ハズれギフトの追放冒険者、ワケありハーレムと荷物を運んで国を取る! #ハズワケ!

犬河内ねむ(旧:寝る犬)

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第一章:大迷宮の探索 -神話の怪物-

第29話「冒険者」

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 ミーノータウロスは、ボロ布のようにちぎれた左腕から血を吹き出し、咆哮した。
 冒険者でなければ、その叫び声を聞いただけで死んでしまうのではないかと思うような、魂も凍る『怒り』の絶叫だった。
 追撃しようとしたエゼルリックでさえ、歯を食いしばって一歩下がる。
 しかし俺は、逆にそのモンスターに向かって走った。

「アミノっ!!」

 ミーノータウロスの足元、未だにその量を増やし続ける血の海に、わずか十三歳の少女が横たわっているのだ。
 彼女をここに、この地獄のような第六層に連れてきた俺が、神話の怪物ごときを恐れているわけにはいかなかった。

「アミノっ! 無事かっ!」

「……ベア……さん」

 血溜まりの中を泳ぐように進み、小さなアミノの体を抱えてモンスターの足元を滑り抜ける。
 自分の血糊ちのりのせいで視界がぼやけているミーノータウロスの拳は、闇雲に振り回しただけでかすりもしなかった。
 それでもモンスターは俺たちを追う。アミノだけならともかく、やたらと重いアミノの武器パイルバンカーを抱えていては、いつまでも逃げられるものではなかった。

「グリモワール七十二しちじゅうにの契約を持ちて、にゃーは汝に命ず! 顕現けんげんするのにゃ! アムドゥスキアス!」

 薄暗い地下第六層に、マグリアの詠唱が響き渡る。
 刹那、周囲のすべての音は消え、完璧な無音の世界が訪れた。
 ミーノータウロスは構わず拳を振り下ろす。もう一度避けようと地面を蹴った俺は血糊で足を滑らせ、アミノを抱えたまま無様に転がった。
 次の瞬間に訪れる衝撃を、自らの死を覚悟する。しかし、その瞬間はいつまで経っても訪れることはなかった。

「――にゃん! ベアにゃん! 今のうちだにゃ!」

 音が戻る。顔を上げると、ミーノータウロスは酔っ払ってでも居るように地面に這いつくばり、立ち上がろうとしてはまた、自らの血の中に倒れ込むことを繰り返していた。

「三半規管をぐちゃっとやったにゃん! でもすぐもどるにゃん!」

 音がまだ聞こえていないと思ったのだろう。マグリアが左手の人差し指と親指で輪っかを作り、その中に右手の人差し指を突っ込んでグリグリと動かしてみせる。
 俺はなんとか立ち上がり、エゼルリックに殿しんがりを努めてもらってなんとか階段まで逃げ帰った。

「助かった、マグリア」

「なんのなんのですにゃ。ただ、帰りの分のマナも使ってしまったのにゃ」

「いや、良い判断だった。とにかく第五層へ上がろう」

 アミノを背負ったまま九十キロのリュックも引きずって、マグリアとロウリーの後ろを歩く。
 エゼルリックは後方へ剣を向けたまま最後まで後ろ向きで階段を登りきった。
 第五層、ジギタリスの野原は静かに揺れている。
 指輪のアンチドートが作動しているのを確かめて、俺たちはやっと息をつき、地面に足を投げ出した。

「イソニアすまん、アミノの治療を頼む」

「ええ、もちろんです。エゼルリックさんもベアさんも治療しますから、少し待ってくださいね」

 俺がまだ胸に抱いているアミノにイソニアが駆け寄り、治癒の魔法をかけた。
 みるみるうちに血は止まり、血色も良くなり始めたアミノの顔にほっと一息つく。
 そんな俺の髪がいきなり後方からつかまれ、無理やり顔を上に向けられた。

「おい兄ちゃん! 一体どういうつもりだよ!」

 見上げる先に、険しく眉をしかめたロウリーの顔があった。
 髪をつかまれたまま助けを求めて周りを見回す。しかし、エゼルリックもマグリアも、呆れたように俺を見ているだけだった。

「どういうつもりって、何がだ」

「どういうつもってのは、どういうつもりなんだってことだよ!」

 ロウリーは怒り心頭と言った様子で、まったく会話にならない。
 困り果て、ただ髪の毛を引っ張られ続けている俺に、マグリアが助け舟を出した。

「ロウリーにゃんが聞いてるのは、ベアにゃんがどういうつもりでパーティを危険に晒したのかってことにゃん」

 エゼルリックが大きくうなずく。全員の顔をうかがってさまよった末に、たどりついたイソニアの表情も、皆と同じように呆れているようだった。
 パーティを危険に晒した。
 確かにそう言えるだろう。だが。

「いや、ギルドの約款やっかんにもあるだろう? 『迷宮内での不慮の事態には助け合いを推奨する』って」

「あいつらギルドのもんじゃねーだろ!」

「ドゥムノニアの冒険者だって別のギルドの冒険者だ。それに、助けるのはギルドの人間だけと決まってはいないだろう」

「でもにゃー。それで自分たちが死んだら笑い話にもならないのにゃ」

「いやしかし、あの状況で一番生存率が高いのは、俺たちが時間を稼ぐことだったはずだ」

「全員の生存率で言ったら、あいつらをオトリにしてあたしたちが逃げるのがいいに決まってんだろっ!」

「俺が言ってるのは全員の生存率だぞ?! それじゃあドゥムノニアの冒険者がほぼ確実に死んじまう」

「だから! 兄ちゃんの全員ってのがおかしいの! まずはあたしたちパーティが無傷に生き残ることを優先しろよな!」

 ロウリーは、投げ捨てるように俺の髪をはなし、ぷいっと顔をそむける。
 彼女の言うことはもっともだ。だが、俺にも曲げられないものがあった。

「すまない。アミノの怪我は俺の責任だ」

「ったりまえだろっ!」

「いやまぁ誰の責任とかはどうでもいいのですにゃ」

「……だが、おれはもう一度同じ状況になったとしても、同じ判断をするだろう」

「兄ちゃんお前っ!」

「本当にすまない。だけどな、俺が目指した『冒険者』っていうのは、そういうものなんだ。そこを曲げてしまったら、俺はもう冒険者ではいられない」

 目をつむり、頭を下げる。この冒険が終わったら、みんなからパーティ解消を告げられるかもしれない。
 それでも仕方がないと、俺は観念した。
 ふと、頬に温かい手が添えられる。
 目を開けると、そこでは意識を取り戻したアミノの目が、しっかりと俺を見つめていた。

「……ベアさん。わたくしも、あの判断は間違っていなかったと思います。そして、わたくしの怪我は自身の未熟が招いた結果です。そう言えるのが、わたくしの目指す『冒険者』ですから」

 俺に向けられていた女神の如き美しい笑顔が、ロウリーへと移る。
 元気を取り戻したアミノの姿に、一瞬嬉しそうな顔になったロウリーは、眉をしかめ、腕組みをして顔を背けた。

「ちぇっ! アミノは甘いな! もういいよ、アミノがいいって言ってるのに、あたしがグダグダ言ってもしょうがないもんな!」

「にゃはー。このパーティは、めんどくさい冒険者が多いのですにゃん」

 マグリアも笑ってくれた。アミノの治療を終えたイソニアも、にっこり笑ってエゼルリックの治療に向かう。
 エゼルリックだけが「つきあいきれん」とでも言うように、笑いもせず、大きなため息をついた。
 俺に抱っこされていたアミノが、パイルバンカーを杖に立ち上がる。
 その視線は、たった今逃げ出してきたばかりの第六層へ向けられていた。
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