このセーラー服が脱げたなら

しんしあ

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少女は咽び泣く

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 目が覚めたら、知らない天井だった。
諒子は目をパチクリと2、3度開けたり閉じたりした後、顔を左右に振り、視界がやけにぼんやりする中、状況を確認した。けれど、やっぱり視界がぼやけてよく見えない。身体も熱い気がするし、ハアハアと息も荒くなっている。


 
 なんだ夢かと思い、諒子は再び瞼を閉じた。……眠れない。けれど、身体が怠く寝返りするのも億劫で、天井をただ、ぼーっと見ていた。 そして、まだ夢現な頭で考える。私、今まで何をしてたっけ?確か、寝坊して、慌てて刑事さんたちの車に乗って、それで…
 



『今日が、通夜だってよ』



 
 そうだ、今日は首藤さんの通夜なんだ。頭が段々と冴えてくる。……私が見たあの死体は、首藤さんだった。その事実が、今頃、諒子の心にずしりとのしかかってくる。


 

 けれど、段々と頭が覚醒してきた。確か私、警察署から家へ歩いて帰ろうとしてたけど、暑さのせいで、途中で目眩がしてきて、それで…

 


「具合はどうだ?」



 
 風がなびくほど、障子が思いっきり開く音がした。諒子が驚いて声の方を見ると、そこには川中が居た。さも当たり前のように、片手にお盆を持ってドカドカと遠慮なく近付いてくる。

 


「かわ、なかさん……?」
「え、分からねえのか?ただでさえ沸いてる頭が、可哀想に…」
「うっわ、その感じは川中さんだ、え、じゃあ、此処は」
「お前の新野さんはそっちにいるぞ」
「え!?」



 
 川中が指差す方向に振り向くと、そこには本を片手に持っている新野さんがいた。諒子と視線が合うと、にっこりと笑いながら本を閉じた。

 


「え、な、なんで私、この家に居るんですか……?」
「ひでえ言い草だな。お前が道端で倒れているところを拾って、手厚く看病してやってるのに」




「ああ、ひでえひでえ」と川中は自分のツルツルな頭を撫でながら座り、お盆の上にあったアイスクリームを諒子に差し出す。バニラ味の、昔からある素朴なアイス。いつもなら喜んで貰う諒子だったが、今はそんな気分じゃなかった。



 
「あの、食欲がなくて……すいません」
「…何かあったのか?」
「…………」

 


 諒子の暗い表情を見た新野さんが、川中に視線をやる。長年の腐れ縁だと言っていた2人、表情だけで何を考えているか分かるって、確か川中さんが、そんなこと言ってたなと、諒子は薄らと思い出していた。
 何かを察知したのか、川中はアイスクリームを片手に居間へと戻って行く。「冷蔵庫に戻しておくからな」と、遠くから声が聞こえたが、返事をする元気など諒子には残っていなかった。



 
 寝室に新野さんと2人っきり、いつもなら心臓が飛び出そうなシチュエーションも、真夏の暑さにやられた身体は思うように動かない。休んだ方が良いことは分かっていたが、目を閉じると思い出してしまう。首藤さんの濁り切った茶色の目を、思い出してしまう。
 



 クーラーからピピっと音が鳴った。リモコンボタンを押していないのに、勝手に付いたり消えたりし、羽が上下に揺れている。真夏の暑さで壊れたのかな、と諒子が上を見上げると、冷たいものが額に当たった。思わず手で触ってみると、それは氷枕だった。



 
「…ありがとうございます。新野さん」



 
 いつもの元気がない諒子に対して、新野さんは何も言わない。ただ、側に居た、...側に居てくれた。
 微風が吹き、縁側に飾ってある風鈴がチリンと鳴った。畳からは夏の匂いがする。溶けていく氷枕が、畳に染みを作った。



 
「同級生が、死んだんです」



 
 ぽつりと、諒子は静かに呟いた。風鈴が再び鳴り、沈黙が2人を襲う。新野さんは何も言わなかった。その代わりとでも言うように、諒子に続きを話すよう、優しい眼差しを送る。



 
「別に、仲が良かった訳でも、よく話していた訳でもないんです。本当に、ただクラスが一緒になっただけの、同級生だったんです」



 
 首藤さんは、よく笑う子だった。いつもニコニコ笑っていた。友達に何かを頼まれた時も「仕方ないなあ」と、笑って了承する子だった。…どこか無理をしている様子が、私と似ていた。ぼんやりと、諒子は最後に会った日を思い出す。
 



 夕暮れに染まった教室で、諒子は1人焦っていた。
新野さんと会う約束をしていたのに、クラスメイトから頼まれたグループワークの資料作りに手間取っていたのだ。本来なら、グループの皆とするべきそれは、帰宅部で、尚且つバイトもしていない諒子に半ば押し付けられた。
 焦りながらも、何とか資料作りをしている途中に、教室の引き戸が開く音が聴こえた。顔を上げると、首藤さんがスマホを片手に驚いた表情で此方を見ていた。

 


「……畠中さん?」
「首藤さん?珍しいね!放課後残ってるの」
「それは畠中さんもでしょー?」

 
 

   そう笑いながら、首藤さんは近くの椅子に座り、諒子が必死に作っている資料を見た。「それ…」とぱっちりした目を更に大きく開ける。諒子は頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。

 


「あ、ほら!みんな、忙しいから、私が資料まとめてるんだ」
「……押し付けられたって、こと?」
「んー、そうとも言う…?」

 


 暫くの沈黙、夕日に照らされた首藤さんの表情はよく見えなかった。諒子は、もしかして怒っているのかなと顔を覗くと、首藤さんはにっこりと笑いながら「私も手伝うよ」と言った。諒子はポカンと口を開け固まってしまったが、首藤さんが黙々と資料作りに取り掛かろうとしている姿を見て、慌てて止めに入った。



 
「いや、そんなの悪いよ!首藤さん別グループでしょ?」
「いいから、いいから~」
「いやいやいや」
「強情だな~、あ、そうだ!だったら畠中さんの恋のお話、聞きたいな~」
「え!?なんで知ってるの!?」
「あ、やっぱり彼氏いるんだ~」
「か、かか彼氏じゃないよ!」
「じゃあ、好きな人?」
「……」

 


 完全に墓穴、諒子は耳朶まで真っ赤になってしまい、手に持っていた資料で顔を隠す。それを見て、首藤さんはニヤニヤしながら机の上で両手の指を合わせた。



 
「けど、多分みんな分かってると思うよ、なんというか、畠中さんって分かりやすいし…あと、私たちだけじゃん?部活に入ってないし、バイトって訳でもないのに、学校終わったら直ぐ帰るの」
「た、確かに」
 



 誰にも、それこそ友達の小夜ちゃんにすら隠し通せていると思っていた諒子は、私って、そんなにわかりやすいんだ、と今更な事を痛感していた。それに対し、首藤さんは顔を俯かせ笑った。いつものニコニコと笑っている姿ではなく、ケラケラと楽しそうに笑うその姿に、諒子は、ああ、これが本来の首藤さんなんだと実感した。



 
「え、年下?年上?…あ、もしかして同級生!?」
「違う違う!年上のお兄さんで…」
「えー!そうなの!?やっぱ年上だよね~」
「……首藤さんも、彼氏いるの?あ、変なこと聞いてごめん!首藤さん可愛いからいるに決まってるよね!?」

 


 諒子は自分が質問攻めされていたことも忘れ、首藤さんに謝った。目立つグループの可愛い子は、カッコいいサッカー部の先輩と付き合っているのが相場だと、諒子はとても偏った思考を持っていた。
 しかし、首藤さんの返事は想定と違うものだった。桃色のチークを差した頬が紅くなり、少し視線を逸らしたかと思えば、今度は手招きし、諒子に顔を近付けさせ、内緒話をするように囁いた。

 


「私も好きな人いるんだ。……みんなには内緒だよ?」

 


 首藤さんの唐突な告白に、諒子は思わず立ち上がり、目を白黒にさせながら、叫びたくても叫べない胸の内を必死に仕舞い込もうとする。その様子に首藤さんは「オーバーだな~」とケラケラ笑った。茜色に染まった黒板、夕日が差し込む教室、響く2人の会話、今でも鮮明に思い出す。けれど
 



 
 それが最期の会話になるなんて、思ってもいなかった。




 
「……なんで、こんなに、悲しいんだろう。ちょっと話しただけなのに、どうして」




 視界がぼやけ、新野さんの顔がよく見えない。諒子は思わず顔を逸らす。…今の私、凄いブスなんだろうな、泣くのを必死に我慢している顔。
 横から、新野さんがスマホを打つ音が聞こえた。ポチポチと、相変わらずゆっくりと……けれど、諒子にはそれくらいの間が丁度良かった。



 
〈人は 大人になるにつれて 痛みに鈍くなる〉



 
「痛み……?」

 


 何の話だろう?そう思ったのも束の間で、新野さんは諒子の手を取り、自分の胸に寄せる。浴衣がはだけ、胸元が少し顕になったことも気にせず、今度は自分の唇に諒子の指を当て、口元をゆっくりと動かす。口パクでは分かりにくい単語、しかし、不思議と諒子は分かった。

 


「こころ……?」

 


 新野さんはゆっくりと頷いた。そして、再びスマホを打ち始める。



 
〈自分の心が 傷ついていることに 気付かなくなる
自分の心と 向き合おうとしなくなる
そうやって 人の死や悲しみを 受け入れようとする〉



 
「……よく、分からないです。ごめんなさい」



 
 新野さんは必死にスマホを打つ。何か伝えたいんだろうけど、私が馬鹿だから、何にもわからない。何年も一緒にいるのに、川中さんのようにはいかないな、と思いながら諒子は新野さんをじっと見つめた。



 
〈悲しみは 時間とともに消えていく
 その子と過ごした記憶とともに〉



 
「………そんなこと、」



 
 そんなことない、って言えるだろうか、昔の記憶なんて朧気だ。嫌だったことは今だに憶えているのに、楽しかった記憶は染みができた本みたいに、ぼんやりとしか憶えてない。きっと、私が思い出すのは、夕日に照らされ、綺麗に笑う首藤さんじゃなくて、内蔵がぐちゃぐちゃにされ、濁った目をした死体だ。けれど、大人になった私は、それを悲しいとは思わない、嫌なこと思い出しちゃったなって顔をしかめるだけだ。


 
 新野さんの手は止まらない。私の気持ちを置いてけぼりにして、スマホの画面を見せる。



 
〈君にとって その子は何だった? その子と 何をしたかった?どんな話を したかった?〉



 
「……そんなの」

 


 言葉が出てこなかった。喉元に突っかかったように、吐き出せない。違う、だって、本当にただの同級生なんだ、首藤さんと話しても話さなくても1日は終わるし、首藤さんが休んでたって、寂しくもなかった。いてもいなくても私の世界は回ってた。




 
なのに




 
「そんなの、いっぱいある……!」


 
 嗚咽とともに、感情が溢れてくる。ああ、そうか、気付かない内に、私の中で首藤さんの存在は大きくなっていたんだ。本当は、首藤さんと恋の話の続きをしたかったし、資料作りのお礼だってしたかった。もっともっと、話したかった。違うグループだからって、遠慮なんてせずに話しておけば良かった、友達になりたかった。




 
 けれど、もういない
 もう、何処にもいない

 


 
 涙を流した分だけ、私は首藤さんを忘れてしまうのだろうか。人は、死んだ人の声から忘れていくって、誰かが言ってた。私が最初に忘れるのは、あのケラケラした笑い声なんだろう。
 

 

 新野さんは私の頭にある氷枕を取り、水滴をタオルで拭き取ってくれた。そして、泣いている私に、ずっと寄り添ってくれた。


 


〈忘れないで その子は君といた
その子の時は止まったけれど
君は 確かに 同じ時間を ともに歩んでた〉





 
 声を押し殺して泣いている中、ぼやける視界に写った文面。諒子は、新野さんの伝えたいことが、何となくだけど分かったような気がした。

 
 
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