J1チームを追放されたおっさん監督は、女子マネと一緒に3部リーグで無双することにしました

犬河内ねむ(旧:寝る犬)

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最終節

第19話「優勝の行方」

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 後半キックオフからの15分間、多喜城たきじょうFCは劣勢に追い込まれていた。

 サイドでの攻防に押し負けることが増え始め、カウンターも不発に終わることが多くなる。
 前線の要となるアリオスが前半から足を痛めていたのが原因なのは、サポーターから見ても明らかだった。

 しかし、怪我から復帰して以降、未だフル出場の経験のない財満ざいまん、前半にポストと激突して出血したGK片端と言うウィークポイントを持つ多喜城は3枚の交代カードのうち1枚を既に前半に使用しており、残り2枚となったカードの1枚をアリオスに使うべきかどうかの判断を清川監督は未だに下せずにいた。

「キヨさん! アリオスやばい!」
 テクニカルエリアに居る清川の目の前を石元がそう言いながら走りぬける。
 その言葉を受け、逆サイドの財満を見た清川と目があったその一瞬。財満は一つ頷き、右手の親指を立てた。

「ヨシヒロ! 行くぞ!」
 アップのペースをあげていた、元日本代表の山田 芳裕よしひろに向かって清川の指示が飛ぶ。
 戦術についての指示はない。それはもう既に二人の中での共通の認識として出来上がっていたのだった。

 ピッチ脇で交代を待つ山田だったが、なかなかプレーが途切れず、交代のチャンスがやってこない。
 その間にもアリオスの位置でボールは跳ね返され、カウンターを浴びせられる多喜城は、波状攻撃を受けていた。

「大きく出せ!」
 シュートを浴びる度に大きく掻き出そうとするのだが、半歩、いや、4分の1歩遅い出足のため、ボールはまた相手選手の足元に収まる。
 ついにペナルティエリア内で相手FWに反転されたその時、足元に飛び込んだのはGKの片端だった。
 シュート体勢に入っていた相手FWの足は止まらない。振りぬかれたその足は、ボールごと片端の顔面を蹴り上げる。
 しかし、それでも片端はボールを弾き、転がったボールはゴールラインを出た。

 主審の笛が吹かれ、多喜城ボールのフリーキックが指示される。
 相手FWのファールとなったこのプレーにより、多喜城の交代が認められ、足を引きずって外にでるアリオスと、首と手足をぐるぐる回した山田がハイタッチで入れ替わった。

「フク。前に行きなよ」
 落ち着いた声で福石 やすしに指示を送ると山田は右SHの位置までゆっくり移動する。
 その間にも他の選手に向かって細かい指示を出す。
 山田が自分のポジションに付く頃には、大体の指示は完了していた。

 多喜城の選手たちの目つきが変わる。

――後半ヨシヒロを入れたら、その瞬間が攻撃のスイッチを入れる時だ

 彼らの頭のなかには、清川のその言葉がありありと浮かんでいた。
 高いボールを支配できるアリオスが下がった今、多喜城の基本戦術は「相手DFの裏へのスルーパス」と、「サイドを深くえぐってのサイドアタック」が主になる。
 選手たちの意識はしっかり統一されていた。

「キヨさん! 盛岡がPKで追いつきました! 相手チームはこのプレーで退場者も出ています!」
 突然、ベンチ裏から伊達 しずくの声がかかる。
 それは優勝・昇格争いのもう1チーム、同時刻に別のスタジアムで行われているビアンコーレ盛岡の試合経過報告だった。

 いよいよ、勝たなければ昇格すら危うくなってきた。
 清川は現状をピッチ内に伝えようかとも考えたが、思い直して口をつぐんだ。選手たちの顔を見れば分かる。その顔は最初から勝利しか求めていない顔だった。

 テクニカルエリアに出ずっぱりだった清川がベンチに戻る。ベンチの裏に立ったまま、選手を心配そうに見ている雫に、清川は振り返りもしないまま声をかけた。

「ゾクゾクするな。こんなに楽しい試合は久しぶりだ」

「……キヨさん、なんでそんなに余裕あるんですか?」
 不安が拭えない雫の質問に、清川は自分でも不思議だったこの気持の答えを探し始める。

 なぜ俺はこの土壇場に来て落ち着けた?
 なぜ俺は今このギリギリの試合を楽しめている?

 首を傾げながら雫の方を振り返った清川の目の前に、その答えは広がっていた。

『俺達はいつだってここに居る! 共に行こう! 頂上てっぺんへ!』

 広げられた横断幕の後ろに、溢れんばかりに詰めかけたサポーター。チームカラーに染め上げられたスタンドからは、選手を後押しする気持ちが物理的な質量を伴ってピッチに雪崩れ込んできているようだった。

 今日の試合へ向けて、このチームへ自分の全てを注ぎ込んできた。しかしそんなもの……監督の技量や経験など物の数ではない。
 時と場合によってはサポーターの応援、そのたった一言が、全てを凌駕する事があるのだと、思い知らされた数週間だった。

 その力が今、1万数千も集まり、惜しげも無く選手に注ぎ込まれている。
 勝つための力は持たせてやれたつもりだ。後はそれを実力通り発揮できるかどうか――。

 このサポーターが居れば、必ず結果は残せる。それが清川の自信の源、答えの全てだった。

 急に押し黙った清川の、その視線の先を追った雫が「……あぁ」と小さくつぶやく。
 その表情には先程までの不安の色はもう微塵も見えない。目を瞑って応援の力を体に感じた雫は、清川に笑顔を向けると、自分の仕事に駆け出して行った。



 山田が交代で入ってからは、多喜城は攻撃で鬼怒川を圧倒していた。
 しかし引き分け以上の成績を残せば100%昇格できる鬼怒川の守備意識は高い。
 財満の、山田の、石元の、福石の蹴りこんだシュートは、ことごとく鬼怒川の壁に弾き返され続けた。

 1点が遠い。

 圧倒しているのに点を取れない苛立ちと、前半から走り続けた疲労。そして刻々となくなる時間が、選手の集中力を奪ってゆく。
 後半45分。アディショナルタイムは3分と表示されてもまだ、多喜城は得点することが出来ずに居た。

 森尾からの長いサイドチェンジのパスを福石が受けそこねる。
 サイドラインを割ったボールとスコアボードに表示された残り時間を見て、福石の心に小さな諦めが湧き上がり、彼はガックリと肩を落とした。

 鬼怒川ボールのスローイン。もうドローでもいいと覚悟を決めたのだろう、自陣に向けて時間を稼ぐように投げられたボールに相手選手より早く追いついたのは千賀だった。

「1点! 取るよ!」
 仲間を鼓舞するようにそう叫んで森にボールを渡す。そのまま一気に前線まで駆け上がり、疲労と諦めに重くなった足を引きずる福石とポジションチェンジをすると、相手のディフェンスラインをかき回すように、千賀はアップダウンを繰り返した。

 ボールをキープして視線を上げた森の頭の中にはいくつかのパスコースが浮かんでいた。

 右サイドに山田。左サイドに石元。そして、中央の千賀と財満。
 前半から強力な左足を見せつけてきた石元にはガッチリとマークが付いている。財満には千賀がサポートに付いているは言え、今季初めての90分フル出場だ。無理はさせられなかった。

「ヨシヒロっ!」
 右サイドへとボールを蹴る。
 守備に戻ってから前線へと向かう途中で中途半端なポジションに居た山田にマークは付ききれておらず、パスは容易に通った。

 吸い付くように足元に収めたボールをゆっくりと前線に運びながら、山田は周囲を見回す。
 守備に集中した鬼怒川の選手は全員自陣へ戻り、山田のドリブルコースにも、財満にも、石元にも、それぞれ2人以上のDFがマークについていた。

「はめられたようだよ、森くん」
 ここから組み立てなおしている時間はない。山田は一か八かドリブルで相手DFを躱そうかと重心を低く構え直した。

 その時。
 石元のサイド、相手DFを掠めるように先ほどまで電池の切れたように肩を落としていた福石が、歯を食いしばって猛スピードで前線へと切り込む。
 これを無視するわけには行かないDFは、一人が石元から離れ、福石に引きずられていった。

「いいねフクっ! そうだっ!」
 DFが1枚になった隙を突いて、低く速いパスが石元の背中に向けて飛ぶ。
 体をひねった石元は、その難しいパスを軽々と足元に収めた。

「残り1分!」
 ベンチの仁藤から時間が告げられる。
 石元は相手DFを背負いながら、これがラストプレーだと確信していた。

――もう終わりか、もうちょっとこの試合続けたかったな

 ふとそんな考えが頭に浮かぶ。
 唇の端にわずかに笑みを登らせると、右足の踵で軽く蹴ったボールを相手の股下に転がす。素早く反転してDFを踊るようにかわして振りぬいた左足は、美しい放物線を描くボールをゴールへ向かう財満の先へと届けた。

 ゴール前、3人のDFのうち一人を引きつけた千賀と、二人に挟まれた財満。そして飛び出したGK。
 ボールはその中間に向かって弧を描く。

「行け! ぶち込め! ザイ!」

 千賀は体を入れ、DFをブロックする。財満は全力でボールへ向かう。大柄なDF2人に挟まれた財満は、まるで両側から引き上げられるような浮遊感を感じていた。

――この2年間、怪我でまともに試合にも出られなかった自分を待っていてくれた人たちのために

 声にならない叫び声を上げながら、懸命に伸ばした足先が相手GKより一瞬だけ早くボールに触れる。
 斜め後方からの浮き球へのダイレクトボレー。
 その難しいボールは、財満の思い描いていた通りの軌跡を描いてゴールに転がり込んだ。

 爆発したような歓声で地面まで振動するスタジアムの中、鬼怒川の選手がゴールからボールを持ち出し、ピッチ中央へと運ぶ。
 鬼怒川ボールで急いで再開されたボールが大きく蹴りだされるのと、試合終了のホイッスルが鳴り響いたのは同時だった。

 ピッチに倒れこむ相手選手。
 泣き顔を両手で覆い、空を見上げる多喜城の選手。
 ベンチから飛び出す仲間たち。

 1万2千人のサポーターも、あるものは笑い、あるものは涙を流し、この喜びを共有していた。

 彼らは、念願のJ2リーグ昇格を自らの力で勝ち取ったのだった。
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