満月綺想曲(ルナ・リェーナ・カプリチオ)

小桜けい

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番外編

シャルロッティと、おとうさま

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 ヘルマンとサーフィの娘、シャルロッティのお話です。


****

 非常に気が進まなかったが、シャルは自宅二階にある父親の部屋をノックした。 

「おとうさま、教えて欲しいことがあるの」 

 いつもながら室内はきっちり片付いている。 
 薬品調合をしていたヘルマンが手を止め、六歳の愛娘に微笑みかけた。 

「おや?珍しいですね」 

 シャルロッティ・エーベルハルトは、非常に愛くるしい容姿をした、6歳の女の子だ。 
 父と母のどちらに似ても美しい顔立ちになっただろうが、どちらかというと父親似かもしれない。 

 パチリとした大きな二重の瞳は、片側が氷のようなアイスブルー、もう片方が灼熱色だ。 
 白銀の髪は、二本に分けて三つ編みにしている。 

 そして中身は……まぎれもなく父の才能を引き継いでいた。 
 すでに父親と同じ、難解な第二級錬金術師の資格を有しているが、上級錬金術師の試験も、受ければ楽々クリアできるだろう。 

 それをしないのは父親と同じ理由だった。 
 羨望の的である上級錬金術師だが、弟子を何人も持つ規約や会議の出席など、何かとうっとうしいのだ。 

 ちなみに、一番気楽で身軽なのは下級錬金術師だが、ギルドの要請で他国に出向する機会も多い。 

 特に聞いたわけではないが、下級錬金術師の立場をずっと好んでいた父が、第二級の資格をとったのは、どうやらシャルが産まれたのがきっかけらしい。 


「本当は、誰かに頼るのってあんまり好きじゃないわ。おとうさまでもね」 


 とことこ研究室に入り、父親の向かいから机を覗き込む。 
 とても背の低いシャルは、顎を乗せるのが精一杯だ。 


「君のそういうところは、僕に似てしまいましたね」 

 ヘルマンが苦笑した。 
 その可愛らしい外見と裏腹に、シャルはたいそう負けず嫌いな性格だった。 
 何でも自分で本を読んで調べ、実験して自力で試そうとする。 
 しかし緊急事態である。 
 完璧な父親に頼らざるをえなかった。 

「そうなの。でも、ちょっとだけ……その……もし、こういう薬品を作って、ポップコーンにかけたとしたらって聞きたいの……」 

 顔をちょっとだけ赤くしながら、シャルは父親に薬品配合を話す。 

「なるほど」 

 ひどく複雑な薬品配合だが、ヘルマンは口頭で説明されただけで即座に理解したらしい。 

「その薬品配合ですと、ポップコーンの大爆発が起きますね」 

「やっぱり……」 

 ゴクリと、シャルは青ざめて唾を飲む。 

「一見、食品を無害のまま百倍に増幅する画期的な薬品に見えますが、培養液の種類と使っている薬草の組み合わせが落とし穴ですよ。 
 百倍をさらに百倍に増幅させ、その後も効果が切れるまで、倍に増えていきます」 

「う……」 

 嫌な予測が見事に的中してしまった。 
 頭を抱えるシャルを、父親の両眼がとても疑わしげに眺める。 

「シャル?もしや……」 

「だ、大丈夫!大量に増幅するような薬品類は、作る前に相談するって、おとうさまと約束したもの!」 

「それは良かった」 

 ニコリと、ヘルマンが微笑む。 

「もし勝手にそんなものを作って、樽いっぱいのポップコーンにでも降りかけていたら、24時間後には大変な事になっていましたよ」 

「ハ……アハ……そ、そう……?」 

 ちらりと、壁際の柱時計に視線を走らせた。 


…あと三分。 


「王都の天気は一週間、昼夜を問わずポップコーンの雨になるでしょう」 

 とんでもない天気予報を告げ、ヘルマンは手元の紙に、ペンでさらさらと何かを書き込む。 

 シャルは亀のように首を伸ばしていたが、身長が足りないため、内容までは見えなかった。 

「増幅を即座に止める薬品配合は、こんなものですかね……」 

 ときどき腹が立つほど完璧な父は、いつも正確な答えをくれる。 


それはもう、 『赤ちゃんはどうやってできるの?』 という、親として最も答えにくい質問にすら、眉一つ動かさずに答えてくれるツワモノだ。 


「さ、さすがおとうさま!」 

 机の反対側にかけよったが、掴もうとした紙は、ヒョイと届かない高さまで持ち上げられてしまった。 

「ちょ……っ!おとうさま!?」 

 母親ゆずりの身軽さで飛び掛っても、スルスルとヘルマンは避けてしまう。 

「くく……どうしました?ヒントをあげますから、ゆっくり自分で考えてみたらどうですか?負けず嫌いちゃん」 

「えっと、今はちょっと……」 

 ニマニマ口元を緩めた父親に、ワンピースの背中を掴んで持ち上げられた。 

「それとも何か、急ぐ理由でもあります?」 
「そ、そんな理由は……………」 

 子猫よろしく宙吊りにされ、ジタバタもがく。 
 細身の父親は、まったくどこにこんな力を隠しているのか不思議で仕方ない。 

「あ、あの、あの……」 

 あと五秒……四……三……ニ…… 

「おとうさま、ごめんなさぁい!!!!!」 

 錬金術ギルドの三番棟で起こる、ポップコーンの大爆発を覚悟し、思わず両手で耳を塞ぎ、叫んだ。 

「…………あ、あれ?」 

 何も聴こえないし、地響きも感じない。 
 この家は錬金術ギルドのすぐ近くに建っているから、聴こえないはずはないのに……。 

「ああ、そうそう。シャルが昨日、ギルドの実験室に仕込んだポップコーンには、この中和剤をすでに振り掛けてあります」 

「お……とう……さま……?」 

「ポップコーンのプールでも作るつもりでしたか?あれでは、あやうく王都が埋まるところでしたよ」 

 ポトンと床に落とされ、上を見上げると、父親はこのうえなく意地悪な笑みを浮べていた。 

「全部知ってて、意地悪したの!?」 
「約束を破ったあげくに、嘘をついた罰ですよ」 

 抗議はしれっと言い返された。 

「なにしろ、僕は君の父親であると同時に師です。 
 君が規定の年齢に達するまで、作るものに対して監督責任がありますのでね。 
 それから……約束どおり、一週間の外出禁止です」 

「いやああああ!!!」 

 真っ青になってシャルは抗議した。 
 フロッケンベルクの子どもにとって、宝石のような夏に外出禁止を喰らうなど、最低最悪の拷問だ。
  
「で、で、でも!でも!!夏なのよ!?バーグレイ商会の馬車だってくるのに!」 
「遅くとも明後日には着くでしょうね」 
「アンやロルフをがっかりさせちゃう!」 

 そもそも、遠くから来る双子の親友にとびきりの歓迎パーティーをしようと、ポップコーンのプールを思いついたのだ。 

「ラインダース家は、我が家に1ヶ月滞在するでしょう」 
「だって二人とも、夜になったら狼に変身して山に行くの、知ってるでしょう!? 
 私はルーディおじさんが背中に乗せてくれるって……」 

「いい子にしていたら、謹慎開けはご自由に夏を満喫してかまいません」 
「ひどぉい!!おとうさまの鬼っ!!悪魔ぁっ!!!」 
「ルーディなら、僕がどれだけ厳しい師匠か、よく知っているはずですよ」 

「う、うう……っ……だぁいっきらぁい!!!」 

 床にひっくり返って手足をジタバタさせるが、冷ややかに一瞥されただけだった。 

「自業自得ですよ。これに懲りたら……」 

 突如、階下で何かが破裂したような爆音が轟いた。 
 キッチンの方から、母・サーフィの何かに埋もれているような悲鳴がかすかに響く。 

「……シャルロッティ・エーベルハルト。説明していただけますか?」 

 ゆっくりと、氷河より冷たい声がシャルを呼ぶ。 

「エ、エヘヘ……培養液の残りを少し、マシュマロにかけて戸棚の奥に入れたの……お皿いっぱいになるかと思ったけど……」 

「確実に、キッチンがマシュマロで埋まっておりますよ」 

「ポップコーンより効果が出る時間は、ちょっとだけ早いみたい……ね?」 
「そのようですね……さすがは僕の娘です」 

 少々引きつった笑みを口はしに浮かべ、ヘルマンは薬のレシピを娘にほうる。 

「必要な材料は棚に全てあります。十分で作って持ってきなさい」 
「……おとうさまは?」 

 なんとなく返答はわかっていたが、スタスタ扉に向かう父親に尋ねる。 
 振り返ったヘルマンは、整いすぎるほど整った顔に、満面の笑みを浮べた。 

「僕の愛する妻は比類なき女剣士ですが、大量に増殖し続けるマシュマロ相手は、分が悪いですからね。 
 夫の義務として助けに行かなくては」 

「う~!また自分ばっかりイイカッコするつもりね!」 

 転んでもただでは起きないとは、この人の為にある言葉だと思う。 

 実は、シャルが『やらかす』たび被害を被るのは、なぜかいつも母サーフィだった。 
 そして妻にベタ惚れしている父は毎回、ヒーローのごとく彼女を助け、一番イイ所をかっさらうのだ。 

 同じく夫にベタ惚れの母が、感激しないわけはない。 
 弟子の監督不行き届きと怒るどころか、父の株をさらにあげ、見ているほうが恥ずかしくなるくらいイチャついている。 

「その通りですよ。僕は妻を心底愛しておりますのでね。 
 夫婦仲はさらに良くなるし、結構な事です」 

 ちゃっかり者の父は、ニヤリと口端に悪党の笑みをうかべる。 

「もう!!」 

 ふてくされて頬を膨らませたが、どう考えても悪いのはシャルだ。 
 レシピにざっと目を通す。 

 なるほど。 
 組み合わせは奇抜だが、単純な調合だ。十分あれば作れる。 

 立ち上がった時、部屋を出る寸前の父親と、目があった。 

 冷たいアイスブルーの奥に、少しだけ温かな色が宿っている。 

「シャルロッティ、もちろん君の事も、心から愛しておりますよ。 
 危険な目にあわせたくないと思うくらい」 

「……私の事も?」 


 時々は反発しようと、シャルは父が好きだ。 

 外見は二十代の青年に見える父が、実は百六十年以上も生きている氷の魔人である事も、母は父の造ったホムンクルスである事も、知っている。 


 それから……どうしてか……親子だからだろうか? 


 知識では無く、感覚で知っているのだ。 

 いつも完璧で、人当りよくにこやかな父は、何かを愛するというのがとても苦手なのだと。 


 自身がどれほど優れた錬金術師であろうと、人も物も名誉も……父にとっては、全てどうでもいいのだ。 

 その例外中の例外が、母のサーフィと…… 


「ええ。君も僕の特別ですよ」 

 整った口元に、今度は柔らかい笑みが、かすかに浮かんでいる。 

 そして…… 


「――ですが、それとこれとは別の話です」 

 ビシッと、容赦ない判決が言い渡される。 



「二週間、外出禁止!!!」 


 
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