上 下
57 / 66
玉生のリ・ハウス

玉生のリ・ハウス 7

しおりを挟む

「あ、尚君!」

 ヘッドライトの向こうに見付けた姿に玉生たまおが手を振る。
すると、一見ベビーカーの様なペットカートに大きく丈夫そうなキャリーやカーゴなどを載せ、大きなドラムバッグを担いで立っていた寿尚すなおが手を振り返した。
蔵地くらちにある玉生の家に置いてきた、ほとんどちいたま用の荷物だった物より、全体的に大柄なペット向けのグッズである。

「チャトが大人しく入ってくれるかはともかく、一応はね。それにこれから使う子たちが増えるかもしれないからさ」

 そう言って玉生が開いたドアから乗り込んだ寿尚は、ペットカートを後部に載せてタイヤをロックした。
その寿尚の後をカートに大きな箱を載せた尾見おみが玉生たちに挨拶をして続く。
テキパキと畳まれた座席も使うと、ペットカートとカートの両方が動かない位置に抑えあう様に上手く収めた。

「では、機会があれば新居の方へご挨拶に伺わせて下さいませ」

 車内に頭を一つ下げてから日尾野ひびのの家に戻ろうとした尾見に、はっとした玉生が「あ! そうだ、尾見さんに頼みごとがあって……っ」と慌ててコートのポケットからキーケースを取り出した。
尾見に預かってもらうのを忘れないようにと、ダッフルコートを着る時にポケットに入れておいたのだ。

「あの、家の予備の鍵は預けておくものだって、それで信用できてどこに連絡するかハッキリしてる人に頼むのがいいって聞いたので……」

 気が焦って捲し立てるように願いを口にした玉生は、声をかけられてドアの向こうで待ちの姿勢で立つ彼にそれを差し出す。

「うちの予備の鍵っ、尾見さんが預かっていただけませんか?!」
「はい、私でよろしければ。大事にお預かりいたしますので、必要な時はどうぞお声をおかけください」

 先に寿尚に聞いていたので、尾見は躊躇なくそのキーケースを受け取って、「お守りだと思って持ち歩く事にいたしますので」と微笑んだ。
もう何年も日尾野の家に出入りし、末っ子の友人でその家族一同にも気に入られ下にも置かない扱いを受けても、変わらずに控えめに歓待を受ける少年は尾見にとっても歓迎に値する人物である。
つまり、この程度の頼み事は、尾見個人としても引き受けるのにやぶさかではないのだ。

「では寿尚坊ちゃま、いってらっしゃいませ。傍野様、よろしくお願いいたします」

 数歩下がり改めてこちらに向き直った尾見に見送られながら傍野が車を発進させると、その後ろを四輪駆動車が付かず離れず追従して来る。
その運転席の男を見て「富本とみもとのご夫婦は筑波に参られるとの事だが……本家から彼を番人としましたか」と呟いてから、尾見は大事そうにベストの隠しに預かり物のキーケースを仕舞った。




 次に迎えに向かうかけるのいる三見塚みみづか家は、工房を兼ねた住居で山寄りの自然が多い場所にある。
家族の中でも社交的な者がカルチャースクール的な事をしていて、結構な数の生徒が時間を作って通って来るので、地元の振興にも一役買っているのだ。
そのおかげで近くのバス停留所からの道もレンガで綺麗に整備され、僅かながら夜道を照らす外灯もあって近所の人の散歩道にもなっているが、この季節ではなかなかそんな奇特な人はいない。
そんな少し寂しい玄関先に、ガラスの扉を通して工房の光が漏れている中、原動機付自動二輪車のシートに腰を下ろし手元を覗き込む駆が待っていた。
ヘッドライトの光が届き、傍野の運転する車の到着したのに気付いた駆が立ち上がって手を振ってくる。
そこに車のリアウィンドウを照らす光が、付かず離れずの距離で追走している四輪駆動の存在を知らせてきた。


しおりを挟む

処理中です...