炬燵が据えられたみんなで余裕を持って雑魚寝できる程に広さのある畳部屋で、和箪笥や衝立などの古式ゆかしい物で家具を揃えられたまさに和の部屋だった。

「なかなか趣味の良い部屋だね」
「炬燵でアイスを食べろと言わんばかりで、これぞ贅沢の極みってヤツか。至れり尽くせりだなぁ」

 その手の素養がない玉生でも品が良いとわかる部屋に、思い切って相続人としての立場を受け入れた気持ちが怖気づく。
そして「いいのかな? いいのかな?」と再び腰が引けてしまうのに、「たま以外には譲りたくなかったという事で納得したらいいよ」と寿尚すなおが諭すように言ってきた。

「なぜかこういう時だけ駆け付けて来る親類縁者がいるから、いざという時の手続きをしていたという可能性が高い」

 物事を語る言葉がストレートなよみが核心を突き、母親の葬儀ではじめてまともに顔を合わせた親戚という人たちを思い浮かべた玉生は、彼らに対してまったく好意を抱けなかったのを改めて思い出す。

玉子たまこの代わりにアンタにたからからの援助が来たら、すぐにこっちに報せるのよ!』
『どうせ母親と一緒で、お前が持ってても無駄になるだけだからな。まったく宝の奴は恩知らずで、これだから――』

 まともにお悔やみの言葉もなく、そんな事ばかりクドクドと玉生に言うばかりの知らない人たちだった。
ずっと母や叔父にもあんな態度で、それで叔父が自分を選んでくれたのなら、と考え玉生は自分を励ます様に大きく頷いた。

「うん、叔父さんが僕に残してくれた物を、無駄にしちゃいけないんだよね」

 変に頑固なところがあるのでそこを心配していた友人たちは、そう頷いた玉生にようやく安心し、詠ですら珍しくその顔に柔らかな笑みを浮かべた。

「そう、感謝と共に受け取るが孝行。遠慮してもいい事はない」
「それにね、最初はちょっと分けてくれとか控え目でも、最終的には全部寄越せとか言い出したりする輩もいるから調子にのせたら――」

 そこでちいたまがごそごそと動き出し、茶トラに突かれてそれに気付いた寿尚が「おっと、ミルクの時間だ。これから三十分休憩ね」と当然のようにそれを要求したのは言うまでなく、しばらくそこで休憩となった。

「あ、じゃあちょっとそこ見てきていいっすか?」

 ずっと温室のジャングルが気になっていたらしい翠星すいせいがそう尋ねると、駆も目の前にして探検気分が刺激されたらしく「あんまり奥でウロウロしないで、時間には注意しなよね」とお許しが出た途端に立ち上がる。
鞄を置いて身軽になったので余計に浮かれているようで、注意も半分は聞こえていない様子で競うように早足で玄関に向かって行った。
それでも決して駆け出さないのは、この二人は過去に屋内で走って「同行者に恥をかかせるんじゃないよ」とすでに教育的指導をされ懲りていたからだというのは余談である。

「そこには庭用の下駄かサンダルでも置くといいかもね。でも奥に行くには足元が不用心かな?」

 畳の上でアグラをかいてちいたまのミルクを作っていた寿尚が縁側に目をやると、カウチソファーに腰を下ろしていた詠が持ち歩いていた鞄から箱を取り出し、その中から新品の靴を取り出した。

「家の状態がわからないから念の為、持って来た」

 そう言って縁側にそっと置いた靴は、辛子色に茶色の糸で幾何学模様の刺繍がされた一見スリッパのような作りで、踵部分がペタリと平らに潰された皮製品の様だった。

「おや、お洒落だね。たしか 摩洛哥モロッコのバブーシュとかいう伝統的な履物だったと思うけど」
「僕が靴の踵を潰して履いていたのを思い出して、見掛けた時にちょうどいいと思って買ったらしい。貰った箱のまま放置して忘れていた」

 二人の会話を聞くとはなしに耳に入れながら部屋の中を見渡していた玉生は、和箪笥の上にオブジェの様に置かれた急須と湯呑に気付き、食料庫にお茶らしき物があったのを思い出した。
それで「お茶、入れてくるね」と一度洗ってしまおうと、お盆に載ったままの急須と湯呑を持って台所へと向かう。
スポンジも洗剤もあったので軽く洗いながら、ふと『お水はそのまま使っても大丈夫かな?』と考えて手で掬って口を付けてみたが、むしろミネラルウォーターと変わらない味のように思う。
傍野はたのがすぐに使えると言っていたのは、そこまで確認済みという事だったのだろうと玉生は納得した。
四つ口もあるガス焜炉に乗ったままだった空のケトルをザッと洗って湯を沸かす間に、食料庫でお茶とできればお茶請けになりそうな物をと探した中から茶筒と共に、日尾野家で見た覚えのあるクッキーの缶を見付けて手に取る。
これはアソートで「飲み物に合わせて、自分の好みに組み合わせるのがコンセプトでね」と寿尚に聞いた事があるので、缶ごと出せばまず外れはないだろう。
そこでふと、口の肥えた寿尚や出された物は残さないが実は評価が厳しい詠に、玉生が急須で美味しいお茶を入れられるのかが気になって手にした茶筒を戻してしまう。
玉生にとってのお茶とは、大きな薬缶にお茶のパックを適当に放り込むという院での飲み方のイメージが強い。

「……紅茶なら、お店で入れ方とか習ったし」


「そんなわけで紅茶にしたんだ?」

 湯呑に口を付けて動きが止まった詠に何事かと思えば「思っていたのと違う味だった」と珍しく呆然と呟いた姿に、ミルクを飲ませたちいたまを茶トラに渡した寿尚は笑ってしまった。

「クッキーと一緒なら、いいかなあと思って……日本茶は院では大きな薬缶で適当に入れていたから、紅茶の方が入れ方教わっただけ美味しくできるはずだし」
「うんうん、美味しく入れられているよ。でもカレーがあるから、クッキーは控えめにしないとね」
「では、せっかくなのでこのバタークッキーを一枚だけ貰おう」

 そう言って缶を開いた詠が一枚取って囓ると、続いてナッツ入りの物を手に取った寿尚に「たまは、チョコレートチップが入っているのが好きだよね」と微笑まれ、玉生もえへっと照れくさく笑いながらそれを美味しくいただいた。

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